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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第三章 小型都市テトムブルクの狂気
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第四話 人攫い事件③

 行商人ガンザスの馬車に乗せてもらい、ラガール子爵領・中央都市クラーンへと到着したランベールは、さっそくガンザスからの情報を元に、貧民街へと出向いた。

 本当に領主の兵による弾圧が行われているのならば、元王国兵の頂点の一角であったランベールとしては、看過できる問題ではない。

 必要とあれば、即日、領主の許へと乗り込んで詰め寄り、返答次第では切り捨てる所存であった。


 狭い路地裏には、板の貼り合わせられて補強された家屋が続く。

 汚い壁を背に、痩せ細った老人が床に座り込んでいた。


「ご老人よ、ラガール子爵とその私兵について訊きたいのだが」


 ランベールが尋ねれば、老人は目を見開き、ランベールを見やる。


「わわ、儂は、何も知りません! ですので、どうか、どうかご勘弁を!」


 老人は声を震わせてながら言い、立ち上がる。

 おぼつかない足取りでランベールから逃げていった。

 余計な事を喋り、後でラガール子爵から報復を受けることを恐れているようだった。


(相当に、恐怖は根深いようだな。無理に聞き出す必要もあるまい)


 ランベールはそう諦め、次の手掛かりを探す。

 だが、人は見つかれど、質問したときの反応は老人と大差のないものであった。

 どうしたものかとランベールが兜に手を当てて考えていると、家屋の扉が僅かに開き、ランベールの姿を窺っている、女の子の姿があった。

 背丈から見るに、まだ十歳にもならない。

 赤い髪はぼさぼさで、布を継ぎ接ぎした衣服を身に纏っている。


 ランベールが顔を向ければ、恐々とランベールを窺っていた子供の顔に笑顔が灯る。


「騎士さま! 騎士さまだ! 悪い人たち、やっつけにきてくれたんでしょ?」


 ランベールは少女に歩み寄る。

 少女は扉を開けて、ランベールの前へと出た。


 中央都市クラーンの貧民街に来てから、一番反応がいいのがこの子供だった。

 何か聞けるかもしれないと、ランベールの胸には期待が宿る。


「うむ、そうだ。この俺こそが、レギオス王国四魔将が一人、ランベール・ドラクロワである」


「よんましょう……? よくわからないけど、すごい! かっこいい!」


「そうであろう」


 ランベールが深く頷く。


「ランベールさまは、ピエロの人を、やっつけに来てくれたの?」


「ピエロ……? なんだ、それは」


「パパが言ってたの。ピエロが領主さまの館に来てから、ここはおかしくなったって……だから、騎士さまに……」


 少女が言い切る前に、ランベールは背後へと腕を回していた。

 ランベールの背後から、彼の肩を目掛け、木の棒が振り下ろされていたのだ。

 ランベールは振りかざした腕で木の棒をへし折り、続けて放った貫手が、襲撃者の頬を掠めて壁を貫いて罅を入れた。

 襲撃者が短い悲鳴を上げて崩れ落ちる。

 ランベールは続けて、指を伸ばした籠手を大きく掲げる。

 そのまま下ろしただけで、人頭を容易く粉砕することは、綺麗に穴の開いた壁を見れば明らかである。


「パ、パパ……?」


 少女が、襲撃者へと声を掛ける。

 ランベールは自身へと襲い掛かってきた男を見る。

 赤いクシャクシャ髪の、無精ひげの男だった。

 目の下の隈と、汚れのせいか灰色がかった肌のせいでやや老けて見えるが、三十代前後だと想定できた。


 襲撃者は絶望し切った様にその場にへたり込む。

 そして地面を睨みながら、やるせない怒りをぶつける様に、小さな声で呟く。


「アルティー……扉を開けてはいけないと、あれほど言っただろう……」


 どうやら少女は名をアルティーといい、襲撃者は彼女の父親のようであった。


「弁明して見ろ。返答によっては、保留にしてやる」


 ランベールは敢えて瘴気を漏らし、男へ尋ねる。

 勇猛な戦士ならばともかく、常人には、このプレッシャーは堪え切れない。

 瘴気を漏らすランベールの圧迫感の前で嘘を吐ける人間はそういない。


 男は素早く身体を折り畳み、ランベールへと頭を下げる。


「わ、私はどうなってもいいです! ですが、どうか、どうか、娘だけは、娘だけは見逃してください……! 妻を亡くしてから、私の、唯一の生きる意味なのです!」 


「…………」


 ランベールは男を見下ろしながら、ゆっくりと上げた腕を下げる。


「命の危機に瀕して、真っ先に娘の命乞いをするとはな。大した気概だ。大事にするといい」


 男は何が起きたのかわからず、恐る恐ると顔を上げ、ランベールを見る。


(しかし、どうにも異常な脅えようであるな)


 老人といい、アルティーの父親といい、あまりに過剰反応が過ぎる。

 貧民街全体が、大きな心の傷を負ってしまっているようであった。


 と、そこへ、金属の擦り合わされる音が響いた。

 鎧の音であると、ランベールはすぐに気が付いた。

 音の方へと目を向ければ、統一された格好の鎧剣士が三人に、その先頭には、フードを深く被り、記号の描かれた白面を付けた魔術師がいた。


「なんだ、子供がいるじゃないか」

「あれだけ狩っても、残ってるところには残ってるもんだな」

土蛙トーポみたいなもんだ。すぐ増えやがる」


 鎧剣士達が笑いながら言う。

 統一された武具には、同一の紋章が入っている。


(ラガール子爵の私兵か。だが、先頭の魔術師はなんだ? 悪趣味な外套も面も、貴族の私兵のものとはまるで思えぬ)


「いけませんね。困窮にある領地の復興のため、領内の指定区域で生活する若い子らには、我々の采配の元、最低限の教育を施し、近隣の各地へ労働力として派遣されることとなっていますのに。皆さん、涙を呑んで領地のために協力してくださっているのです」


 面の魔術師は語り、わざとらしく腕を左右に伸ばし、やれやれと首を振る。


(なるほど、これが、領主の兵による人攫いとやらの正体か。聞こえがいいように言ってはいるが、行きづまった領主が、貧民街を相手に奴隷税を強いているのか)


 ランベールは背負っている大剣へと意識を向ける。

 相手の出方次第では、即座に武器を振るうつもりである。


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