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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第三章 小型都市テトムブルクの狂気
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第三話 人攫い事件②

 行商人ガンザスも中央都市クラーンへ向かうとのことで、目的地の一致したランベールは、ガンザスの馬車に同行させてもらうこととなった。

 元より、ナイトメアは人目の増えて来る都市近くでは下手に乗り回すことはできず、ランベールにとってはありがたい話であった。

 また、ガンザスにとっても、盗賊団に襲われ、護衛を雇わなかった己の不用心さを嘆いており、ランベールの同行は幸いであった。


 ガンザス曰く、「こんな辺鄙な地へ、主要都市のクラーン以外に用のある者はいないだろう」とのことだった。

 行商人のガンザスから見ても、そのクラーンであっても、さほど面白みのある土地ではないという。

 領主のラガール子爵が無理な締め付けを行うために領地が育たず、貧しく、結果として領民からの税収の額も下がる。


「たまに思い付きで無理のある政策を推し進めては、大量の失業者と、無意味な土地が後には残る……。炭鉱開発のために街一つ用意して、実際作業に掛かってみたらびっくりするくらい利益が出なくて早々に廃止した、鉱山都市テトムブルク事件なんかがその筆頭だな」


 ガンザスが苦笑しながら言う。


 ガンザスの評価としては、レギオン王国の貴族の中でも最低の部類だという。

 悪辣で欲深い権力者は数いるが、ラガール子爵がその中でも群を抜いて最悪なのは、単に頭が悪いということに尽きる。


「怪しい噂があっても、狡猾に立ち回っている領主は多い。だが、奇行を繰り返して出来の悪い喜劇と化しているのは、ラガール子爵くらいしか俺には思いつかんな」


「そこまで酷いのか……。お前はよく、ここへ来る気になったな」


 ランベールは素で引いていた。

 八国統一戦争時代は、貴族が出来の悪い者を跡継ぎにしておける余裕はなかった。

 王家が個々の貴族の利権問題に深入りできる猶予がなく、他貴族から領地や権利を食い荒らされるか、国外の敵に対応できずに早々に命を落とすかのどちらかであったためである。

 平穏が続き、王家の影響力が強く、敵対者に対して頭を悩ませ続けることが不要な今だからこそ、ラガール子爵が出現したともいえる。


「へっへ、どこでも金持ってる奴はいるもんだからな。物資が上手く回ってない地域が多いから、入れ食いだよ。ま……その代わり、想定より治安が最悪だったみたいだがな、危うく命を落とすところだった。護衛も雇わんといけんな」


 ガンザスがぶるりと肩を震わせる。


「にしても、あんた、強いな。五人も相手に、全員殺し返しちまうとは。……ひょっとして、王家の監査兵の人なのか?」


 八賢者マンジーによる都市バライラへの襲撃事件があってから、レギオス王国王家も『笛吹き悪魔』への警戒態勢を強めている。

 オーボック伯爵が『笛吹き悪魔』に出資を行っていた事実より、各地の領主へ怪しい動きがないか、王家が隠れて調査を行っているという噂が行商人達の間では立っていた。

 ガンザスはランベールの圧倒的な強さを目にし、こんな僻地へこんな一流の剣士が出向くのは、王家の兵団の調査兵だからではないかと勘繰ったのだ。


「……いや」


「ははは……本当でもそうだとは言えんよな。大丈夫だ、俺は、ここであんたに会ったことは内緒にしておく。命の恩人だからな!」


「違うのだが」


「ああ、そうだとも! そういうことにしておこう。商人はな、信用が命なんだ。とりわけ俺は、口の堅さには自信があるんだ」


「……むう」


 ランベールは腑に落ちない思いであったが、ただ一介の冒険者とは思えぬ剣技を見せつけられたガンザスの中では、ランベールが王家関連の剣の達人であるということは勝手に確定していた。

 もっとも、ランベールはかつて、史上最も苛烈な時代、八国統一戦争の最中におけるレギオス王国の戦力の頂点四魔将の一角であったため、偶然にもその点では符合していたのだが。


「……ラガール子爵の私兵共は、我が物顔で街を歩き、無銭飲食や強奪が、日中から日常茶飯事だという。俺はいかないつもりだが、子爵領の貧民街は、もっと酷い有様らしい。私兵の中の、頭のおかしい奴が、人攫い紛いのことをやったり、憂さ晴らしに殴り殺したりしてんじゃないかって噂があるくらいだ。俺だって、全部を信じてるわけじゃないが……火のないところに、煙は立たねぇっていう。あんたがもしも、いや仮の話だが……もしも王家の兵だっていうのなら……何か、ラガール子爵の馬鹿共に、制裁を加えてやってくれないか?」


 そこまで楽し気に喋っていたガンザスが、声の調子を落とし、静かな声で言う。


「…………」


 ランベールは、その頼みには何も答えなかった。

 しかし頭の中では、今後の方針として、貧民街の調査が真っ先に上がっていた。


(民を守る立場にある貴族の部下が、殺人や人攫いにまで手を染めるとはな……許してはおけぬ。これが事実ならば、ラガール子爵は斬らねばなるまい)


 方針は、ラガール子爵の部下の貧民街における暴走の調査と定まった。

 しかし、期待外れな点もあった。


(ここへは元々、『笛吹き悪魔』の拠点地を探すことが目的だったのだが……そちらは、こことは無関係かもしれぬな)


 これまでの悪評を聞いている限り、『笛吹き悪魔』絡みというよりは、単にラガール子爵の無能と横暴によるものに思える。

 腐った権力者を斬り、レギオス王国の世直しをすることもまたランベールの目的であった。

 だが、『笛吹き悪魔』は、後回しにしておける問題ではない。時間が掛かれば、相手は勢力を延ばしていく。


 都市バライラへの襲撃は、あまりに被害が大きかった。

 ランベールは八賢者マンジー自体への恐れはなかったが、マンジーの手にした、八国統一戦争最悪の錬金術師ガイロフの残した魔導書には、大きく苦戦させられていた。

 ラウンプゥプの討伐に失敗していれば、都市バライラは完全に壊滅していただろう。

 以前に、ラウンプゥプより上位の精霊を召喚されていれば、ランベール単体では到底勝ち目がなかった。


「なぁ、あんた、見えて来たぞ。あれが中央都市クラーンよ」


 ガンザスから声を掛けられ、ランベールは思考を止める。


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