第二話 人攫い事件①
都市バライラにて、『笛吹き悪魔』の八賢者が一人であるマンジーを斬り、過去の因縁ガイロフの書を破壊したランベールは、様々な村や都市を移動し、旅を続けながら、『笛吹き悪魔』の情報を追っていた。
当然、ランベールにレギオス王国に徒を成そうとする『笛吹き悪魔』を見逃しておくつもりはない。
一刻も早く本拠地を暴き、根絶やしにするつもりであった。
ランベールが首のない黒馬、ナイトメアに跨って野を駆ける。
次に目指すは、途中で寄った村で奇妙な噂を耳にした、ラガール子爵領に属する都市クラーンであった。
都市クラーンはラガール子爵の所有する中でも最大の都市であり、ラガール子爵本人もこの都市に館を構えている。
だが、ラガール子爵領は貧しく、都市クラーンもあまりぱっとしない都市である。
都市クラーンは浮浪者や孤児が多く、都市の過半数が貧民街となっている。
都市全土が無法地帯となり掛かっており、それをラガール子爵の私兵が力づくで押さえ込んでいるのが現状である。
その都市クラーン近辺にある森奥で、複数の人間が溶かして固められた様な惨死体が発見されたのだという。
死体には魔術式が刻まれていたということもあり、死操術を筆頭に禁忌魔術を扱う『笛吹き悪魔』が潜伏しているのではないかと、ランベールは考えたのだ。
(ここが奴らの本拠地ならば、話が早いのだがな…………む?)
考え事をするランベールの視界に、馬車と、その馬車へと纏わりつく様に駆ける騎兵の姿があった。
騎兵は半裸の荒々しい男達で、手に棍棒や槍など、武器を手にしている。
全部で数は五人いる。
「ハハハハ! 馬車で俺達から逃げられるわけないだろ!」
「おら、死にたくなきゃもっと懸命に走らせろ! ぎゃはははは!」
男達は馬車へと罵声を浴びせている。
わざと完全には追いつかず、遊んでいるようだった。
(盗賊団か……聞いていた通り、ラガール子爵領はあまり治安がよくなさそうだな……)
ランベールは大剣を鞘から抜き、構える。
「ナイトメア、速度を上げろ。少し暴れるぞ」
ナイトメアは、先のない首を持ち上げる。
どこからともなく不気味な嘶く声が響く。
「なんだ……? おい、なんか追って来る奴がいるぞ」
「俺達の狩りを邪魔しようって腹積もりか、面白……おい、なんだあの化け物」
首のない大馬に跨る全身鎧の大男は、見た者を戦意喪失させるのに、十分すぎる外見であった。
「化け物だぁぁぁぁぁああっ!」
「あんな馬車ほっとけ! アレはヤバイ!」
纏まって逃げる盗賊達を、ランベールは追跡する。
ナイトメアは生前は名のある名馬であった。
ランベールという超重量を乗せていようが、並みの馬では振り切ることはできない。
あっという間に追いつき、一番後方を駆けていた男の身体を、大剣の腹で打ちのめす。
「うぐぶっ!?」
一撃で首、腹部、胸部、腰の骨が折れ、奇妙な動きで馬から落下する。
地面に落ちた時には既に息がなかった。
「ダ、ダルセ……おごぉっ!?」
様子を見るため振り返った男の頭を、ランベールの大剣が撥ねる。
続いて振られた大剣が三人目の男の背に突き刺さり、心臓を貫いて破裂させた。
「角兎の群れでも、散らばって逃げるだけの知能はあるのだがな」
ランベールの言葉に、最後の二人が顔を合わせて無言で頷き、二手に分かれて疾走する。
素早くランベールはその片方へと向かい、男の乗っていた馬ごと袈裟斬りで引き裂いた。
その間に、残る一人はかなり遠くを走っていた。
「や、やった! やった、どうにか、生き延びた……」
息を荒げながら、盗賊最後の生き残りが言う。
だが、すぐさま蹄が大地を抉る音を聞き、顔には絶望が浮かぶ。
「ひっ……ひぃいいいい! た、助け……」
男の上半身が斬り飛ばされる。
これで五人の盗賊が息絶えた。
(馬車の主へと、ラガール子爵について尋ねてみるか。……ただ、そうなると、ナイトメアがいると話が進まんな。アンデッドを飼っていると判断されれば厄介なことになる。それに、ナイトメアの姿は、今の時代の奴らにとってはどうにも恐怖を駆り立てるらしいからな)
それはどちらかというと、ナイトメアのせいというよりも、ナイトメアにランベールが乗っている図があまりに強烈過ぎることが原因であったが、それを指摘してくれるものはいなかった。
ランベールはナイトメアから飛び降り、地上へ着地する。
ナイトメアは身を翻して走って去っていき、闇に紛れてやがて見えなくなった。
馬車は馬が興奮していたためか、ランベールが盗賊を始末してからもしばらく走っていたが、やがて落ち着き、動きが止まる。
ランベールは止まった馬車へと近づく。
「おい、少し訊きたいことがあるのだが……」
ランベールの言葉に応える様に、馬車から中年の男が降りて、姿を現す。
「あ、危ないところだった……あんた、奴らを追っ払ってくれたんだな。感謝するよ……あのままだったら、殺されちまうところだった。ここへは行商できたんだが、そうそうこんな目に遭うとは……来るところを間違えた気がするよ」
そう言って、汗を腕で拭う。
「俺は、ガンザスっていうんだ。なんでも訊いてくれ、こう見えて、いろんなところに行ってるから、知識は広いつもりだ」
そこまで言ってから、ガンザスが眉を顰め、周囲を見回す。
「なぁ……あんた、さっきまで馬に乗っていなかったか? どこへやったんだ?」
「そんなことよりも、質問に答えてくれるのだったな、この近辺の領主である、ラガール子爵について知りたい」
ランベールは強引に話を逸らした。
「あ、ああ……」
ガンザスはランベールの様子に不信感を抱きつつも、ばっさりと話を逸らす豪快さと、ランベール自身の大柄さ、佇まいに気圧され、再び追及することはなく、ただこくこくと頷いた。




