第四十三話 都市バライラの英雄譚
都市バライラで繰り広げられた、大規模な死操術による惨劇は幕を閉じた。
しかし、その被害は莫大なものであった。
冒険者ギルドのほとんどが人員不足のため解散、及び失った力を補うために合併しており、大幅に数を減らしていた。
冒険者以外にも、都民の半数が死亡したとされている。
生き残った者も、心に傷を負い、苦い過去の残ったこの地を去る者は多い。
冒険者の都、都市バライラが、かつての力を取り戻すことのできる日は、まだ遠い。
襲撃発生時、伯爵邸の警備に当たっていた『踊る剣』の冒険者達の口より、首謀者が自らを『笛吹き悪魔』の八賢者マンジーを称していたことが明らかとなった。
マンジーと思わしき老人の亡骸は、領主であるモンド伯爵の私兵達によって、既に都市バライラの中で発見されていた。
歪な頭部という特徴的な外見が『踊る剣』の冒険者達の証言と一致しているため、ほぼ間違いないだろうと見られている。
これで、今まで王国側がほとんど実態を掴めていなかった『笛吹き悪魔』の存在が確定となった。
王国最悪最強の魔術師団である異端審問会も、これを機に『笛吹き悪魔』への徹底調査を強めるのではないかと噂されている。
冒険者ギルド『踊る剣』は都市バライラにおいて、最も影響力を持つギルドの候補の一つとされており、伯爵邸の警備でも大きく貢献した。
しかしギルドマスターであるユノスが、過去の事件の恨みから襲撃に便乗して伯爵邸へと乗り込んだ戦神ロビンフッドとの交戦に陥り、命を落とした。
そこで深手を負ったロビンフッドは伯爵邸から離脱。
一度バライラを離れようと目論んでいたところ、都市に蔓延るアンデッドの襲撃を受けて死亡したとされている。
『踊る剣』は事件後、別のギルドからほとんど取り込まれる形で合併。
都市バライラの死霊襲撃事件での最大貢献者である『踊る剣』は、その名誉ある名をあっさりと捨て、都市の記録より抹消されることになった。
なお、ギルドマスターであったユノスは人格者でギルド内の評判もよかったとされているが、元『踊る剣』の冒険者達は、不思議とその名を口にしたがらないという。
アンデッドと成り果てて正気を失ったユノスが口走ったことが原因だとも言われているが、当事者が口を割らないため、詳しいことはわかっていない。
『笛吹き悪魔』の襲撃事件より一週間後、復興作業の続く都市バライラにある酒場の片隅で、琴の弾き語りをしている女がいた。
女はやや薄めの衣服に、分厚いマントを羽織る。
頭に巻いたスカーフからは、赤に近いブラウンの髪が覗く。
盲目の吟遊詩人、アルバナである。
謳うのは、邪悪な魔術師より都市を守る、アンデッドナイトの物語、『都市バライラの英雄譚』であった。
外れの森に出没する首のない暴れ馬を従え、冒険者を狙う強盗団を追い払い、巨悪を誅して都市を去っていく。
都市バライラで囁かれる、アンデッドナイトの噂話を纏めたものであった。
あまりに荒唐無稽な話であったが、街を駆ける首なし馬に跨る鎧騎士を目撃した領民達は、意外に多い。
怪人マンジ―を殺した英雄が名乗りを上げないという事実も噂に拍車を掛けている。
「この店にアルバナという女はおるか!」
酒場の入り口に、怒声の様な大声を上げる巨漢が立っていた。
その荒げられた声に酒場内が静まり返る。
「アルバナとやら、そのアンデッドナイトに随分と詳しいらしいな! 知っていることがあるならば、このグラスコ様へと洗いざらい吐くがいい!」
太い腕を振り上げて恫喝するのは、モンド伯爵の私兵グラスコである。
「無粋な人ですね、私の謳を、妨げるなんて」
ずかずかと他の客を押し退けて歩み寄り、不躾に顔を近づける彼へと、アルバナはからかう様に飄々と返す。
「モンド伯爵様の命だ! 我々は、この都市を救った剣士を、なんとしてでも捜しださねばならぬ! 旅詩人の胡散臭い法螺話であろうとも、そこに一片の真実が埋もれている可能性があるならば、無視するわけにはいかんのだ! 奴は何者だ! どこへ向かった!」
「そんなことは知りませんよ。私が知りたいくらいです」
「ならば何を知っておるのだ! 知っていることはすべて話せ!」
「……なぜそうも必死なのですか、兵士様? まるで、貴方が騎士様に会いたい様に聞こえます」
「ちっ、違うわい! 俺様は、あんな奴と会いたくなどない! モンド伯爵様の命なのだと、何度いったらわかるのだ! とにかく、早く話さんか!」
グラスコはその場でどんどんと地団太を踏む。
その高圧的な態度も、アルバナは一切意に介さない様で、マイペースに琴を置き、唇に指を沿える。
「そうですねぇ……だいたい広まり切っているものばかりですし、お話できる、捜索に繋がりそうな事は何も……」
「本当だろうな! もっとしっかりと考えるのだ!」
「ああ! あの首なし馬、ナイトメアって言うんです。私が付けたんですから、間違いないですよ」
「は、はぁ!?」
グラスコは強面の顔を歪め、間抜けな面で聞き返す。
周囲からクスクスと笑い声が飛び交う。
からかわれたのだと思い、顔を真っ赤にして身を翻す。
「く、くそっ! 知らんのならよいわ! 馬鹿にしおって!」
「本当のことなんですけどね……」
アルバナは彼が酒場を去り、扉を閉じる音を聞いてからまた琴を持ち上げる。
盲目の目微かに開けて、薄い色の瞳を、どこへ向けるとなく宙へと向ける。
ぼうっと、あの現代に蘇った将軍が、次はどこへ行ったのやらと考える。
くすりと微かに笑うと、「さて……!」とよく通る声で切り出し、周囲の客の目を集めた。
「どこまで謡いましたかね? 今は、首なし馬に跨り、逃げる死操術師を追い掛けるところからでしたか?」
どこか惚けた様な口調で言い、また『都市バライラの英雄譚』を綴っていく。




