第三十九話 屍玩竜の宴⑤
「ラ、ラウンプゥプが、両断された……? たかだか、人型のアンデッドの膂力に……? ガイロフ様の精霊が、敗れた……?」
マンジーには既に、目前の光景への理解が追いついてはいなかった。
頭側と尾側に分断されたラウンプゥプの狭間にて、ランベールは大剣を構えたままに立っていた。
ランベールが両断した衝撃波で薙ぎ倒されたアンデッドの残骸を踏み越えて、新たなアンデッドがランベールへと迫る。
しかしランベールは、リリスの操るアンデッドの軍勢など、ほとんど気にも留めていなかった。
ランベールが焦点を当てているのは、自身が両断したラウンプゥプの頭側と尾側、その二つだけであった。
「これだけで、ラウンプゥプがくたばると思っているのか。よくもガイロフの後継者などと宣えたものだ」
ランベールはマンジーの声を聞き、つまらなさそうに零す。
その言葉の正しさを示す様に、苦悶に喘いでもがいていたラウンプゥプが身体を転がし、元の這い這いの体勢へと戻る。
頭側だけではなく、尾側もであった。
分割された二つのラウンプゥプは、リリス操るアンデッドの軍勢を轢き潰しながらランベールの周囲を這い回る。
ラウンプゥプは、例え頭部から切り離された部位であろうとも、しばらくは自律行動を取ることができるのだ。
マンジーはこの特性を知りもしなかったが、ラウンプゥプの最大の強みは、この圧倒的な耐久性と、分離された部位の自律行動にあった。
確かにラウンプゥプと渡り合うためには、その巨体を削ぐことは必須である。
しかし、中央からラウンプゥプを分割するのは、今の様に敵の手数を増やすことにも繋がる。
下手をすれば、自身を追い詰める愚行となりかねない。
ラウンプゥプの二つの長い胴体が、ランベールを押し潰そうと迫る。
何度も胴を打ち付け、弾き、絡み合う。
ランベールは胴の関節部の動きを見切り、僅かな隙を掻い潜って回避する。
大剣の腹の部分で受けてわずかにラウンプゥプの軌道を逸らしてやり過ごし続ける。
ラウンプゥプの猛攻が大地を削り、地形を変えていた。
リリス操るアンデッドが、身体を欠損させながらもランベールへと襲い掛かり続ける。
だがまともに到達することもなく、災害に等しいラウンプゥプの巨体から繰り出される無差別な暴力の前に押し潰され、惨死体となる。
それでも、地面に張り付いたアンデッドの死骸の一部が、不気味に振動していた。
マンジーはしばらく惚けた様に見ていたが、ふと我に返る。
(な、何が、起きておる……? ここは、本当に、都市バライラなのか?)
ラウンプゥプとリリスを召喚した張本人であるはずのマンジーが、今目前で起きている地獄の光景を理解できないでいた。
現世を死者の世界へと変えると普段から宣って死操術を行使し、ラウンプゥプを美しいと評していたマンジーではあるが、この光景に恐怖を抱き始めていた。
マンジーの脳裏に、ランベールの『書物に操られるだけの小者』という辛辣な評価が過る。
(ち、違う! ワシは、ガイロフ様の意志を継ぐ者だ! そしていずれ、『笛吹き悪魔』の八賢者のトップにも立つ存在……)
マンジーは自身に芽生えかけた恐怖を押し殺し、ラウンプゥプと交戦するランベールを睨む。
ラウンプゥプは、器用に避けるランベールに苛立ちを覚えてか、動きを変えた。
唐突に、頭側が素早く遠ざかっていく。
残った尾側が、我武者羅に身体を地に打ち付け、跳ね回った。
大きな身体のうねりに惑わされ、回避し損なったランベールがついに捉えられる。
巨大な胴体がランベールの背を弾き、宙へと打ち上げた。
「や、やった! ついに、奴を……! やはり、ガイロフ様のラウンプゥプは無敵……」
しかしランベールは、この程度では終わらない。
魔金鎧の圧倒的な防御性能は、ラウンプゥプの巨体から繰り広げられる衝撃さえも大幅に殺していた。
手放しかけた大剣を強く握り、宙で身体を捻って反撃を狙う。
そこへ容赦なく、ラウンプゥプの尾側の追撃が襲い掛かる。
轟音と共にランベールの身体が横に弾き飛ばされる。
その先で待ち構えていた頭側が、巨大な頭部を大きくうねらせ、無防備なランベールへと打ち付けた。
反動で飛んだランベールを、更に反対に位置する尾側の胴体が弾く。
ただの一打を、死ぬまで続く連撃へと繋げる。
ラウンプゥプの巨大な身体に捕まったランベールには、容易に逃れる術はなかった。
高位精霊としての圧倒的耐久性と規模を誇るラウンプゥプと、ただの人型アンデッドに過ぎないランベールの圧倒的な差が、如実に表れていた。
どれだけ善戦しようともラウンプゥプの致命傷には遠い。
そして一度捕まれば、暴力の蹂躙はいつまでも続く。
最後は、頭側のラウンプゥプから伸びる巨大な腕がランベールの頭を掴み、地面へと押し付けて突進する。
地との摩擦で魔金鎧が擦れ、火花を散らす。
ラウンプゥプ
はより一層と激しく奇声を吐き出しながら速度を上げ、円を描く様にランベールを引きずり回す。
「ラ、ラウンプゥプは、無敵……」
あまりに苛烈で陰湿な連撃に、思わずマンジーは言葉を途切れさせた。
やがてランベールの頭部が抜け落ち、ラウンプゥプの手に魔金の鎧兜が抜け落ちる。
大地に落とされたランベールの身体が、激しく側転する。
鎧の首元からは、白い頭蓋が覗いていた。
「よ、ようやく、くたばったか。やはり、アンデッドナイトであったか。恐ろしい奴であった。ガイロフ様の魔導書を知っておるようだったが、一体何者……?」
ラウンプゥプは、鎧兜を掴む手を持ち上げ、奇声を発する。
笑っているようであったが、その人外の感情を窺う術はない。
(ラ、ラウンプゥプは、あまりに強く、おぞましすぎる……。こんなものを、ワシが呼び出したのか?)
マンジーはしばし、ラウンプゥプを見上げて自問自答していた。
その思考に割り込む様に、ランベールの声が響いた。
「それは俺が、四魔将の一角として陛下から賜ったものだ。返してもらうぞ」
ラウンプゥプの、鎧兜を握っていた腕が斬り飛ばされる。
ランベールの憤怒の一撃。
マンジーには無論のこと、勝利の余韻に浸り、油断のあったラウンプゥプにも見切ることはできなかった。
根本から削がれたラウンプゥプの腕が宙に跳ね上げられる。
握力を失った手から投げ出された鎧兜を、ランベールが受け止める。
頭蓋に空いた眼孔が爛々と光り、尻目にマンジーを睨む。
鎧兜越しではない、剥き出しになったランベールの頭蓋を見て、マンジーは息を呑む。
自然と呼吸が苦しくなり、足が動かなくなる。
今までとは全く異なる、より強烈な圧迫感であった。
(なぜ、あれだけの攻撃を受けて、まだ動くことができるのだ!? まさか本当に、あのアンデッドが、レギオス王国が大陸西部を支配したときの四魔将が一人、ランベールだとでもいうのか!?)




