第三十七話 屍玩竜の宴④
ラウンプゥプの大きく持ち上げられた頭部が、怒りの面持ちでランベールを見下ろす。
大剣の一撃により片瞼が左右に裂け、そちら側の眼球にも痛々しい縦の線が引かれて、青黒い体液が涙の様に垂れ流されていた。
ランベールも大剣を構え、ラウンプゥプの不気味な頭部を睨みつける。
ラウンプゥプを警戒して動かないランベールの後方を、リリスのアンデッド軍団が囲い込んでいく。
アンデッドがランベールへと接近し、剣を振るったのと同時に、ラウンプゥプが動いた。
「アァァァーーーアァァァァーーッ!」
ラウンプゥプの不気味な胴体が節々を軋ませながら蠢き、頭部がランベールを押し潰すべく迫る。
ランベールはその一撃を最小の動きで躱し、迫る顔面の頬に大剣の一撃を放つ。
だが、ラウンプゥプの顔に新たな傷はつかない。
ラウンプゥプの体表は恐ろしく固い。
ランベールとて、力押しの大振りでなければまともに剣を通すことはできない。
そしてラウンプゥプの巨体に似合わぬ俊敏さは、ランベールに大技を放つ隙を与えない。
不気味な頭部が、宙へと上がるのと同じ速度で持ち上げられていく。
ランベールが次の攻撃へと備えるより早く、再度ラウンプゥプの頭部が、豪速でランベール目掛けて落ちていく。
悪夢の連続攻撃だった。
ランベールはこれも寸前で回避に成功する。
代わりに巻き込まれたアンデッドが、肉片と臓物を撒き散らし、頭部を地へ転す。
あまりの威力に、一瞬にして身体が十以上に分割されていた。
巨体から放たれた二連撃。
それに必死に対応するランベールを目にしたマンジーは、ラウンプゥプの絶大な力を再認識し、失いかけた余裕を取り戻しつつあった。
脂汗に覆われた引き攣った顔の口許を歪め、苦渋の笑みを浮かべる。
(あの速さを保ちながらに、二連撃を行えるのか! やはり我がラウンプゥプは無敵だ! 顔の横に傷は付けられたが、あんなものはまぐれに過ぎぬ! ラウンプゥプがあの二連撃を折りを見て挟んでいれば、奴とてどんどん態勢を崩して余裕を失っていく……いける、いける!)
そのとき、マンジーにとっても予期していなかったことが生じた。
素早く宙へと引き上げられたラウンプゥプの頭部が、三度目の連撃をランベールへと放ったのである。
「ヨホ……?」
大地が抉れ、土の飛沫が舞う。
そのため、攻撃が当たったのかどうかは、マンジーにはわからなかった。
ラウンプゥプの連撃は、三連打に留まらなかった。
四度目、五度目の猛攻が、速度を落とさずに土煙の中にいるランベール目掛けて放たれる。
「ヨホホホ……?」
重いものが速い。それは、それだけで脅威となる。
重量と速度の掛け合わされた破壊衝撃が、大地の形状さえ蹂躙していく。
離れたところに立つマンジーにも振動は伝わってきた。
視界の悪い中での圧倒的規模を誇るラウンプゥプの五連撃。
(あのアンデッドナイトとて、これを回避しきれたはずがない!)
そして六度目、七度目と続き、八度目と間髪入れずの猛攻が続いた。
ラウンプゥプの猛攻に巻き込まれたらしい、ランベールに纏わりつこうとしてたアンデッドの肉片が土煙の中から弾き出されていく。
ラウンプゥプの恐ろしい八連撃を前にマンジーは興奮し、身体を前に乗り出す。
「ヨホホホホホホホホホホホ!? 素晴らしい、素晴らしすぎるぞラウンプゥプ! 何だ今の動きは! これなら奴は……!」
土煙が薄れる。
アンデッドの血肉の山の上に、ラウンプゥプの連撃を回避しきったランベールが立っていた。
マンジーの笑みが止まる。
顔に筋肉を痙攣させ、吐き出す様に叫ぶ。
「何故……何故だ! 何故なのだ! 何故、ラウンプゥプの姿を見て絶望しない? 何故、喰らい付ける! ラウンプゥプは、最上位クラスの精霊だぞ!?」
「……さすがに危なかったが、どうにかなるものだな。せっかく馬を用意できていたというのに、早々に失ったのがやはり痛いが。この巨体を相手に、正面突破するしかなくなってしまった」
正気を失った様に怒声を張り上げるマンジーに対して、ランベールは事も無げに言い放つ。
「か、勝てると思っておるのか!? その言い方では、まるで……まるで……」
マンジーはランベールの言葉に驚愕し、妖馬トロイの上で体勢を崩し、落馬しかけて寸前のところで踏みとどまった。
彼は衝撃と極度の興奮のあまり息が乱れ、心臓が激しい動悸のあまりに痛みを訴えていた。
(奴は、勝ち目のない戦いに身を投じる者の振る舞いではない! まるで、まるで……充分に勝算がある様な物言いではないか!?)
マンジーは、都市バライラの殲滅手段としてラウンプゥプを用いたのだ。
それが、たった一人のアンデッドの剣士に妨げられている。
あり得ない。ラウンプゥプは、そんな規模に収まる範疇の精霊ではないのだ。
単体で都市一つ落とせる兵器だ。
(あり得んだろうが……いくら、なんでも! あの一千万殺し、ガイロフ様の契約した、高位精霊だぞ!? なぜたった一人の人間を殺せない?)
八連撃が終わった後に、ラウンプゥプについに硬直が生じていた。
ランベールがその隙を逃すはずがなかった。
大剣を大きく引いて、地面を蹴とばして跳び上がる。刃の先は、ラウンプゥプの額を捉えていた。
ラウンプゥプの額に大きな刺し傷が生じ、顔中に罅が入る。
「アアァ、アァァァアアァァアアアッ!」
ラウンプゥプが怒りのままに頭突きを放つ。
だが、その先にランベールはいない。
「こっちだ!」
ランベールは、ラウンプゥプの額を斬りつけると同時に、その巨大な頭部の上へと移動していた。
ラウンプゥプの頭頂部へと大剣が突き立てられた。
ラウンプゥプは奇声を発しながら身を捩り、ランベールを振り落とそうとする。
ランベールはラウンプゥプの大きな身体の上を駆けまわり、時に地面へと跳び降りては再びまたラウンプゥプの上へと飛び乗ったりを繰り返し、ラウンプゥプに捉えられないように動き回る。
ラウンプゥプの身体から生える、無数の腕がランベールを掴もうと蠢く。
しかし、次の瞬間に腕が切断され、斬り飛ばされていた。
ランベールは我武者羅に剣撃を放ちながら飛び回り、ラウンプゥプの身体を破壊していく。
「アァァァァァ、アァァァァアァアァァッ!」
ラウンプゥプの身体が大きく跳ねる。
ランベールはその動きを利用して高く跳び上がった。
「『月羽』!」
宙高くにて大剣を振り上げるランベールの姿は、名画の一枚の様でさえあった。
群がるアンデッドが、空高くにいるランベールへと上げた腕を揺らす。
大剣を一気に振り下ろし、剣先を真下へと向ける。
魔金鎧を纏うランベールの超重力のすべてが、真下へ構えられた剣先に乗った。
落下エネルギーの集約された一撃は、ラウンプゥプの長い身体の中央の、節目へと放たれた。
剣先を中心として生じた衝撃波が、群がるアンデッドを弾き飛ばすが如く薙ぎ倒す。
ラウンプゥプの蜈蚣状の身体が、前半分と後ろ半分に分かたれた。
ラウンプゥプの奇声が響く。
頭部を失った後ろ半分の身体は、しかしそれでもなお動きを止めず、地の上を這って動き回っていた。




