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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第二章 都市バライラの英雄譚
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第三十五話 屍玩竜の宴①

 荒廃した都市バライラを、妖馬トロイに跨ってマンジーが移動する。

 トロイの馬の頭の三つの目が蠢き、口からは絶え間なく涎が垂らされる。


 トロイの胸元の人面が奇怪な声を上げてが笑う。

 普段ならさして気にならない笑い声が、今のマンジーには苛立たしい。


(冗談じゃない! ちょっと遊びに伯爵の許へ出向いてみただけだというのに、あんな化け物がいるなど聞いていない! 聞いていないぞ!)


 マンジーが直接伯爵邸へと打って出たのは、部下達の実力が不十分と考えたわけではない。

 単に、自身の調整したアンデッドを相手取るのに相応しい人間が欲しかっただけである。

 それにマンジーは、自身を強いと思っている戦士が絶望する様を見るのが好きだった。

 伯爵邸へ出向けば、その機会にも恵まれると思ったのだ。


 トロイを駆けさせながら、周囲へ目をやる。

 都市バライラへと満遍なく配置したはずのアンデッドが、ただの一体も見当たらない。

 すべて動かぬ死体へと戻っている。


 無表情で仲間の死体を引き上げるものや、子供らしき名前を呼びながら歩道を走る女の姿もある。

 警備に当たっているモンド伯爵の私兵は、マンジーを不審と見てか、大声を上げて何かを叫んでいた。


 マンジー好みの悲痛な光景ではあるが、仲間の死体を引き上げたり、明らかに非戦闘員であるものが声を上げて歩き回ることができるというのは、一難が去った後だからこそできることだろう。

 それはつまり、最低でも周辺のアンデッドが既に対処された後であることを示す。


(あれだけ造り上げたアンデッドが、ただの死体の山に戻っている……? 死黒水晶は、部下に守らせていたはずだが……どいつもこいつも、しくじりおったのか!)


 死黒水晶とは、ガイロフの書を媒介に発動した魔術によってマンジーのマナから造られた、水晶玉である。

 複数の死体を制御、操作する力がある。

 今回マンジーの用いた、大規模型死操術の心臓部である。

 十の死黒水晶を造り出し、都市バライラの各区域に分けて部下に守らせていたが、どれだけ妖馬トロイを走らせても、動いている死体が見当たらなかった。


 グラコス率いるモンド伯爵の私兵団が一つの死黒水晶を破壊することに成功しており、壊滅を免れた大手ギルドが手を組んで下位ギルドを纏めて指示を出して人海戦術で三つの死黒水晶を破壊していた。

 ロビンフッドに至っては、単騎で二つの死黒水晶を破壊するという桁外れの快挙を成し遂げている。


 なお、ランベールは主力級のアンデッドの群れを操っていた四つの死黒水晶を破壊した上で、ランベールへとピンポイントで奇襲を仕掛けて来た八賢者マンジーの補佐であるアダマリアを逆に殺し返し、伯爵邸に乗り込んできたマンジーの撃退さえも行っている。


(だが、これだけ死体があるのだ。無能な部下共も、例の準備くらいはきっちりと行っておるはずだ。いくらでも補充の利く雑魚が死んだというだけで、総合的な計画に支障はない。あの自称ランベールには胆を抜かれたが、ワシは既に、都市バライラで果たすべき目的をほぼ完遂させておる)


 マンジーは、醜い顔に笑みを浮かべる。

 血走った目には、狂気の悦びがあった。


 マンジーが伯爵邸へと直接出向いたのは、本当にただの戯れである。

 マンジーの目的は、レギオス王国の中でも優秀な冒険者が多く集う都市バライラを、二度と再興できぬまでに徹底的に破壊することであった。

 そのためにはマンジーが都市バライラで一定数の死体の山を作ることさえできれば、本来ならばそれだけで充分であった。

 そしてその条件は既に整っており、後は時を待つのみであった。


 マンジーが空を見上げる。

 既にもう、夜が始まっていた。月が青白く輝き、都市バライラを照らす。


(時も来た。月が空に満ちる今この時こそが、冥府と現界が接近する瞬間! 死体は充分すぎるほどに集まった。茶番はこれまでよ……最後の仕上げを行い、このガイロフ様の魔導書を用いて、都市バライラを地獄へ変える! 元より、またアレが見たくてワシは此度の役目を引き受けたのだから! 自称ランベールよ、せいぜい止められるものなら止めてみろ!)


 妖馬を走らせるマンジーへと接近する、六人の馬に乗る冒険者がいた。

 全員の手には弓があった。


「間違いない、コイツもあの、アンデッドを操っていた奴らの一味だ!」

「殺せ!」「ウチのギルドマスターの恨みだ!」


 マンジーは鼻で笑い、ガイロフの書を捲る。


「我が声に応え、冥府より来たれ、門の番人ケルベロスよ」


 マナの光が集い、全長三ヘイン(約三メートル)近い、二頭を持つ猛犬の姿をした精霊が現れる。

 ガイロフの十三精霊、五番目のケルベロスである。

 酸の涎が地を溶かし、赤々と輝く四つの瞳が獲物を見やる。

 放たれた矢を、ケルベロスが身体で受ける。矢は厚い体表を貫通せず、当たった後に地に落ちるだけであった。


「な、なんだ、この化け物は!」


 冒険者達の先頭に立つ男が叫ぶ。

 ケルベロスが姿勢を低く構えるのを見て、矢では無意味と判断し、すばやく弓を捨てて剣を構える。

 ケルベロスは振り下ろされた剣を牙で受け止め、頭を大きく振るって男を馬から引きずり降ろし、地面へと叩きつける。

 肩から叩きつけられた男の首を、強靭な爪が叩きつける。

 鮮血が噴き出し、首から折れた骨が露出。明らかに即死であった。


 更に逆の首が、捥げた頭部へと喰らい付く。

 頭から脳漿が舞い、ケルベロスはそれを啜り、口回りを脳漿と血で汚す。

 赤い剣呑な瞳が、残る五人を射抜いた。


 あまりに凄惨な虐殺に、残る五人の冒険者から戦意が喪失。

 ケルベロスが跳び上がり、背を見せた五人の内の一人の背中へと飛びつく。

 背中の肉が剝がれ、血を噴き出しながら馬から転がり落ちる。

 直撃を受けた馬は、太腿から腹部付近を裂かれ、そこから腸が漏れて地面に倒れ、身体を痙攣させる。


「ヨホホホ……ワシは先を急いでいるのでな。雑魚に構っておる暇はないのだ」


 マンジーがちらりと背後へ目をやる。満足げな笑みを湛えていたが、後方を見て表情が固まった。

 逃げ惑う冒険者とは反対に、ケルベロスへと向かい、巨大な馬を走らせる男の姿が遠くに見えた。


「アレを見て、戦意を失わんか。大物なのか、ただの馬鹿か……」


 マンジーは目を擦る。

 彼はあまり視力がよくなかった。

 加えて、謎の男とは距離が空いている


 そのせいだろうか。

 マンジーの目には、黒い大馬の首から先が、どこにも見当たらない。


 大馬に乗る男が、巨大な剣を引き抜いて手に構える。

 同時に大馬が速度を引き上げ、大剣の威力を少しでも底上げしようとする。


 立ち塞がるケルベロスを、何事もなかったように大馬が通過する。

 一体何が行ったのか、マンジーにはわからない。

 マンジーが続けて目を擦ったその刹那、ケルベロスの二頭の付け根である首から腹、尾に掛けて、一直線に切断される。


「ギャインッ!」


 左右に刎ね飛ばされた二つの頭部が、それぞれに短い断末魔の雄たけびを上げる。

 青黒い血の様な液体を垂らしながら、残った前足と後ろ足でもがき、暴れ狂う。

 だがやがて力尽きて動きを止め、すぐに姿が薄れて消えて行った。

 現世に姿を留める力を失い、冥府へと帰ったのだ。


(ケルベロスを、子犬が如く蹂躙!? まさか、奴は……)


 マンジーが呻くように呟く。

 唇を噛みながら、ケルベロスを倒した騎兵へと目を向ける。

 独特な柄の鎧に身を包む大男は、先程マンジーを敗走へと追い込んだ自称ランベールであった。

 おまけに、大男に跨られている馬には首から先がない。


「な、なんだアレは!?」


 マンジーが大声で叫ぶ。

 首のない大馬に跨る鎧の大男が、大剣を振るいながら迫ってくる。

 周囲にはちらほらと住民達や私兵、冒険者の姿があるのだが、鎧の大男はお構いなしに、堂々と大柄の首のない黒馬へと跨っている。


 凄まじい速度で都市バライラを駆ける首なし馬は、周囲の者達に絶叫を上げさせていた。

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