第二十四話 半顔の魔女アダマリア③
ランベールは自らが縦に両断した男の死体を見下ろす。
そして地面へと転がる死黒水晶を踏み抜いて破壊した。
それから周囲の、男が墓所の英雄を蘇らせるための生贄の余りらしい、縄で拘束されて麻袋を被せられている男女へと目を向ける。
「…………」
ランベールが感じ取ったのは、違和感だった。
今の状況の、何かがおかしい。そう感じたのだ。
(考えすぎか……?)
しばし、ランベールは動きを止める。
確かに、斬られた男の様子が演技であったとは考えられない。
それにこの状況で、突発的に現れ、単体で敵対戦力を潰して回るランベールをピンポイントで捕らえ、罠に掛けることはほとんど不可能である。
戦地において、必要な場所の必要な情報を得られる様な、そんな都合のいい魔術をランベールは知らない。
そんな術があれば、それだけで死神にも英雄になれると、八国統一戦争の将軍であったランベールには、はっきりとわかる。
だから、自らの抱いた不信感を、ランベールは一度、保留にした。
生贄に連れてこられたらしい男が、身を捩って苦しみ始めた。
苦悶の声を上げる。
ランベールは意識を男に向け、その場に屈みこみ、頭を覆う麻の袋を強引に破いた。
「どうした? 何か、魔術による干渉を受けていたのか?」
男は、苦悶の表情の口許を歪めながら、ランベールの身体へ抱き着いてきた。
「何を……」
「アダマリア様ぁ! 俺ごと沈めてください!」
生贄のはずだった男が叫ぶ。
「地よ、沼となれ!」
それに続き、周囲からは魔術の詠唱が重なって聞こえてくる。
一人ではない。魔術師は、五人はいる。
それとほとんど同時に、ランベールの足場がぬかるみ、重い魔金の鎧が地中へと沈む。
ランベールは咄嗟に籠手の指を伸ばして絡みついて来る男の額を小突き、頭蓋骨を砕いて即死させた。
「絞め殺せ、肉触手!」
五人の魔術師が同時に唱える。
それもランベールを囲む、五方向からである。
辺りに倒れていた領民の死体の頭に巻かれていた麻袋を、内側から何かが突き破る。
体内から絞り出されたのは、肉の鞭。ランベールを囲んで放たれた。
死体を媒体に、肉の触手を造り、操っているのだ。
巨大なグロテスクの舌が、屈んだ姿勢のまま沼地に足を取られたランベールの一瞬の隙を突き、鎧の関節部を締め上げてその動きを拘束した。
アンデッドとなったランベールはマナに、特に生者のマナに敏感である。
そのため、この様な不意打ちを受けることはないはずであった。
ランベールを襲撃した魔術師は、生贄の中に混ざっていたのである。
そうして拘束されている振りをしながら、ランベールが決定的な隙を見せるその瞬間を待っていたのだ。
「まさか、大斧のヒルディアスが、ここまであっさりと突破されるとは、思いもしていませんでしたが……結果として、二重、三重に罠を仕掛けておいたのが、役に立ちましたね」
ランベールは背後に立つ声の主へと、僅かに兜を傾ける。
色白で美人だが、線を引いて分けたように、顔の右半分が焼け爛れている。
八賢者マンジーの補佐、半顔のアダマリアである。
彼女は策略家としても、錬金術師としても、一流であった。
錬金術師としての彼女は、身体を弄って筋肉や神経を作り替えて死者を蹂躙し、弄び、一つの兵器として完成させることに長けていた。
ランベールは自身の拘束を強引に千切ろうとする素振りを見せた。
だが、腕が震えるばかりで、肉の鞭が千切れる様子はない。
「無駄ですよ。即席品ではなく、貴方がここに来る前から仕込んでおいたものです。魔術で死体の体内を弄って、潰して組成し直し、強靭に組み替える。そうしてただ一度、筋肉塊の鞭を吐き出すだけの砲台へと作り変える……。なかなか手間が掛かりますが、その分効果は絶大でしょう? それに、貴方の桁外れな膂力は、既に把握済みですからね。関節部を巻き取った上で、足に力が入らない様に、足元を泥へと変えていますから」
「…………なるほど」
ランベールが低い声で呻く。
「貴方が桁外れならば、桁外れなものと前提に組んだ上で、策を練るだけです」
アダマリアが静かに告げる。
「アダマリア様、この男はどうなさいますか?」
「少し拷問してから、死体をマンジー様へと引き渡しましょう。この者は、常人の域を大きく逸脱していますから。マンジー様の研究にも役立つかもしれません」
そう言ってアダマリアは、手に一本の細長い針を持つ。
「さて、こちらも急ぎの身ですので、手荒に行かせてもらいますね」
アダマリアが、整った形の左目と、瞼が焼け切れ赤黒く変色した奇怪な右目をランベールへと向ける。
人とは思えぬ冷たさの視線だった。
「一つだけ、教えろ……。なぜだ? なぜ、単体で動く俺の動きを、こうも把握することができた?」
策を練る上で大切なのは、敵の動きを把握する手段である。
アダマリアの異様に周到な計画も、ランベールの強さを察知し、動向を押さえきれたからこそできたことである。
アダマリアの唇が、歪んで笑みを象る。
「変わった蟲を、見ませんでしたか?」
「…………」
合成獣か、生体錬金か、石人形か。
何にせよ、感知に突化した武器を持っているらしいと、ランベールは悟った。
あまりに強力な武器である。
ランベールが今こうして拘束されているのも、そんな便利なものがあるはずがないという前提のためである。
引っ掛かっていた違和感が形を成していく。
あまりに多すぎる、生贄の余剰人数。
そして英雄ヒルディアスを蘇生させた男の、すぐ近くにいる誰かに助けを求めていたかのような言動。
「余計なお喋りはこの程度にさせていただきましょうか」
アダマリアが言う。
ランベールも深く頷いた。
「これ以上は聞けそうもない。茶番はこの辺りでいいか」
言うなり、ランベールが身体を強引に捻り、触手に縛られていた腕を大きく持ち上げる。
「ですから足場が泥な以上、力を掛けようがありませんよ。そもそも、関節部に均等に掛けた負荷のせいで、身体に力が入るわけが……」
ランベールの両足、両腕に巻き付いていた肉触手が、引き千切れて破裂し、血液を噴出した。
アダマリアの非対称な目が、ランベールに釘付けになる。
千切った肉触手をランベールが放り投げ、自由度を増した手足が、残った肉触手を容易に振り解き、破壊する。
「こんな玩具で、よく俺を拘束した気になれたものだな」
「し、絞め殺せ、肉触手よ!」
咄嗟にアダマリアが唱える。
近くにあった死体の頭部の麻袋を突き破り、グロテスクな肉塊がランベールを狙う。
ランベールは大剣の腹でそれを叩き潰し、その勢いを用いて宙へと跳び、魔術の沼地を脱した。
ランベールは着地地点付近にいた魔術師の一人を、挨拶代わりだと言わんがばかりに蹴り飛ばす。
魔金の質量が乗った蹴りを受けた魔術師は、一撃で胸骨と背骨が折れ、心臓が破裂した。
身体が折り畳まれた奇怪な惨死体へと早変わりした。
「俺を知った上で策を立てたと言っていたな。まだ、次があるのか?」
ランベールが地面に大剣を突き刺し、彼女達に問うた。
ランベールが不審感を保留にし、敢えて罠に対して後手に回ったのは、仕掛け人の圧倒的な情報の優位の正体を暴くためである。
拘束を受けたのも、アダマリアを油断させ、情報源について少しでも聞き出したかったからに他ならなかった。
ランベールがアダマリアに対して危機だと認識したのは、戦地における必要な情報の入手方法に過ぎない。
現代で多少錬金術や策略に長けているとはいえ、敵兵を一人でも多く殺すための悪意の満ちた八国統一戦争を生き抜いてきたランベールからしてみれば、アダマリアの謀略も児戯に等しい。




