第二十四話 半顔の魔女アダマリア②
ランベールは死黒水晶の気配を追い、都市バライラの冒険者の墓場である、『名もなき英雄の眠る地』へと足を運んでいた。
ここは領主の管理下にある墓場であり、冒険者ギルドに加入していた冒険者ならば、ギルドの判断で残した財産と引き換えにここへ葬ることができた。
冒険者には流れ者で出身が遠い者も多い。
また、身寄りのない者も多い。
そういった冒険者の多くは、この『名もなき英雄の眠る地』へと葬られる。
しかし、いつ死ぬかわからない冒険者は貯金を行う者が少ない。
また、役人に黙って遺品に手を付ける同僚の冒険者も多い。
この『名もなき英雄の眠る地』は利益を目的としたものではなく、命を尽して領民の平和と領地の発展のために戦い、命を散らした冒険者の死体が真っ当に葬られもしないのは可哀想だという、救済の意味合いが強い。
ランベールはそのことを知っていたわけではないが、入口にあった剣を担いだ勇猛な戦士の像と、安価な素材の墓、手入れの行き届いていない汚れた墓が多い様子から、朧気ながらにその背景を察していた。
墓場の奥には、一つだけ異様な、大きな墓があった。
この墓場が作られる発端となった英雄の葬られている墓であった。
都市バライラの過去の英雄、ヒルディアス・アームグレイン。
四十年前に、都市バライラを魔獣の群れの侵入から守るのに貢献した冒険者であり、その際に命を落としたとされる。
墓の周囲には、縄で身体を拘束され、頭に麻袋を被せられた男女二十名近くが転がっており、その内の何人かは胸部を抉られて絶命していた。
そして殺された者の血と肉を用いて作られたらしい、大きな魔法陣が描かれている。
連れてこられた人間は、何らかの魔術の発動のためのものであったらしいと、ランベールはそう判断した。
墓のすぐ前には二人の男がいた。
一人は、死神の様に痩せこけた、漆黒のローブを纏う男であり、墓の前に座り込んでいた。
手の中には、怪しき輝きを放つ死黒水晶がある。
そしてその男を守る様に、土色の皮膚を持つ大男が立っている。
目に生気はない。
死神の様に痩せた男が、ペロリと舌を出してランベールを見る。
「……確かに、アダマリア様の言う通りだ。コイツを付け狙う様に現れるんだな」
そう言って、男が立ち上がる。
「だが、ここに来たのは失敗だったな。見ろよ、この風格を。しばらく調査していたはずなのにアダマリア様も把握できていなかったところを見るに、オマエ、流れ者なんだろう? だが、名前くらいは聞いたことがあるはずだ。英雄、ヒルディアス様だぁ。ヒヒッ、さしもの英雄様も、こうなっちまったら、俺達の手足だけどな。お前は桁外れの強さだと聞いていたが……はてさて、伝説の英雄様と、どっちが桁外れなのかな?」
男が言うなり、大男――都市バライラの過去の英雄、ヒルディアスが大口を上げておぞましい咆哮を上げ、斧を振り上げる。
「フゥ……フゥ……フグゥオオオオオオオオッ!」
「さぁ、伝説の英雄様のお手並み拝見! 試運転と行こうじゃないか! ハハハハ! 英雄様の死体がぁ、墓暴きに利用されて都市を壊すなんざ……なかなか俺好みの皮肉が利いてるぜ!」
ヒルディアスが、巨体からは想像もつかぬ速さでランベールへと突進する。
地面を蹴り、跳び上がった。低空飛行でランベールへと飛び込む。
そのまま飛びつくかと思いきや、ヒルディアスの巨体が宙で大きく翻り、変則的な方向から、精密な動きで大斧を振りかざす。
相手の意表を突くと同時に斧の軌道を読ませない、初見殺しの技である。
また回転の遠心力とヒルディアスの巨体の体重がまともに乗った大振りの一撃は、彼の利点を完全に活かし切った技であった。
凄まじい速度の乗った斧が、ランベールの頭部を狙う。
「ハハハハハハ! いい、いいぞぉ!」
男の笑い声が響く。
次の瞬間、ヒルディアスの肩から先が切り離された。
腕がついたままの大斧が、地面へと突き刺さった。
続いて、ランベールの前に、身体が真っ二つになったヒルディアスの身体が崩れ落ちる。
「は……?」
ランベールはヒルディアスの死体を見下ろす。
魔術で作られていたらしい疑似肉が剝がれ落ち、ヒルディアスの太い、ほとんど土に変わっていた骨が、露わになっていく。
男は、信じられないといった目で、ランベールを見つめてわなわなと身体を震えさせる。
「勝ったのは、俺だったな。今度こそ安らかに眠るがいい、ヒルディアスよ」
四十年前の都市バライラの英雄も、二百年前の八国統一戦争の英雄には、遠く及ばなかった。
「そして、無粋な墓暴きである貴様の方もな」
ランベールに睨まれた男の手から、死黒水晶が地面へと落ちた。
「な、なんで……?」
男からしてみれば、全くもって意味が分からなかった。
此度の都市バライラの襲撃において蘇らせるアンデッドとして、英雄ヒルディアスは間違いなく最強の戦士である。
それがこうもあっさりと瞬殺されるなど、あまりに不合理である。
蘇生の死霊術に何らかの誤りがあったのか、としか考えられない。
しかしだとしても、ヒルディアスの動きは、まごうことなく、戦士として一流のものであった。
男は白兵戦には疎かったが、ヒルディアスの豪快かつ精密な動きには、思わず興奮を覚えたほどである。
「なんで……なんで……」
よろめきながら男が立ち上がる。
そして周囲に倒れている人間に目を向け、人質にすれば好機があるのではと考え、口許を歪めた。
夢中で、近くにいた一人の首を持ち上げ、刃を突き立てる。
「そ、それ以上! 近づくなぁ!」
「ああ、これ以上は近づく必要はない」
声は男のすぐ後ろから聞こえて来た。
男が人質を取ろうとした一瞬の内に、ランベールは男の背後へと、その俊足で接近していたのである。
「た、助けっ!」
ランベールの大剣が、男を脳天から叩き斬った。
即死であった。切断面から血を噴き出しながら男が倒れる。
ランベールは軽く大剣を振って血を飛ばし、鞘へと戻した。




