第二十三話 半顔の魔女アダマリア①
ランベールが死黒水晶を破壊したことで、ギルド『白銀の意志』のアンデッド化していた冒険者達がただの死体へと戻り、眠りについた。
ランベールは足元に転がる、死黒水晶を守っていた男の死骸へと目を向ける。
とりあえずこの場は片付いたが、後どれだけの死黒水晶がアンデッドを操っているのか、規模がまるで掴めない。
ランベールは首を振る。
「拷問して情報を引き出すべきだった。すぐ次の奴を見つけねば」
アンデッドが眠りについたことで、私兵団の面々が歓声を上げる。
そこで死力を絞り立っていたグラスコが、その場に倒れ込んだ。
グラスコはミカエラの刺突を受けた時点で限界だったのだ。
しかし、隊長として、交戦中に倒れるわけにはいかない。
ランベールに鼓舞され、その一心で立ち続けていた。
だが役目を終え、ついに緊張の糸が解けた。
グラスコの部下達が、大慌てでグラスコへと駆け寄る。
「グ、グラスコ様!?」
「うう、うぐ……悪いが、俺様はこれ以上動けそうにない。領民の避難の誘導の指示は、任せたぞ」
ランベールはちらりとグラスコへ目をやるが、何も言わずにすぐに背を向けた。
「あ……! お、おい、大鎧! キサッ……お前、いったい……何者なんだ、なぁ! おいっ!」
グラスコが声を振り絞り、ランベールの背へと声を掛ける。
手を伸ばしながら立ち上がろうとして体勢を崩して前のめりになり、部下達に身体を支えられる。
「ランベール・ドラクロワだ。私兵団長グラスコよ、お前は退屈なだけの男ではなかったぞ」
ランベールは足を止め、振り返らずにそう言うと、また前へと進む。
グラスコを筆頭に私兵団の面子は、ただただランベールの大鎧の強大過ぎる背に見惚れていた。
――同時刻、都市バライラ内のある廃墟にて。
漆黒のローブを纏う、顔に縦の継ぎ接ぎの入った女が歩いていた。
女の顔の左側は整っていたが、右側は瞼がなく、皮膚も爛れている。
おまけに口も、目も、明らかに左右非対称であり、不気味な顔立ちであった。
なまじ片側が整っている分、余計に気味が悪い。
女の後ろには同じローブに身を包む、二人の男がついてきていた。
彼女の名は、アダマリア。
半顔の魔女と恐れられる魔術師である。
普段は顔に包帯を巻いて隠していたが、今は自分の容貌を見て騒ぎ立てる余裕のある領民もいないため、グロテスクな右側の顔を露出させていた。
アダマリアは八賢者マンジ―の一番の部下であり、興奮すると暴走しがちになる彼の補佐が主な役割だった。
頭が切れるため、組織内での信頼も厚い。
マンジーを含め、八賢者の半数は真っ当に話のできる人間性を持ち合わせていはない。
そのためマンジーへの連絡にアダマリアが介されることも多かった。
アダマリアへと、子供ほどの大きさのある巨大な甲虫が接近してくる。
背は大きな瞳の様な柄になっており、頭部は幾つもの人の眼球に覆われている。
目玉は不規則に、各々の方向へと出鱈目に向けられていた。
アダマリアは、甲虫の背の目玉の柄へと手を翳す。
「我に教えよ」
アダマリアが呟くと、甲虫の背が光り、その光がアダマリアの腕を伝うようにして彼女へと流れていく。
この化け物は、『笛吹き悪魔』で魔術研究を重ねて造られた、呪物である。
正確には名を魔呪蟲と名付けられており、呪いの塊の様な生物である。
魔呪蟲は気配を隠して素早く動き回れる他、自身の見たものを『笛吹き悪魔』のメンバーへとマナを介して知らせることができた。
また感知能力も高い。
自身のマナが減ると黙って姿を消すため、『笛吹き悪魔』も無制限に使えるわけではないが、それでもこういった広範囲の出来事を素早く把握する必要のある場では重宝する。
「…………」
アダマリアは、左側の目を瞑り、眉根を寄せて思案する。
なお、右側の顔はぴくりとも動かない。
アダマリアの部下である二人の魔術師が、彼女へと目で情報を求める。
だがアダマリアは、魔呪蟲から得た情報をどう伝えるべきか思い悩んでいた。
彼女が魔呪蟲のマナを受けて得たのは、魔呪蟲の見た視覚情報である。
それは大鎧の剣士が、アンデッドの大群を斬り伏せ、死黒水晶を手にしたマンジーの部下を惨殺して回っているところだった。
戦術の要であったはずの、数に頼った冒険者ギルド『鬼蟻の軍勢』のアンデッドと、質を重視した『白銀の意志』のアンデッドが、すでに大鎧の剣士ほぼ単騎に壊滅させられている。
あり得ない。どう考えようともあり得ない状態であった。
「化け物め……」
アダマリアは、大鎧の男の存在を知ってそう呟いた。
あまりに桁外れすぎる。
部下に相談する前から、予定を大幅に変更し、大鎧の男を討つことを決意していた。
大鎧の男の討伐のためにマンジーに直接動いてほしいところだが、マンジーは気まぐれな上、組織よりも自身の趣向を優先する。
見かけは老人だが、人格はまるっきりに子供なのだ。
少年というよりは、虫を潰して燥ぐ幼児のようなものであると、アダマリアは考えていた。
我が儘で残虐、短絡的で自分勝手。
アダマリアから見ても、マンジーには人として成長すべき精神面が大きく欠落していた。
それにマンジーに下手なことを言えば、『笛吹き悪魔』に貢献してきたアダマリアすら、薬漬けにされた脳髄を机に飾られることになりかねない。
事実、そういった目に遭ったマンジーの部下を、アダマリアは何度も目にしていた。
「どうやら、不確定要素が出たようですね。向こうがアンデッドに気を取られている隙に先回りして罠に掛けて、確実に処分しましょうか」
アダマリアは自身の部下へとそう言い、舌で己の口回りを舐めた。




