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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第二章 都市バライラの英雄譚
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第二十一話 死霊の群れ⑥

 グラスコが、朦朧とする視界を瞬かせ、不意に現れた鎧の大男の姿を再確認する。

 見間違うはずもない。

 自分に何度も恥を掻かせた、恐ろしく強い、流れ者の剣士である。


「……き、貴様は」


 グラスコが弱り果てた顔で、ランベールの巨体を見上げる。

 その目には抑えきれない嫌悪があった。


 ランベールの腕がグラスコへと伸びる。

 ランベールに二度もこっ酷く打ちのめされた記憶のあるグラスコは、顔を歪めて仰け反ろうとした。

 だがグラスコが避ける間もなく、ランベールの腕はグラスコを掴む。

 大柄のグラスコを片腕で容易く引き上げ、強引に立たせた。


「うぶっ……」



 よろめくグラスコの目に、改めてバルテットの真っ二つになった惨死体が移った。

 自身が苦戦していた相手が、今や何も物言わぬ肉塊へと成り果てている。


(この大鎧……とんでもなく強いとはわかっていたが、まさかここまでとは……!)


 ランベールの圧倒的な力に恐れを抱くとともに、自身が重ねて不甲斐なく思える。


(……この男はわざわざ俺を起こし、何を言いに来たのか。また、役立たずだのと罵りに来たのであろう。こんな不遜な流れ者に……激情のままだったとはいえ剣を向けた相手に助けられるなど、いっそ死んだ方がまだいくらかマシであったわ)


 グラスコが、ぐっと腕に力を入れる。


「少しはマシな顔をするようになったな。以前の言葉は撤回しよう」


 力むグラスコの肩へと、ランベールの手が軽く触れる。


「なっ……」


 困惑するグラスコへ、ランベールは言葉を続ける。


「まだ動けるな。早く、他の者へ指示を出せ。ここを越えても終わりではない。まだまだ、敵の手が広がっているところだ」


 そうは言われても、グラスコは腹部を剣で突かれたところである。

 確かに、致命傷ではなかったようだった。

 だが、意識は眩む。視界も靄が掛かっている。立っているのが限界であった。


「俺にできることなど、もう……」


「そんなはずはあるまい。伯爵の私兵共は、皆お前に続いているではないか。負け戦であったというのに、大した士気だ。戦いを続けるのだろう? ならば将は、絶対に倒れてはならん。部下が迷うからな」


 ランベールはそこまで言い、グラスコに背を向けて歩き出し、大剣を構える。

 グラスコはしばし呆然とランベールの背を眺めていた。

 だが、すぐにランベールの言葉が頭に蘇り、剣を大きく上げ、力の限り叫んだ。


「お、俺様は無事だ! まだまだ戦えるぞぉっ! 貴様ぁっ! 敵は少々気色は変わっているが、二十少しだ!」


 グラスコの部下達が、戦場のあちこちで雄たけびを上げ、彼の声に答える。

 挫かれかけていた勢いを取り戻すには十分だった。


 ランベールの前には、『白銀の意志』の女ギルドマスター、ミカエラが立っていた。


「きは、きはは……きははははぁっ!」


 淀んだ目がランベールへと向けられる。


「それで隠れたつもりか? 残念だが、俺の目はマナの流れをある程度まで追える」


 ランベールはミカエラ越しに死体の山を睨む。

 死体の山が蠢き、血に塗れたローブを纏う、小太りの男が現れる。

 黒々と妖しい輝きを放つ水晶玉、死黒水晶を手にしていた。


 男は、ぺろりと頬に付いた、誰のものとも知れぬ血を舐めとる。


「戻れ、女。我が護衛につけ」


 ミカエラが素早くバックステップを取る。

 軽やかな動きで男の傍まで下がる。剣先はランベールに合わせたままである。


 男はミカエラの髪を撫で回し、その頬に舌を伝わせてから、肩を竦めて笑う。

 ローブから男の顔が覗く。

 右のこめかみから唇に掛けて醜い吹き出物のある、醜悪な容貌の男だった。


「けは、けははは、けは」


 ミカエラは知性を感じさせない狂笑とは裏腹に、背を屈めて剣を引き、綺麗な姿勢でぴたりと動きを止めた。


 ローブの男は、隠れていたのが見抜かれたというのに、あまり動揺は見られなかった。

 どこか余裕があるようだった。


「この女は、なかなか使える。無理言って、この区域を任せてもらってよかった。ここを逃れて、無事にバライラを潰した後も、俺のペットにしてあげるからね」


 男が言いながらミカエラの、乱れた金髪を撫でる。

 ランベールは地を蹴り、ミカエラへと接近する。


「お、大鎧! あの体勢に入ったミカエラへ、正面からぶつかるな!」


 グラスコがランベールへと忠告を出す。

 だが、ランベールは直進を止めない。


 見てから動く。刺突の速度を最大限に活かした、神速の返し技。

 生前のミカエラが戦いの中で編み出した、後手必勝の絶技『落月』である。

 相手の剣が振り下ろされるより先に確実に急所を貫くことを目的としている。

 効果は絶大だが、動けばそれが隙となるため、完全に止まったままでいる必要があるという、大きなデメリットを抱えている。


 男の余裕は、ミカエラのアンデッドの性能から来るものであった。

 事前に調査していた間から、ミカエラの美貌と強さに目をつけていたのである。

 彼女の絶技『落月』も無論、知っていた。

 

「剣の腕は立つらしかったが、首から上はただの馬鹿だったみたいだな」


 男が笑う。

 ランベールはミカエラに対し、大きく剣を振り上げる。

 ミカエラの間合いへと入った。ミカエラが手首を翻しながら前に出る。

 剣先が最短経路を辿ってランベールへと向かう。

 男が口端を吊り上げて笑う。


 だが、次の瞬間、ミカエラは身体から血飛沫を拭き上げながら後方へと弾き飛ばされていた。

 左腕は、肩から先がない。地面に叩きつけられ、残された右腕を大きく開く。

 その傍らに、剣を握りしめたままの左腕が落ちてきて転がった。

 ミカエラは身体を大きく痙攣させながらも、上体を起こそうとする。

 だが途中でがくんと肩を震えさせ、糸の切れた人間のように地面へと倒れ、動かなくなった。


 ミカエラの絶技『落月』の突きよりも、ランベールが正面から放った大振りの方が遥かに速かったのである。


「ババ、バカな! こんなこと……こんなこと、あるわけがない! 人間に出せる速度じゃ……」


「悪いが、これは生前からでな」


 護衛を突破したランベールが、大剣を斜め下に垂らした姿勢で男の前へと立つ。

 男が小さく悲鳴を上げ、後退る。

 それからはっと思い出したように、手に抱えている死黒水晶をランベールへと差し出した。


「ここ、これだろ? なぁ、これが欲しいんだろ? 俺が、俺がマンジー様の部下になったのは、本当にただの偶然なんだ……。見逃して、見逃し……」


 ランベールが掬い上げるように放った剣の一撃が、死黒水晶を綺麗に砕く。

 その延長線上にあった男の頭部も、地に落ちた腐った果実の如くあっさりと弾け飛んだ。


 辺り一帯のアンデッドが身体を震わせ、地へと崩れていく。

 私兵団達から歓声が上がる。

 ランベールは周辺に立ち込めていた邪気を孕んだマナが急速に薄れていくことに気が付き、大剣を鞘へと戻した。

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