第六話 盗賊団②
盗賊達はへらへらと笑いながらも、その顔つきには、飢えた獣のような獰猛さがあった。
少女は慌てふためき、盗賊とランベールを見比べる。
この人数差では敵うはずもない。
かといって、ランベールの重装備では、まともに走って逃げることもできないはずだ。
「きっ……騎士様、こ、降伏しましょう」
しかし少女から見れば飢えた獣であっても、ランベールからしてみればせいぜい子犬がいいところであった。
「心配は無用だ」
言うなり剣を引き抜き、ランベールは盗賊へと駆け出した。
重装備とは思えぬ俊足さであった。
金属塊の生み出す足音は、まるでオーガのようで、その場に居合わせた四人には森全土を揺るがしているかのような錯覚さえ感じるほどであった。
鎧が見掛け倒しであるとは到底思えない。
「おっ、俺は右側から後ろへ回り込む! 囲んで袋叩きにすんぞ! お前は吹き矢を捨ててナイフを出せ! 関節部に突き立ててやれば、ひとたまりもねぇはずだ!」
鎌を持っていた一番先頭に立っていた盗賊の男は、仲間へとそう指示を出した。
最初はあの時代錯誤な鎧ではまともに動き回ることさえもできまいと思い、三人がかりで力任せに引き倒してやるつもりだったが、ランベールの駆け足を見てそれが不可能であると悟ったのだ。
だが男が回り込むよりも先に、ランベールは大剣の間合いにまで足を踏み入れていた。
「えっ」
次に感じたのは、強烈な殺気である。
力を込めたことで漏れ出したランベールの瘴気が、盗賊の男達へと纏わりついて恐怖の感情を生み出した。
そしてそれを充分に味わう間もなく、ランベールの大剣が横薙ぎに振るわれる。
「はぁぁぁっ!」
掛け声と共に放たれた一撃は、先頭に立つ男の首を真上に高く撥ね上げた。
踏み込みと同時に二撃目を、下から掬い上げるように繰り出す。
残る二人目、三人目もランベールの大剣の圧倒的な質量の前に身体を両断された。
大剣の衝撃を受けた三人の身体が、各々の方句へと弾き飛ばされる。
離れたところから見ていた少女には、ランベールのあまりの早業のあまり、ただ一太刀で三人を仕留めたようにしか見えなかった。
「……す、すごい」
ランベールの強さを目にした少女は、今が夢なのではないかとさえ疑った。
それほどまでに圧倒的で、非現実的な強さに思えたのである。
ランベールが大剣を鞘へと戻すと同時に、撥ね上げた最初の男の頭が彼のすぐ後ろへと落下した。その衝撃で割れて、真っ赤な果実のように血を辺りにぶちまけた。
「随分と、骨のない奴らだったな。少し妙なほどだ。食に困っていたような体つきにも見えなかったのだが。何か、よくないことの予兆でなければよいのだが……」
八国統一戦争時代のレギオス王国は敵国の攻撃から守るため、国中のそこかしこに王国軍が設置されていた。
それに王国からの徴兵に応えるため、村人達もある程度の鍛錬を積んでいるのが常であった。
一つの武装集団である村人から略奪し、恐ろしく強い王国軍を上手く撒きながら活動を続けるため、盗賊達にもある程度の実力が要されていたのである。
八国統一戦争時代は、平均的な人間の戦力が、今よりも遥かに高かったのだ。
そうと知らないランベールには、盗賊達の素人同然の身のこなしであることに異様ささえ感じていた。
ランベールの実力を見た少女は、今までのようにランベールを村へと連れて行くことに難色を示すことはなくなった。
もしかしたら、例え三十人を相手取ろうとも、どうにかなってしまうのではないかと考えたのである。
ようやく少女が道案内を引き受けてくれたため、ランベールは少女に連れられて村へと向かうことになった。
ランベールは道中、進行方向の先から魔物のマナを感じ取ったが、特に口には出さなかった。
(この感じ……せいぜい、危険度はゴブリン級程度といったところか。わざわざ警戒するほどではなさそうだ)
しばらく進んだところで、背の低い二足歩行の狼のような姿をした魔物がいた。
コボルトである。
洞窟に隠れ住み、鉱石を集めながら暮す性質を持つ。
そこまで強くはないがやや狡猾であり、他の動物を不意打ちで殺してその肉を喰らうなど、陰湿な手口を用いることが多い。
コボルトは二体おり、少し離れたところに座り込み、地面を指で穿っていた。
食糧となる虫を探しているのだ。
ランベールはコボルトを目視し、自分がここまでオーガ以外の動物と遭遇しなかったのは瘴気を洩らしていたせいだったのかと合点が行った。
瘴気さえ出しておけば、魔物払いになる。
案外使い道もあるかもしれないと、ランベールは考えた。
「少し大回りになりますが……避けた方がよさそうですね」
少女は声を潜めてランベールに言ったが、ランベールはそれを無視して前に出た。
村近くの魔物を逃すことは、後々の問題へと繋がりかねない。
それに、少し試したいことがあったのだ。
二体のコボルトはランベールに気が付いて立ち上がり、牙を剥き出しにしながら雄叫びを上げた。
「グォオオッ!」
ランベールは仁王立ちのまま瘴気を敢えて洩らし、コボルトを睨みつけた。
二体のコボルトは瘴気を感じ取ったらしく、尾をだらんと下げてその場に伏せた。
ランベールが無反応なのを見て、コボルトは腹を上に向けて地面に寝転がった。
「キャン……キャンッ!」
これはコボルトが格上を相手にしたときに取る、敬意を示すポーズである。
こうして無防備に弱点である柔らかい腹部を晒すことで、命を相手に握らせて反抗の意思がないことを示しているのだ。
力量差を本能的に察し、戦っても勝てないどころか逃げることすら難しいと判断し、見逃してもらおうと考えたのだ。
「な、なんだか少し、可哀相ですね……」
少女がぼそりと呟く。
(まだ全開で瘴気を出しているわけではないが……ここまで脅えるとは。なるほど、こういった使い方もできるのだな)
ランベールは二体のコボルトへとつかつかと歩み寄り、大剣で二体の首を叩き落とした。
「…………」
その凄惨さに、思わず少女も無言となった。
ランベールは彼女の顔を見て、何も殺さなくてもよかったのではないかと、考えているのだろうと見当を付けた。
「……コボルトは、村に火を放って火事場泥棒を働くこともあるからな。使役して家畜化するのならともかく、そうでないのならば殺さねばなるまい。他の場所なら見逃してやってもよかったが……村も近いのだろう」
「そ、そう……ですね」
少女は自分の軽率さを恥じた。
魔物は人間に害を成すことが多いので、見つけ次第殺すべきだという考え方は勿論村にもある。
だが、二体のコボルトの同情を誘う鳴き方に釣られて、つい甘い考えが出てしまったのである。