第十一話 領主モンド伯爵③
冒険者ギルド『踊る剣』の元へと訪れたランベールは、ギルドの冒険者達に手厚く歓迎された。
なにせ戦神ロビンフッドの襲撃をランベールが追い払わなければ、ユニコーンの角の捜索に出ていた冒険者達はまず全滅していたのだ。
主力メンバーが多く出陣していたため、ランベールがいなければ『踊る剣』のギルド自体が解散の危機に陥っていたところであった。
最初はただならぬオーラを纏うランベールに尻込みしていた『踊る剣』の冒険者達であったが、ユニコーン討伐隊の隊長であった赤髪の大男ファンドが駆け足でやってきて「よく来てくれた!」と声を掛けて以来、空気は大きく和らいでいた。
その場に居合わせた者が感謝の言葉を口々に言い、ひと段落着いたところでファンドがランベールへと切り出す。
「ユノス様も、ぜひ恩人に直接会って礼がしたいと仰られていたところでな……。ぜひ会っていってはもらえんか」
「ユノス?」
ランベールが聞き返したことに、ファンドは少々意外そうな顔をした。
「……知らなかったか。ユノス様は、ウチのギルドマスターさ。ゼロから始めて、たったの五年でこの『踊る剣』を、都市バライラの有力ギルドの一つにまで成長させたのさ! 魔術を歩法と牽制に用いた独自の剣術によって、万の冒険者に溢れるこのバライラにおいて、上位五位に入る実力者と称されている。あの戦神ロビンフッドに、もっとも近い剣士と称される……と言っても、お前さんには自慢にはならないか」
途中まで意気揚々と自慢げに語っていたファンドであったが、ランベールがロビンフッドを一蹴したことを思い浮かべてか、苦笑いして頭を掻いた。
ファンドに案内され、ランベールは奥の部屋にまで通された。
『踊る剣』のギルドマスターユノスは、銀髪の糸目の男であった。
剣士としては、やや細身である。
聞いていた印象とは違い、容貌や立ち振る舞いからもやや軽そうな印象を受ける。
ユノスはランベールが部屋へと入ったときは女冒険者と談笑していたが、ランベールを見てからは彼と二人で話がしたいと口にし、女冒険者とファンドを下がらせた。
「君が例の、鎧の剣士か。ギルドマスターとして、礼を言わせてもらうよ。横槍があったとはいえ、モンド伯爵様からの依頼を失敗したとなれば、『踊る剣』の名に関わるところだった。無論、手助けがあったことは私からもモンド伯爵様に伝えさせてもらったけどね。伯爵様は、君にとても関心を持っているそうだったよ」
「……まず先に口にするのは、そっちの方なのだな」
「この都市バライラで上を目指すのならば、恩や情だけではどうにもならないことが多々ある。君ほどの剣の腕となれば、潜ってきた修羅場の一つや二つではあるまい。君は、綺麗ごとだけで生きてこられたのかな? そんなはずはあるまい。君とは建前抜きで話したかった。だから、彼らを下がらせた。メンバーは補充が効く。だが、組織の名に傷がつけばそこまでだ。今回の一件で……他のギルドが引き受けられなかったモンド伯爵様直々の依頼を、私達が見事達成したことになる。他所と一つ、差ができた。君には本当に感謝しているよ。この機を逃していれば、我々は長く、今の位置止まりであっただろうね」
ユノスは喋りながら、言葉に対するランベールの反応をちらちらと窺っていた。
軽々しく見えて、やや不気味な男だとランベールは感じた。
裏表のなさそうなファンドとは対極である。
「兵に敬意を払わぬ将は、長続きせぬぞ。道理を通さず小手先でその場を凌ぐ者は、結局のところいつか躓く」
「……君も一流の剣士なら、同じ視点で物事を見られると思ったんだけどね」
ユノスは薄目を開けてランベールを睨んだ。
ユノスの言葉は明確に間違っている部分があった。
ランベールとて確かに、綺麗ごとだけでは通れないことは多々あった。
八国統一戦争の苛烈さを思えば当然である。
それでもランベールは、自分の決めた道理を守って戦い切るだけの力があり、また大義があった。
名誉と富を部下よりも優先したユノスの発言は、明らかにランベールの考えとは反するものであった。
また、一流の剣士同士といえども、明らかにその格には数段の差があった。
沈黙が数秒と続かぬ間に、ユノスは口許に手を当て、誤魔化す様に笑った。
「いや、いい。私が悪かった。そんな話はこれくらいにしよう。実は、モンド伯爵様が我々を館に招いてくださってね。改めて礼が言いたい、ということだろう。その席に、君も来ていただけないかな? モンド伯爵様も喜ぶだろう。会う機会があるのならば、ぜひ声を掛けておいてほしいとのことだった」
「ふむ……」
とはいえ、ランベールは物を食べることができない。
おまけに鎧兜を脱ぐことさえできない。誤魔化しの利かない場であっては、アンデッドであることを暴かれかねない。
しかし、この地が『笛吹き悪魔』に狙われている可能性を危険視しているランベールとしては、領主の『笛吹き悪魔』に対する認識を確認しておきたかった。
「挨拶にだけ、向かわせていただこう。あまりそういった場には慣れていないものでな」
当然生前のランベールは大陸西部の統一王となったオーレリアの重臣であり、貴族相手の社交の場は慣れるどころか日常の一つであったが、すぐに下がる言い訳としてそう述べておいた。
それに時代が違えばしきたりも違うもの、あながち嘘というわけでもない。
「……ところで君は、冒険者ギルドへ加入するためにこの地へ? ならばぜひ、我々の仲間として剣を振るってほしいところではあるが。破格の対応で君を受け入れよう。『踊る剣』は今回のことで名が売れ、ギルド入りの志願者も増えることだろう。いずれは、この冒険者の都の頂点を取る」
「せっかくの誘いではあるが、方針が噛み合わないことはお前もわかっているだろう。それに俺は、この地に長居するつもりはない」
「そう……残念だ」
からからと笑いながらユノスは答える。
熱弁した割には、あっさりとした返答であった。
だが、敢えて感情を殺して返事をした節があったことを、ランベールは見抜いていた。
実際、ユノスは是が非でもランベールを引き入れておきたかった。
手を貸した者がいたとなっては、ユニコーンの討伐も、ロビンフッドの撃退も、今ひとつ『踊る剣』の功績といった印象が薄れてしまう。
だがランベールを引き込んで『踊る剣』の一員に加えてしまえば、ランベール含めて『踊る剣』の評判ということになる。
ただその感情はあくまで顔には出さず、表面的な作り笑いを浮かべていた。
(信用できそうにない男が出て来たな。繋がりができたのはありがたいと考えていたが、あまりこのギルドと関わるべきではないかもしれぬ)
「そういえば、聞くのが後になってしまっていたね。君のことは、何と呼べばいいかな?」
「……ああ、ランベールと、そう呼んでくれればいい」
ランベールがあっさりとそう言ってのけたのを聞き、ユノスは面食らった。
レギオス王国の歴史が語られる際、四魔将ランベールは、手段を選ばず成り上った悪者とされることが多い。
八国統一戦争終結間際にその本性を現し、満を持して英雄グリフの暗殺に掛かり、激戦の末に返り討ちとなる。
確かに恐ろしく腕の立つ猛将であったとされるが、ユノスには好んでその名を騙る者の気が知れなかった。
「はっは……変わった趣向だね。だが、そういうのは嫌いではないよ」
ユノスはランベールの機嫌を取る様に、ややフランクにそう言った。




