第八話 ユニコーンの角⑤
「あ、危ないところを助けていただいた。感謝いたす。お前さんほど腕の立つ剣士を、俺は初めて見た……」
「構わぬ。戦闘の気配を感じたのでな、駆け寄ってきたまでだ」
ロビンフッドが逃げ出してから、ファンドが『踊る剣』の代表としてランベールへと頭を下げた。
他の者は負傷者の治療を行っている。
『殺戮曲馬団』に殺された二人の死体も、街まで持ち帰ってやらねばならない。
「途中まではよかったのだが、まさか、戦神が現れるとは‥…」
「戦神……?」
その呼び名に、ランベールが肩をピクリと震わせて反応を示す。
わずかにランベールの身体から瘴気が漏れる。
ただならぬ気配を察知したファンドはごくりと唾を呑む。
気迫に畏れ、脅えてはいたが、ファンドにとっては仲間と自分の命の恩人である。
呼吸を整えて平静を務め、ランベールへと声を掛けた。
「詳しくは知らない様子だが、噂を聞いたことはあるだろう。あの、橙髪の男のことだ。名をロビンフッドといい、元々は都市バライラの冒険者だった。自由に過ぎるところがあったのだが、それを補う実力があったため、見過ごされていた。結果としてはそれが災いしたんだろうな。それで増長したのか、どんどんと身勝手さに拍車が掛かっていき……ある時、ロビンフッドの気まぐれが元で領主の身内に死人が出て、奴のギルドの冒険者が総処刑になったんだ。ロビンフッドは一人逃げ延びたが、以来、従来の悪癖が更に悪化し、今では最早狂人としか思えぬ行動を取っているという話だ」
そこまで言ってから、ファンドはロビンフッドが消えて行った木々の奥を忌々し気に睨む。
「さっきの言動を見る限り……噂は、本当だったようだ。ここに来たのは、領主に逆恨みしてのことだろう」
「…………」
ランベールは何も答えなかったが、ファンドはいくらか鎧の奥から放たれていた威圧感が和らいだのを感じ、ほっと息を吐いた。
(戦神と聞いて驚いていたようだった。ロビンフッドの顔は知らなかったようだが……何か、因縁があるのかもしれない)
ファンドはそう考えながらランベールの鎧兜を息を呑んで見つめていたが、ランベールはロビンフッドなど全く知らない。
ついこの間、二百年の眠りより偶然生き返ったばかりなのだ。
知っていろと言う方が無茶である。
そもそも戦乱の時代においてレギオス王国を八国統一の一歩手前まで導いた将軍であるランベールからしてみれば、ロビンフッドなど恐れるに足らない相手である。
この時代で戦った相手の中ではかなりマシな方ではあったが、それでもオーボック伯爵が傍に置いていた剣士ヘクトルの方が、単純な実力や経験では上だろうというのがランベールの見立てであった。
実のところ、ランベールが戦神と聞いて思い浮かべたのは、全く関係のない人物であった。
(……なんだ、ベルフィス王国の大将軍、戦神アーデルライツとは違うのか)
戦神アーデルライツは、八国統一戦争における対ベルフィス王国における最大の障害であった。
巨大な魔金製の斧を振るう、ランベール以上の巨体を持つ男である。
一度ランベールが武器を交えた相手であったが、直接対決が長引いた間に戦場全体の情勢が不利になっていたことから、決着がつかぬままに一度ランベールの方から撤退する形となった。
その後、別の戦いにおいて再びかち合いはしたのだが、そのときはレギオス王国の参謀がアーデルライツ一人に絞った策を練り、確実に首を獲りに行った。
二重三重に保険を掛けた策であったが、アーデルライツの底力を見誤ったため尽く打ち破られ、最後にはランベールのごり押しによって策を補い、アーデルライツの首を獲った。
ただランベールが仕留める前からすでにアーデルライツは負傷しており、実力で勝ったとは言い難い状況であった。
ランベールは負傷した宿敵を討つような真似はしたくなかったが、アーデルライツの怪我は、少なくない味方の犠牲と引き換えに得られたものである。
自分の意地を通すわけにはいかなかった。
だが実力ではアーデルライツの方が上だったのではないかと度々悩んでおり、そのため彼の二つ名であった戦神に過剰反応してしまったに過ぎない。
もしもアーデルライツが自分と同じように蘇っていたのならば、しがらみのなくなった今、今一度一騎打ちの続きを挑もうと考えたのだ。
長くなったが、要するに、ランベールが戦神という言葉に反応したことに、ロビンフッドは全く関係なかった。
少し気恥ずかしさを覚えたランベールは、自身をじっと見つめるファンドの視線に居た堪れないものを感じ、誤魔化す様に咳払いを挟む。
ランベールは少々天然なところがあった。
「しかし、まさかあの戦神ロビンフッドをあっさりと退けてしまうとは……。お前さん、いったい……?」
「それよりも、お前達はなんだ? それに、この荒くれ共は?」
ランベールは、辺りに倒れる覆面達へと目を向ける。
「俺達は、ギルド『踊る剣』の冒険者だ。ユニコーンの角の回収の依頼を受けて、この森へと来ていた。後を着けてきていた奴らに襲われたところを、お前さんに助けられたんだ。本当に危ないところだった……重ねて、感謝を言わせてもらう」
「なるほど、こいつらの目当ては角か?」
「それもわからん……。ユニコーンの角を俺達が手に入れるのを、阻止することが目的だったのかもしれない。ただ一つ分かることは、こいつらはただの雇われだってことだ。口を割らせても、大したことは知らなかっただろう」
「ふむ……。そもそも何のためにユニコーンの角を欲していたのか、から聞いても大丈夫か?」
揉め事とあれば、ランベールとしては、両者の立場がはっきりとしていれば、力を貸すのはやぶさかではない。
「知らないのか……? 街の冒険者の間じゃ、知らない奴はいないと思ってたんだが。きっちりと話すには、少し時間が掛かるな。俺達は今から都市バライラに帰還する予定なんだが、同行しないか? 道の途中で話そう。それに、向こうで謝礼もしたい」
「……む」
ランベールが不機嫌そうに声を漏らす。
それを聞いて、ファンドだけではなく、『踊る剣』の他のメンバーも身体を凍り付かせた。
ランベールが鬼神の如く剣技を持つのは、覆面達を瞬殺してロビンフッドを退かせたことからも明らかである。
機嫌を損ねたとなれば、この場で全員叩き斬られかねない。
「……悪いが、この森でまだ所用があってな。そんなに有名な話ならば、また後で勝手に調べておこう」
まだ首なし馬を、アルバナの元へと預けたままであった。
ランベールに服従の意思を見せてからは大人しいものだったが、また暴れ出さないとも限らない。
しっかりと人を襲わないよう、また人目を避けるよう、躾ける必要がある。
それに下手に連れ回しているところを『踊る剣』の面子に見られるわけにもいかない。
「そ、そうか……それは残念だ。都市バライラに戻ったら、必ず『踊る剣』へと立ち寄ってくれ」
ランベールはこうして『踊る剣』のメンバーと別れ、アルバナと首なし馬の元へと向かった。
ランベールが気配を探り、彼女達を見つけたときには、アルバナが首なし馬の下げた首の先端……切断面を、「おおっ」と感嘆を上げながら撫でているところだった。
「戻られましたか、剣士様」
アルバナが振り返ると、首なし馬が巨体を縮込めながら、ランベールから隠れる様に彼女の背後へと回り込む。
「随分と馬に気に入られたようだな」
「元々、獣や植物には好かれる方なのです。さっき笛を吹いてあげましたので、それもあるかもしれませんね。それより、剣士様は随分と怖がられているようで」
「怖がっているわけではないだろう。俺も、不思議と獣と打ち解けるのは早い方でな。馬は勿論、逃げ出した獰猛な家畜の捕獲を頼まれたときにも、まったく抵抗された覚えがない」
「やはり怖がられているのでは……?」
アルバナがぎゅっと固く目を閉じて腕を組み、大きく首を曲げた。




