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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第一章 蘇った英雄
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第五話 盗賊団①

 ランベールは一人、金属鎧の関節部が打ち合う音を響かせながら森の中を歩き続けていた。

 ランベールの近くには、魔物は疎か、虫や動物さえ姿を見せなかった。

 ランベールが動物のものらしきマナを感知しても、すぐに離れていくように消えてしまうのである。


(妙だな……静かすぎる。いったい、俺の死体が放置されている間に何があったのか……)


 ランベールは不安に思い、警戒心を強めた。


 魔物や動物、虫は、基本的に人間よりも勘がいい。

 それらが近寄らないところには、何かとんでもない危険が潜んでいるはずだとランベールは考えていた。


 ランベールの予想は半分当たっていた。

 当たっているのはとんでもない危険が潜んでいるということであり、外れているのはそれがランベール本人であるということである。

 魔物達は、ランベールがだだ洩れにしているマナからランベールの強大さを知って恐怖して身を隠していたのだ。


 生物であれば、微量なマナを体外へと放出し続けるのは自然なことではあるが……魔物、特にアンデッドはその量が通常の生物よりも多い。

 意識的に抑えない限り、周囲を威圧し続けてしまうのである。

 魔物が周囲へ放出する微量なマナは瘴気とも呼ばれ、不快感や恐怖を与える他、魔物の種類によっては病気を引き起こさせるものもある。


 アンデッドになったばかりであり、人間の自我が通常の個体と比べて遥かに強いランベールは、自分が瘴気を洩らしているという自覚はまったくなかった。


(まったく、人間の気配は全く拾えていないのに……先ほどから、妙な魔物の兆候ばかり掴んでしまうな。さっきのオーガ程度の魔物ならばいいのだが……)


 ランベールはその後も走り続けた。

 やがて日が落ち、朝日が昇った。

 どこか懐かしい朝日を尻目に、ランベールは自分がまったく疲れを感じていないことに気が付いた。

 もう不眠不休で半日近く走っているというのに、体力が限界を迎える様子がまったくない。


 アンデッドは疲れを知らず、眠ることもない。

 そのことを知ったランベールは、少し寂しくなった。

 自分はもう生者でないのだ、終わった人間であり歪な命であるのだと、改めてそう告げられたような気がしたのだ。


 ランベールは気持ちの整理がついてから、自身の新しい身体について別の側面から考え、その高性能に一人驚いていた。


(不眠不休……疲れ知らずの身体……か。戦場であれば、何とありがたいことか。常に全力で動くことができるとは。まだ戦争が終わっていないのであれば、肉体を捨てて今の身体を手に入れたのは幸運であったのかもしれない。レギオス王国四魔将を全員アンデッド化すれば、たったの四人で城一つ落とせる自信があるな)


 自己を捨てて国に尽くしてきたランベールは、少々常人からズレたところがあった。

 心を切り替えたランベールは、どうせ体力が尽きないのならばと全速力で森を駆け抜けた。


(……しかし、まだまったく他の動物の姿を見ないな。これだけ走っても、まだ例の魔物のテリトリーだとは! 相当の影響力を持つ魔物のようだな)


 結局、ランベールは自身の勘違いに気が付いてはいなかった。


 更にしばらく走ったところで、ランベールは動物のマナを感知した。

 これまでに自分が感知した動物とは違い、動かずに止まっているようであった。

 ランベールはひとまず、このマナの持ち主と接触することにした。


 ランベールがマナの気配へと近づいて進んでいくと、瘦せ細った少女が岩に座っているのを見つけた。

 顔色は悪く頬は削げ落ちており、腕も木の枝のように細かった。

 もう何日もまともに食事を摂れていないようだ。


 少女の足許には、弓と矢筒、それから矢の刺さった一羽の鳥が落ちている。

 狩りの途中だったようだ。

 腹が減っているのならば自分の仕留めた鳥を食べればいいのに、手を付ける様子はない。

 ただ絶望しきった暗い表情で、ぼうっと地面を眺めている。


 ランベールは少女の前へと立ち、姿を現した。

 少女はゆっくりと顔を持ち上げ、ランベールへと目を向けた。


 人間は他の動物に比べて、マナや瘴気を感知する能力がやや劣っている。

 そのため少女は、ランベールの瘴気に気が付かなかったのだ。


「おい、そこの女よ。今はレギオス歴何年だ? マキュラス王国との戦争がどうなっているのかを教えてもらいたい」


 少女はランベールを見て、目を見開いた。

 見慣れない全身鎧姿と、薄っすらと感じるランベールのアンデッドとしての瘴気によってやや恐怖を覚えたのだ。

 しかし、少女の中にはわずかに期待が芽生えていた。

 少女は立ち上がり、ランベールに歩み寄った。


「あ、あの……もしかして、オーボック伯爵様の私兵の方でしょうか? 他の方は……」


「……オーボック? いや、知らない名前だな。それに、俺は今、一人だが」


 少女の顔に浮かんでいた喜びと期待の色は薄れて消えてった。

 また最初と同じ暗い面持ちへと戻り、ゆっくりと首を振る。


「そう……ですよね。すぐに、ここを離れた方がいいです」


「なに?」


「実は私の村は、盗賊に占拠されておりまして……体の悪い母とまだ小さい妹を人質に取られ、私はこうして毎日狩りに……。つい先日も、村からの連絡が途絶えたことを怪しんだ冒険者の方が来てくださったのですが……すぐに三人とも捕まってしまいました。あなたも、巻き込まれない内に……」


 それを聞き、ランベールは納得した。

 それならば、明らかに飢えているというのに、狩りで得た獲物に手をつけていないことにも納得がいく。

 伯爵の私兵と間違えたのも、村の危機を察知した伯爵が何か手を打ってくれたのではないかと考えたためだろう。


「……しかしだ、こんな国境沿いの森に村があるなど、聞いたことがなかったが。それに……少し聞きなれない発音だな。ああ、なるほど……どうやら走っている間に、マキュラス王国側へと深入りしてしまっていたのか」


「国境……? マキュラス王国……? あの、さっきから何を仰っているのですか?」


「なに?」


「ここはレギオス王国の、それも、かなり中央寄りだと思うのですが……」


「な、なな……なに!?」


 ランベールは普通に動揺した。

 少女はランベールの驚きように驚き、びくりと肩を震わせた。


(こっ、ここが、レギオス王国の中央だと? つまり……マキュラス王国との戦いを終え、オーレリア陛下が西部の統一をすでに成し遂げているということか! その上、村までできているとなると……もう、二十年以上経っているのではないのか? となると……オーレリア陛下も既に、孫がいらっしゃるかもしれない年齢なのか……。なんと……なんと……二十年も経っているなど、思いもしなかった。少し、心の準備が……)


 実際には、ランベールがグリフに崖底へと突き落とされてからすでに二百年以上が経っていた。

 マキュラス王国など遠い昔の話でしかないし、ランベールが複雑な愛憎を向けるオーレリアも、とっくの昔に亡くなっている。


「あの……」


 ランベールはしばらく鎧兜を押さえて狼狽えていたが、少女から声を掛けられ、我に返った。


「……そういえば女よ、この鎧に見覚えはあるか?」


「い、いえ、申し訳ございませんが……」


「そうか……」


 少女が『レギオニクス・オルガジェラ・アーマー』を知らなくとも無理はないと、ランベールはそう考えていた。

 少女が生まれたのは、すでに戦争が終わった頃である。

 世代の差と寂しさを感じることであったが、仕方がない。

 四魔将は既になくなっているか、そうでなくても大きく形を変えてしまったのだろうとランベールは判断した。


(……それに、自分の素性は知られない方がいい。元四魔将のランベールが化けて出たと騒がれては、今後の情報収集に支障を来たす。グリフ辺りが派遣されかねない。次は勝つだろうが……別に、あいつを殺したいとは俺は思っていない)


 余談ではあるが、ランベールの元大親友、四魔将の一人グリフは、とっくの昔に死んでいる。


(今回は相手が子供だからか気付かれなかったようだが……もっと目立たない、地味で普通なフルプレートアーマーを早く手に入れた方がいいかもしれないな)


 今の世に出回っている防具は軽量化が重ねられた、最低限の人体の急所を守る胸当てやレザーアーマーが主であって、フルプレートアーマー自体が悪目立ちする代物なのだが、ランベールがそんなことを知っているはずもなかった。


「む、村が近いので……ここは危険です。あちらの方へ行けば、逃げられるはずです……。あの、このことを、オーボック伯爵様に伝えてください! 私が村を離れれば、人質に取られている母と妹が殺されてしまいます……。お願いしますっ!」


 少女は、ランベールへと縋るように言う。


「いや、それは不要だ」


「えっ……」


「俺はこう見えて、元は国に仕えていた騎士の一人でな。レギオス王国の民が盗賊に脅かされているとなれば、見逃す道理はない。俺が片を付けてやろう」


 オーレリアの自分への処置については割り切れない部分はあったが、ランベールは決して愛国心を忘れているわけではない。

 元よりランベールは、昔から正義感が異様に強い性質であった。


「むっ、無茶です! 盗賊は、三十人以上いるんです!」


「まともな鍛錬も積んでいない野盗如き、何人いようとも恐れるには足らん。村まで案内するがいい」


「で、でも……」


 少女としても、このまま村まで連れて行ったランベールがあっさりと盗賊に敗北すれば、自分と家族がどのような目に遭わされるかわかったものではない。

 易々と引き受けられるものではなかった。


 ランベールは、やや苛立ちを覚えていた。

 ランベールからしてみれば、なぜ少女がこうも意固地に自分へ盗賊の成敗を任せてくれないのか、まったくもって理解不能であった。


 真っ当な師を持っておらず、ろくに鍛錬も積まず、何の信念もない職にあぶれたごろつきの集まり。

 それが盗賊へ持つ、ランベールの認識であった。 

 レギオス王国に人間兵器ありと謳われた四魔将の一人であるランベールからしてみれば、ただの盗賊などまったく恐れるに足らない存在である。


 少女がレギオニクス・オルガジェラ・アーマーを知らずとも、目に映るその輝きに変わりはないはずだとランベールは考えていた。


 極限まで身体を鍛え抜いた軍人のトップには常人が束になろうと敵わないのは、ランベールの時代ではごくごく当たり前の常識として扱われていた。

 しかし時代も変わり、安定した国家の中で暮らす人々には、当時のような超人めいた存在は滅多に現れるものではない。

 その点でランベールと少女の認識は喰い違っており、お互いに相手を理解できないでいた。


「何度も言わせるな。村まで、案内しろと、言っているのだ」


 苛立ちから、ランベールの身体から瘴気が濃く漏れた。

 その濃度は、マナの感知に鈍い少女にさえ強烈な威圧感を与えるのに十分すぎるほどであった。


 少女はぶるりと身を震わせ、顔を青褪めさせた。

 腰を抜かし、その場にへたり込む。

 ただの風変わりな鎧を身に纏った男と向かい合っているだけなのに、まるで自分よりも遥かに大きな魔物に睨まれているかのような思いであった。

 捕食者と、被捕食者。ランベールのアンデッドとしての瘴気は、そういった本能的な力関係の差を少女の脳内にと刷り込んだ。

 ――殺される。

 そう考えてしまうほどの、圧倒的な威圧感であった。


「あ……ああ……」


 言葉を紡ごうと口を開くも、それは形にならなかった。

 少女の怖がり様を見て動揺したのはランベールである。


「お、脅すような物言いになってしまっていたな。す、すまない……悪いが、子供の扱いには慣れていないものでな」


 慌てふためき、腕を動かしてガシャガシャと金属音を打ち鳴らす。

 ランベールは少女の様子を見て鎧兜がずれているのではないかと考えて、手で押さえてペタペタと触る。


(よ、よし……大丈夫……な、はずだ……)


 なぜここまで少女が怖がったのか。

 候補であった顔の露呈が消えたところで、ふと自分の身体の奥から何かが溢れ出ているような感覚があることにランベールは意識を向けた。


(ま、まさか……俺の身体から瘴気が漏れているのか? そこまで魔物に成り下がっていたのか俺は……)


 ここでようやく、自分が瘴気を出している、ということにランベールは思い至った。

 ランベールは自分が魔物になってしまったことを否応なしに再認識させられ、がっくりと項垂れた。


 それから意識的に、瘴気の流出を最小限に抑えるよう心掛ける。

 汗を無理矢理抑え込もうとするような感覚であり、どうにもむず痒い。

 しかし効果はあったようで、自分の身体からマナが溢れ出て行く感覚が止まった。


 少女は俯いた姿勢のままで固まっていた。

 恐怖で身体が強張って動けないでいたのである。

 

「……ど、どうだ? 少し落ち着いたか?」


 瘴気を抑えたことで少女の恐怖も和らいだはずだと考えて、ランベールは改めて声を掛ける。

 少女は見開いた目をゆっくりとランベールまで持ち上げた。

 恐怖に染まっていた目が、再びランベールを視認すると困惑へと変わった。


「あ……す、すいません……と、取り乱してしまって……」


 さっきまで感じていた強烈な殺気が不意に消えたことと、ランベールの困惑している様がギャップを生み出し、どうにか少女を冷静に引き戻した。


「あ、あの……でも、本当に、凄い数の盗賊がいて……嘘じゃないんです!」


「それはわかっているが……む?」


 ランベールは、背後にふと人間のマナを感じた。

 一人ではない。


「三人、か。少し立ち話が過ぎたようだな」


「えっ!?」


 ランベールはゆっくりと振り返り、マナの元へと目を向ける。


「おいおい……なんでわかったんだぁ?」


「ったく、不意打ち仕掛けてやろうと思ってたのによ」


「どの道、あんな馬鹿みたいな鎧付けてちゃ、矢なんて早々刺さらんよ。特に、お前の腕じゃあな。ボコって引きずり出すしかあるまい」


 森奥から、鎌、剣、吹き矢をそれぞれ手に持った、三人の男が姿を現した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 善意100%でこの体めっちゃ便利だからアイツら死ねば良いのに言ってるのほんと草
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