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元将軍のアンデッドナイト 作者:猫子

第一章 蘇った英雄

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第四十三話 オーボック伯爵⑫

 ランベールは大剣を構えながら、倒れたヘクトルへと近づき、剣を構える。
 ヘクトルの眼球が僅かに動き、ランベールを見上げる。

「……言い残すことがあるのなら、聞いてやろう」

 ヘクトルは力なく笑った後、天井へと目を向ける。

「最高だ。長らく死体みてぇに生きてきた俺だが……これで俺は、生きていたという実感を持って死ねる」

 ランベールはそれがヘクトルの選んだ最期の言葉かと思って剣を降ろそうとしたが、ヘクトルの唇が再び動くのを見て、剣を止めた。

「……なぁ、将軍サマよ、カッコつけたところでダサいんだけどよ、無粋なこと聞いていいか? 俺がずぅっと思ってたことがあるんだ。俺は、もしも八国統一戦争の時代に生まれてりゃよ……歴史に、名を刻めたと思うか? 俺は、英雄になれたか?」

 一瞬の沈黙の後に、ランベールが言葉を発した。

「貴様は、強かった。蘇ってから人間相手に数手続けて守りに入ったのは、貴様が初めてだ」

 ランベールの言葉を聞き、ヘクトルが自嘲気味に笑った。

「そうか、だよなぁ、そうだよなぁ‥…」

 本当は、ランベールに訊くまでもなく、わかりきっていたことであった。

 ランベールとの戦いは、時間にしてわずか一分ほどのものであった。

 序盤、ヘクトルは斬ろうとして退き、斬ろうとして退きを繰り返していただけである。
 近づくだけで、せいいっぱいであった。斬り掛かれば、すぐさま斬り殺されるのがわかりきっていたからである。
 自身でさえも退屈と称していた技に頼ろうが、数手続けて自身から斬り込むのが限度であった。
 それさえもあっさりと破られ、重い一撃を腹部に受ける有様である。
 ヘクトルからしてみれば正に死闘であった。しかしランベールからしてみれば、なんてことのない戦いの一つであっただろうということは、ヘクトルも理解していた。

 死力を尽くし、限界を超えて自分の中で理想の、最高の剣撃を放った。
 得られた評価は、ただの数手守りに入ることになったという、それだけである。
 力量の差が、あまりにも開きすぎていた。

 ランベールの重い鎧は、敵の攻撃を受けても身体が傷つかないためのものである。
 だがヘクトルは、その鎧に一撃を浴びせることさえ敵わなかったのだ。
 それが善戦したなどと、言えるはずもない。

 ヘクトルの隻腕が、地面に転がったの剣へと伸びる。
 だが途中で糸が切れたように、床へと墜落した。それから痙攣の様な震えを見せていたが、それも数秒の内に止まり、動かなくなった。

「ああ、弱ェ……俺は、弱ェ……。チクショウ、もっと強く、なりたかった。どうして俺は、あんなもんで驕って、腐っちまってたんだかよ……ハハハ、笑えるよなぁ。敵を探して無為に彷徨ってる暇があるなら、その分剣を振ってればよかったんだ。そうしてたら今日、もうちっとサマになった戦いができてただろうに」

 隻腕を大きく投げだす様に広げた態勢で、ヘクトルはそう呟いた。
 目からは、涙が流れていた。
 ランベールが下げていた剣を振り上げるのに対し、ヘクトルが小さく頷く。
 ランベールの剣が、ヘクトルの首を刎ねた。

 オーボック伯爵は、あまりに密度の濃い斬り合いを前に、呼吸さえも忘れてただただ見入っていたが、ヘクトルの首が斬られたのを見て、ようやく自分の状況を思い出した。
 次にあの巨大な剣の刃が向くのは、自分であるのだということを。

「ひっ……ひぃっ! ひいいっ!」

 オーボック伯爵は立ち上がろうとするが、足が竦んですぐその場に転び、身体を打ち付けた。
 それでも手を床に這わせ、なんとかこの場から逃げようとする。
 だがそんなお粗末な逃走を待つわけもなく、ヘクトルの首を斬り離したランベールの大剣が持ち上げられ、オーボック伯爵へと向けられた。

 オーボック伯爵は顔を青褪めさせていたが、もう助かりようがないと覚悟を決めて、腹を括った。
 引き攣った顔で、無理に不敵な表情を作る。

「フ、フフフ……吾輩は、オーボックであるぞ。レギオス王国に長く仕えてきた、由緒正しき伯爵家、オルドノーク家の当主、オーボック・オルドノークである。さぁ、亡霊を名乗る狂人よ、吾輩を殺すがいい。だが、貴様はこの国全土から、命を狙われ続けることになろう。貴様だけではない。貴様の親族、知人、皆大悪党となる。その覚悟は……貴様には、あるのだろうな。周囲を犠牲にし、吾輩を殺せばよい。復讐か? 恨まれる覚えは、腐るほどある」

 そこまで言って、オーボック伯爵は、更に表情を醜悪に歪めて笑った。

「吾輩を殺そうが、我がオルドノーク家は、永遠に栄える。吾輩の命なんぞよりも、よっぽど大切なことだ。フフフ、それに引き換え、貴様のなんと哀れなことか! 復讐の鬼よ、大罪人を名乗る亡霊よ!」

 オーボック伯爵は震える足で立ち上がり、ランベールを正面から睨んだ。

 ランベールは大剣を降ろし、数歩退いた。
 オーボック伯爵は今更こんな脅しでランベールが引くはずもないと考えていたため、意外なランベールの行動に困惑した。
 まさかランベールは、自身を生かそうと考えているのではないかと思い、そこに活路を見出した。

「……そう、そうか。貴様、この吾輩と取り引きがしたいのか。賢い選択だ。吾輩としても、貴様の様な男を敵にしていたくはない。貴様が吾輩の命を狙っているわけでないのなら、敢えてこちらから殺そうという気も起きぬ。欲しいものがあるのならば、何でも言うがいい。吾輩の権力を以て、何としてでも用意させようではないか」

 通路のオーボック邸の方から、声が響く。

「安心しろ、オーボック。お前の家柄も、権力も、名実共にここで終わる」

 現われたのは、オーボック邸に囚われていた、『精霊の黄昏』のギルドマスター、ジェルマンであった。
 ジェルマンはランベール騒動で警備が手薄になった隙を突いて地下室を脱出し、状況はわからないが今がオーボック伯爵を討つ好機であると判断して邸内を移動していたのである。

「私が必死に集めた、お前の悪逆の証拠となる資料は処分されてしまったようだが……この館からは、探せばいくらでも見つかりそうだな。お前の仲のいい大貴族達も、ここまで揃っていれば庇ってはくれんだろうな」

 ジェルマンが手にしていた複数枚の紙を、オーボック伯爵へと突きつける。
 国の定めた規定を超えた税を徴収するための命令書や計算書、自分に刃向かった者や村の知識人、邪魔な商人などの名前が列挙された、暗殺対象者の名簿。
 厳重に仕舞われていた書類も、邸内がもぬけの殻では守り様がない。

 果てにはレギオス王国が危険視している禁魔術組織『笛吹き悪魔』に出資・交渉した記録書さえあった。
 多額の出資の代わりに邪魔な村を壊滅させるのに利用しており、更には『笛吹き悪魔』が悲願である王国転覆を成就させた際には、高い地位に取り立ててもらえるよう契約したものであった。
 この紙だけで、オーボック伯爵の首が十回は刎ねられても足りないほどである。
 伯爵家の取り潰しは、まず免れられない。

「な、な、な……」

 オーボック伯爵が紙を見て、三歩退いた。
 それから目の色を変えて、ジェルマンへと飛び掛かる。

 ジェルマンはオーボック邸内で調達した剣を振るい、オーボック伯爵の頬を柄で殴った。
 オーボック伯爵がその場に倒れ込む。
 その首筋に、ジェルマンは剣の柄を押し当てて床へと押さえつける。

「き、貴様! 貴様の家を潰した、意趣返しのつもりか! 図に乗るな、吾輩が吹けば飛ぶ、貧乏木っ端貴族如きがァ!」

 オーボック伯爵は押さえつけられたまま、首だけジェルマンへと向けて叫ぶ。

「……礼を言う、ランベール。お前のおかげで、私の悲願を果たすことができた。到底届くまいと思っていたオーボックの首が、すぐそこにあるとは」

「礼には及ばん。借りを返したに過ぎんからな」

 ランベールとて、ジェルマンが『精霊の黄昏』からランベールを叩き出していれば、オーボック伯爵の調査は大きく遅れていただろう。
 この都市をまっとうに歩くことさえできず、諦めて去ることになっていたかもしれない。

「オーボック。お前はただの、極悪人だ。領民を甚振り、刃向かう者を殺し、ついには王国転覆まで企てた。すべては、すぐに白日の許になる」

 ジェルマンが、オーボック伯爵へと剣を突き付けながら言い放った。
 オーボック伯爵は頭を両手で押さえ、獣の様な咆哮を上げた。

 その様子を見ながら、ランベールはすでに、これからどうするかを淡々と考えていた。

(自らの一族の繁栄を口にした貴族が、反国家組織に出資していた……か)

 オーボック伯爵は、王都の要人とも深い関りがあったという話だ。
 そんな人物が、たかがテロリストに肩入れしていたというのは、どうにも腑に落ちない話である。
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