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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第一章 蘇った英雄
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第三十四話 オーボック伯爵③

 ランベールは単独で『精霊の黄昏』のギルドへと戻った。

 しかし、元々人通りの少ないところだったとはいえ、周囲の建物からしてほとんど人の気配がなかった。

 地面には、最近ついたばかりであろう足跡がいくつもついていた。

 『精霊の黄昏』のギルドに至っては、一階の酒場『精霊の竈』諸共、壁や窓が打ち壊されていた。

 ここにも伯爵からの差し金があったことは間違いない。


「……メンバーへの襲撃と同時に、本拠地の制圧か。随分と徹底しているようだな」


 ランベールは淡々と言ったが、内心では怒りを燃やしていた。

 短い期間ではあったものの、怪しい身であるランベールを引き入れ、都市アインザスを知る足掛かりをくれたことには、『精霊の黄昏』に感謝していた。

 フィオナやロイド、リリーもきっとこの惨状を知れば悲しむことだろう。


 それに、周到に『精霊の黄昏』への嫌がらせを繰り返すオーボック伯爵の悪辣な手口にも、嫌悪を覚えていた。

 直接対面したことはないが、とんでもない極悪人であることは、すでに疑いようがなかった。


(これ以上の下調べは不要か。最早、直接乗り込む他にない)


 『精霊の黄昏』とオーボック伯爵にどのような関係があったのかは知らないが、だいたいの予測は付いていた。

 権力者がここまで必死に根絶やしにしたがるものといえば、自身へ刃向かう者と、八国統一戦争時代から相場が決まっている。


 『精霊の黄昏』のギルドマスター、ジェルマンは、オーボック伯爵について秘かに調査を進めているようだった。

 一度ここを離れるつもりだと本人も口にしていた。

 恐らく『魔金の竜』が『精霊の黄昏』に目を付け始めたのを察して、オーボック伯爵が行動に出ることを危惧していたのであろう。


 ランベールは『精霊の黄昏』のギルド内部へと足を運んだ。


 元より『精霊の黄昏』は小規模ギルドであり、ギルドの冒険者として登録している者も、ずっとギルドの中にいるわけではない。

 だいたいギルドマスターと受付と、他の冒険者が二人ほどといったところである。


(わざわざここに乗り込んできた理由は、ギルドマスターであるジェルマンか? いや、ここは人通りはやや少ないが、それでも大都市の表通り……ジェルマンだけが狙いならば、外で闇討ちを掛けた方がいい)


 ギルド内部には、死体はなかった。

 全員連れ去られたのか、どうにか逃げおおせたのかはわからないが、まだひとまずの希望はあった。

 

 ジェルマンの執務室を開ける。

 中は棚が荒らされ、書類が散乱している。


「ここまで来て、金銭目的の強盗ということはあるまい。ジェルマンがどこまで伯爵についての調査を進めているのか、知りたかったようだな」


 ランベールがそう呟いた時、部屋の外から声が聞こえてきた。


「それだけじゃねぇぜ」


 扉を派手に蹴破り、黒尽くめのコートを纏った痩せた男が飛び込んでくる。


「ああ、知っている」


 ランベールは答えながら、大剣を素早く引き抜き、大きく振り回した。

 表から飛び込んできた男を斬り殺すと同時に、窓の割れ目から放たれた銀の針を、ランベールの大剣が弾いた。

 男は胸部から血を噴き出しながら、壁へと叩きつけられた。

 ランベールは地面に落ちた銀の針を拾い上げ、窓の外を睨んだ。


 一人が気を引き、もう一人が死角から確実に暗器を打ち込む算段であったのだ。

 だが、その程度の小細工がランベールに通用するはずもなかった。


「様子を見に戻ってきた者がいれば、殺すか攫うでもするつもりだったのだろう。貴様達が隠れていることはわかっていた。大人しく、姿を現せ」


 ランベールが窓の外へと針を投げ返す。

 窓の外に現れた男が針を素手で掴み取り、そのまま身体で窓を割って部屋内へと侵入してきた。

 一人目と同様、黒ずくめの衣装に身を包んでおり、ランベールには及ばないものの長身の男であった。


 長身の男の登場に続くように部屋内の窓が割れ、更に三人の同じ恰好をした男が二人、女が一人現われた。

 気配の数と一致する。隠れていても無駄だと悟ったようだった。


「驚いた。こんな男が、『精霊の黄昏』に紛れ込んでいたとはな。主力は『魔金の竜』が、地下迷宮の攻略ついでに滅ぼすという話だったのだが。まさか、我らの気配に勘付いたとはな。いつからだ?」


 男達は、気配を隠すことに自信を誇っていた。

 特に針を放った長身の男はリーダー格であり、自身の居場所が的確に悟られていたなど、にわかには信じがたいことであり、部下が一振りで殺されたことよりも、銀針がいとも容易く叩き落されたことに憤りを覚えていた。


「ここに入る前からだ。陰湿な気を五つ感じたものでな」


 長身の男はそれを聞き、微かに眉間に皺を寄せた。

 ランベールの返答をただの挑発だと捉えたのである。

 だが、ランベールの言葉は真実であった。

 襲撃者たちは上手く気配を隠してはいたのだが、ランベールのアンデッドとしての感知能力を上回ることはできていなかったのである。


「貴様らは、何者だ」


「よかろう、冥府の土産に知るがいい。我ら、裏ギルド、『闇夜の小刀』……いいや、こんな言い方はよそうか。世間を騒がす都市アインザスの陰、裏ギルドとは正体を隠す仮の姿、我ら、伯爵様直属の隠密部隊、『闇夜の小刀』なり。我、部隊長のハイルザート。多勢を卑怯と思うなよ、我らには、我らの矜持というものがある」


 言いながら、ハイルザートは手を交差させて構える。

 両手には、指の隙間に各四本の銀の針が仕込まれている。


 ハイルザートが構えると同時に、他の三人も各々の武器を構えた。


「随分とお喋りなものだな、現代の隠密部隊は」


「我らの本領は、暗殺だけではないのでね。暗殺が敗れたとなれば、次は正面から、我らの連携攻撃を見せてやるとしよう。それに……我が暗器を、あそこまで綺麗に投げ返されて黙っていては、プライドが廃るというものだ」


「…………?」


 ランベールはハイルザートの言っている意味がわからず、しばし沈黙した。


「そんな厳めしいガントレットで、あそこまで鋭く投げ返されて引き下がっていれば、我が立つ瀬がないと言っているのだよ。驚いたよ、危うく受け取り損ねるところであった。我は連携はする、死角へも回る。だが、宣言しよう。絶対に、決定打はこの銀の針で決めて見せると!」


 言いながら、ハイルザートが素早く飛び上がった。

 残る三人も、それぞれの方向へと別れる。

 天井に張り付いたハイルザートが、素早く八つの銀の針を放った。

 同時に三人が、タイミングをずらしながら、三方向からランベールへと斬り掛かる。


「貴様は、何を言っている?」


 ランベールが大剣を三度振るう。

 大剣が天井を割り、近くにあった机を叩き壊す。

 斬り掛かって来た二人も斬り殺し、唯一ランベールの圧倒的なプレッシャ―に耐え切れず、引き下がった一人だけがその大剣から逃れられた。

 八つの銀の針もそれぞれ別の方向へと飛び散り、ランベールはその内の一つの後端を摘む。


 ハイルザートからしてみれば、一瞬の間に部下二人の身体が引き裂かれ、いつの間にかランベールの手に銀の針が握られていたことしかわからなかった。

 何がどうなり、ランベールの手に針が渡ったのか、その経緯さえわからない。


「な、何という早業……!」


「貴様、今おかしなことを口にしたな」


「なんだと?」


「俺はさっき、貴様に軽く投げ返しただけだ」


 ハイルザートは、ようやくこのとき、対峙している相手が、人外の域に達していることに気が付いた。


「そ、そんなわけが……」


 ハイルザートの先ほど見た、部下三人があっさりと一蹴された光景が、ランベールの口にしていることが真実であると告げていた。

 しかし、それでもなお、ハイルザートは信じ切れなかった。


 ランベールが銀の針先を鎧の指で撫でて、顔を近づける。


「透明性の毒が……わからんな」


 ランベールが腕を振りかぶった。

 放たれた銀針、その軌道をハイルザートが目で追うことはできなかった。

 ハイルザートは目を見開き、ただただ呆然としていた。

 針はハイルザートの胸部を貫通し、後ろの壁さえも貫いた。


「毒が回るのを待つよりも、さっさと本体を狙った方が早いだろうに」


 そんなことがあっさりと言えるのは、細い針で壁を貫通できるランベールくらいのものである。


「…………」


 ハイルザートは無言で自らの胸部に手を当てた。

 どろりと血が垂れだしてくるのを見つめた後、強張った顔で引き攣った笑みを浮かべ、ランベールを睨んだ。

 顔には脂汗が溢れている。


「み、見事……」


 その一言は、ハイルザートの、精一杯の強がりであった。

 ハルザートは喀血し、その場に伏せた。


「暗殺専門という割には、随分とプライドの高い男だった。嫌いではないが、隠密部隊にはあまり適役ではなかったようだな」


 ランベールはハイルザートが息を引き取ったのを見届け、静かに大剣を鞘へと戻した。


「フッフ……貴方がどれだけの剛腕であろうとも、ヘクトル様には敵うまい……。力では貴様の方が勝ろうとも、あの方の剣技は、まさに神域に達している。せいぜい、脅えているといい。貴方はもう、伯爵様からは逃れられない」


 声を震わせながらそう言うのは、先ほどランベールへと攻め切れず、床に座り込んだままでいた『闇夜の小刀』の構成員の一人である女である。


「ほう、今の力量差を見て、それでもなお、そう言うのか」


「私は、一足先に退場させてもらうわ。生きて戻っても、伯爵様が怖いもの。せいぜい、貴方が苦しんでこっちに送られてくるのを、待っているわ」


 気丈には言っているが、ただの強がりであることは明らかであった。

 よほどオーボック伯爵と、ヘクトルとやらが怖いと見える。

 女の顎に力が入るのを見て、すかさずランベールは鞘で顔面を横薙ぎにした。


「ぶっ!?」


 女の口から、血と奥歯が飛び出した。

 奥歯の上には、黒い石の様なものが貼りついている。


「自害用の毒か」


 ランベールは淡々と言い、奥歯を踏み潰した。


「こっ、殺せぇ! 殺せ! 敵に情けを掛けられるほど、落ちぶれては……!」


 女が口から血を垂らしながら喚く。


「真っ先に腰の引けていた、わざわざ一番臆病そうな貴様を生かしたのだ。俺は、お前が飛び込んでこなかったから斬れなかったわけではない。その気になれば、あのときに三人共叩き斬ることもできた。その意味は分かるな?」 


「う……ぐ、ぐ……」


 女は口に手に入れ、奥歯のあった位置へと指を伸ばしながら呻いた。

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