第二十九話 地下迷宮の主⑮
金属塊の両の手ががっちりと指を絡ませ、ランベール目掛けて振り下ろされる。
ランベールはすぐさま後方に跳んで避ける。
ランベールが先ほどまで立っていた床を、金属塊が叩き潰す。
ランベールは衝撃に弾かれて後方へと飛ぶが、素早く身を回転させて綺麗に着地する。
(二対のゴーレムの亜種、と考えた方がよさそうだな。しかし、よくもこれほどの威力を出せるものだ……)
再び金属塊の手は上に浮かび、ランベール目掛けて跳んできた。
「どうしたんだい? 四魔将の一角にして、稀代の裏切り者のランベール! キミともあろうものが、防戦一方じゃないか!」
ドーミリオネは彼女独特の抑揚の薄い声で、されどはっきりと興奮を滲ませながら言った。
(このままでは、迂闊に攻撃に移ることもできんな)
ランベールは大剣を下げ、距離を取った。
ドーミリオネはそれを見て、ランベールが守りに入ったと判断し、一層と激しく金属塊の手での攻撃を繰り出す。
二つに組んだ金属塊の手を解除し、手のひらで挟み潰そうと手を叩いたり、指を伸ばして貫手を放ったりと、様々な技を試していく。
ランベールはことごとく躱していくが、いつ捉えられてもおかしくない状態であった。
「さすがに身のこなしが尋常じゃないなぁ。それに度胸も、だよ。並の剣士じゃあ、ボクを目前にしたら立ち竦んだまま、まともに動くことだってできやしないだろう。ああ、これほど楽しめることは、今後、永遠にないだろうね。でも、これはどうかな?」
金属塊の手が上下に分かれる。
片方は床を抉りながら、もう片方は天井を崩しながらランベールへと迫る。
手だけではなく、落下してくる建造物の欠片、不安定な足場にも意識を払わねばならない。
「はぁっ!」
ランベールが大剣を持ち上げ、天井を崩していた手へと振るう。
手は指を大きく伸ばし、ランベールの大剣を摘まんだ。
ランベールは地面を蹴って後方へと跳び、その勢いを利用して指に挟まれた大剣を引き抜いた。
体勢を崩しながらも、どうにか手からさらに距離を取ろうとする。
しかしこの戦いにおいて、体勢を崩したことは、致命的な隙であった。
「ここまでだね、ランベールくん。結局、ボクが『両手』を使ってからは、まともにボクに剣を振るうこともできなかったじゃないか。……まぁ、当たったところでこのスライムの鎧がある限り衝撃も斬撃も伝わらないし、仮にこの鎧がなくて剣の直撃を受けようが、ボクには大したダメージにはならないんだけどね。はっきり言って、無謀過ぎたよキミは」
二つの手が、体勢を崩したランベールへと容赦なく迫ってきた。
右の手は指を小刻みに動かして複雑な動きをしている。
左の手は握り拳を構えながら、ランベールの隙を窺っている。
ドーミリオネはこの機に確実に右の手でランベールの動きを押さえ、左の手でランベールに重い一撃をお見舞いし、下半身を破壊する腹積もりであった。
ランベールは右の手から逃れようとやや前に出て、握り拳を作って待ち構えている左手へと無防備に近づくことになった。
左手の握り拳のストレートがランベール目掛けて放たれる。
「これでお終い……」
「この機を待っていたぞ」
ランベールは瞬時に足を組み換え、瓦礫の散らばる上で器用に体勢を整え、腰を落とす。
ランベールは金属塊の左手の拳を大剣の腹の上に滑らして軌道を変え、ランベールを絡めて捕まえようとしていた右手へと打ち付ける。
カウンター技の『天地返し』である。
二つの手は重なって壁へと直撃し、部屋内を大きく揺るがした。
ランベールはすかさずその手の甲へと大剣を三度叩きつけた。
上側の手の甲の表面が砕け、破片が飛んだ。
ランベールはあえて体勢を整えるのに苦労している振りをして、手が直線的な攻撃を繰り出す機会を窺っていたのだ。
「凄い、凄い凄い! その技……キホーテが使っていたときより、ずぅっと進化してるじゃないか! はは、でもこのくらいの損壊、全然問題な……」
「いや、これで終わりだ。貴様は、俺を深追いし過ぎた」
「……うん?」
ランベールが体勢を整えるのに苦労している振りをしていたのは、『天地返し』を使うタイミングを計っているだけではなかった。
自分の不利を演出することでドーミリオネに深追いさせ、本体から厄介な金属塊の手を引き離したのである。
もっといえば、ランベールが大剣を下げて受け身の姿勢に入ったのも、ドーミリオネが攻撃態勢に出るように仕向けるための罠である。
ドーミリオネは、護身用でもある金属塊の手を戦闘中に自分から遠ざけるような真似は、通常ではまずしない。
しかしランベールが不利を演出したことでドーミリオネはここでランベールに決定打を与えることができると錯覚し、逃げるランベールを深追いし過ぎてしまっていた。
「反応が遅れたな。この距離ならば、お前の手が戻るよりも、俺の剣が貴様を斬る方が早いぞ」
「最初から、それを狙っていたのかい。でも悪いけど、そんな剣じゃあボクのスライム体の鎧は貫けないよ」
「ならば、試してみるがいい!」
ランベールはドーミリオネの目の前へと出て、目にも止まらぬ速度で斬撃を放った。
超人的な速度の剣技は、一瞬で八発の大剣をドーミリオネへと叩き込む。
刃がスライム体を抉り、掻き分ける。
しかしドーミリオネの本体でもある黒頭蓋骨は剣の勢いに押されてスライム体の中を動き、衝撃を大きく軽減する。
「見事な剣技だったよ。でも、ボクには無駄だったね。さぁ、今度こそ捕まえてあげるよ」
負傷していた金属塊の手はすでに自己修復を終え、ランベールの背へと接近していた。
ランベールは金属塊の手を尻目で確認した後、大剣を床へと突き立てた。
そしてスライム体へと深く腕を突き入れ、ドーミリオネの頭蓋へと手を引っ掛けた。
「えっ……」
先ほどの八つの斬撃により、スライム体の中に瞬間的に粘度の弱い、一本の道ができていた。
ランベールは自分の剣筋に沿って、ドーミリオネの黒い頭蓋を引き抜こうと試みる。
「ば、馬鹿な! キミのような単純蘇生型のアンデッドの力で、このスライム体を突破できるわけがない!」
「うぉぉぉぉぉおおおおっ!」
ランベールの腕が、ドーミリオネの黒い頭蓋を引き摺り出して壁へと叩きつけた。
主を失ったスライム体は崩壊し、足元の水と混ざっていく。
「こ、こんなことが!?」
続けてランベールは地面に突き立てた大剣を引き抜き、無防備な弱点を晒しているドーミリオネへと素早く振るう。
一振り一振りの刃が、まるでドーミリオネへと吸い込まれていくかのように正確に放たれる。
壁を背に逃げ場のないドーミリオネは、ランベールの放った無数の剣撃を一身に受け止めることとなった。
ランベールの振り下ろした一撃が、ドーミリオネを床へとめり込ませる。
当然、更なる大剣の追撃がドーミリオネを襲う。
「ぐぅ……ラ、ランベールくん、や、止め……。そ、そうだ、実はボク、いいことを知ってるんだけど……どうかな? 剣を納め、今一度ボクと語らうつもりはないかな?」
魔金鎧の重量がまともに乗った大剣の一撃は、ついにドーミリオネの頭蓋に細い亀裂を入れた。
「どうした? 百発は耐えるのではなかったのか。まだその半分にも達してはいないが」
「ランベールウウウッ!」
ドーミリオネの黒い頭蓋が変質化し、体表から無数の黒い突起が生まれ、それは無数の鞭となってランベールを襲う。
瞬時に展開されたそれは、確実に敵の不意を突き、勝敗を覆すだけのポテンシャルを持っていた。
本体に攻撃させないための両手のゴーレムが第一の盾だとするのならば、間合いを取らせた上で衝撃を殺すスライム体の鎧は第二の盾であり、本体の強靭さそのものが第三の盾である。
そして最後の盾が、三つの盾が破られた際に気が緩んだ相手へと最速で放つ、回避不可の黒い無数の触手である。
この触手は回避しても速度を保ったまま広範囲へと広がるため、如何なる手を以てしても逃れる術はない。
特にこの地下迷宮の様な狭い場所であれば尚更である。
ドーミリオネが自らを不死と称したのは不老の身体を得ただけではなく、この四つの盾による絶対防御によるところが大きい。
三つの盾を破られたとしても、最終手段によって確実に外敵を葬ることで、自らの身の安全を確保することができる。
だがそれも、相手が並の戦士であったならば、という話ではあるが。
「これで終わりだ!」
ランベールが縦に剣撃を放つ。
ドーミリオネの伸ばした触手はその一撃でバラバラになり、頭蓋には縦に大きな亀裂が入った。