最終話 元将軍のアンデッドナイト
ランベールは頭部のない愛馬ナイトメアに跨り、大きな庭園を駆けていた。
石造りの大きな塀に囲まれており、ところどころに精巧な天使や兵の像があった。
花々は、地味な色彩ながらに美しいものが揃えられている。
「止まれ、止まるがいい! 不敬なり! 貴様はここを知っての狼藉か!」
背後よりランベールを非難する声が聞こえる。
ランベールは大きな段差の前で、ナイトメアを止めさせた。
「ここまでご苦労であった。ここから先は、流石に乗馬して進むわけにはいかんのだ。それに、これ以上はお前も危険すぎる。適当に逃げるがいい」
「ヒィン……」
頭のないナイトメアの、哀しげな鳴き声がどこからともなく響く。
「お前を置いていくことを許してくれ。だが、俺にとっての、その時が来たのだ」
ナイトメアはランベールへと、頭のない首を押し付ける。
それから石段の先へと首を向ける。
「ついて来るか。全く、強情な奴だ。ならば、並んで歩むとしよう」
ランベールとナイトメアは、並んで大きな石段を進む。
二人の前に、黒衣の男が降り立った。
ランベールに劣らぬ巨漢であった。
黒衣の合間から、感情の薄い隻眼が覗く。
「獣の亡霊を連れてここに侵入するとは、大胆な輩よ。部下を抜いてここまで来たのは貴様が初めてだ。その事実は誉めてやろう。だが、盗人よ、貴様もこれまでだ」
男はそう言い、ランベールに飛び掛かった。
黒衣に隠されていた二つの刃が伸びる。
ランベールは大剣の鞘で男を防ぐ。
男は大剣を蹴って宙に高く跳び、縦に回転しながらランベールへと落下してきた。
ランベールはそれを地面へと受け流す。
男は地を転がり、体勢を整える。
「……なるほど、本当にただものではないらしい。剣豪たる者、ひとたび打ち合えば相手の本性が垣間見える。貴様のような剣を振るう男が、墓荒らしをするとは思えぬ。否、このような剣を振るえる男が、大陸にいることを俺は初めて知った」
男は剣を持つ手に力を込める。
「その体格で大した軽業だ。エスニアの師のハロルドであるな。墓守の長は如何なるときも王墓を離れてはならぬ決まりだとは聞いているが、お前が『笛吹き悪魔』の襲撃に不在であったのが惜しい」
「何者かはわからぬ。だが、俺は墓守の最後の番人。何人であれ、許可なくここに立ち入った者を始末するのが我が使命。貴様の目的はわからぬが、俺は王族から信頼されてここを任されているのだ。ゆくぞ、強き者よ!」
男が石段を蹴ってランベールへと向かう。
「何が目的、か。神聖なる王墓に穢れた我が身で訪れたのは、俺の我儘にすぎない。遠慮なく止めるがいい。だが、この願いだけは、俺は曲げるわけにはいかんのだ」
数度剣撃が走る。
ハロルドの双剣が器用にランベールの大剣に巻き取られ、彼の手から剥がされた。
二本が各々に左右へ飛ばされる。
大剣の刃が徒手のハロルドへ向けられた。
「許せ、ハロルドよ。何に変えても、俺はこの先へ向かいたいのだ」
ハロルドはその場に膝を突いた。
「……知った口をした。ひとたび剣を打ち合えば、本性がわかるなど。打ち合うたびにわからされた。貴様を、いや貴方様を知るなど、俺の器では過ぎたことであったのだと」
ランベールは静かに大剣を鞘へと戻し、ハロルドに背を向けて石段を上がった。
「お、お待ちください。王墓へ向かう理由など、無粋なことを聞きはしません。だが、だが、貴方様は、一体何者なのですか? その厚い魔金の下に、誰が……誰の屍が、あるのですか? 何故に、既に人としての域を出た貴方様が、この先へ向かおうとするのですか?」
「ほう、わかるのか。俺がアンデッドであると」
「拙い俺にもわかります。無名の生者に、このような御方が存在するわけがない。貴方様はもしや、数代前の剣聖なのでは? いや、違う。もしや、この国を勝利に導いた英雄にして、謎の失踪を遂げた英雄グリフなのでは?」
「いいや、違う」
ランベールは首を振り、前へと向き直った。
「俺はただの罪人だ。主君にして統一王、オーレリア陛下の首を狙い、その腹心の英雄グリフに敗れた、ランベール・ドラクロワだ」
ハロルドははっと目を見開く。
王墓を離れられない彼でも、王都にランベールを自称する鎧剣士が現れ、その圧倒的な剣技で『笛吹き悪魔』を壊滅させたことは知っていた。
「貴方様は、いったい……?」
ランベールはもう、ハロルドの問いに足を止めはしなかった。
石段の上で彼を待っていたナイトメアは、ランベールが並ぶと尻尾を振って彼へと続いた。
いくつもの大きな墓が並んでいる。
ランベールはその中でも一番大きな墓へと進んだ。
優しげな顔の統一王オーレリアの像の横に、石碑が並んでいる。
石碑の左右には天使の像があった。
「……陛下、オーレリア陛下、お久し振りでございます」
ランベールはオーレリアの像の顔を見上げ、そう口にした。
それから背後のナイトメアへと目を向けた。
「アンデッドとは哀しい魔物だ。妄執に囚われた化け物として討伐されるか、過去を清算して消えていくかの二つに一つ。俺は幸い、後者であった。だが、お前がどうなるかはわからぬ。お前を置いていく俺を許してくれ」
ナイトメアは小さく鳴いて、ランベールに首を擦り付ける。
それからその場に座り込む。
ナイトメアの黒い毛並みが、すぅっと薄れていく。
肉の奥の、太い骨が微かに見えた。
「俺と共に消えてくれるのか、ナイトメアよ」
元々、ナイトメアの未練は、主人を守って襲い来る貴族の馬を殺し、その主人に殺されたことであった。
ランベールに仕え、その果てに彼と共に消えることは、願ってもないことであった。
「……陛下、不敬にも大罪人の身でありながら、貴方の傍で朽ちることを願った、俺の我儘をお許しください」
ランベールは魔金の兜を外し、頭蓋骨を露出させた。
地面に丁寧に置いてから、オーレリアの像へと膝を突いた。
「貴方に仕えて死ねたことは本望でした。こうして蘇り、もう一度貴方の国を護ることができたのもまた、この身に余る光栄です。二百年前、俺は無意味な死を遂げたのではないかと考えておりました。だが、そうではなかった。こうしてレギオス王国を護ることができた。それは、我が名誉よりもずっと重要なこと。発展した未来の王国を見ることができたのも、思いがけない幸福でした。陛下にも、見せて差し上げたい光景でございました」
「ならば、それを私に聞かせておくれ。死してなお私の騎士であった、元将軍のアンデッドナイトよ」
それは夢か、幻か。
ランベールの前に、オーレリアが立っていた。
オーレリアはランベールへと手を伸ばす。
ランベールもまた、自然と彼女へと手を伸ばしていた。
時間を置き、ハロルドがランベールを追いかけ、王墓の間へと姿を現した。
頭部のない、大きな馬の躯が転がっていた。
それから、マナの肉体を失ってなお統一王の墓に跪く、鎧を纏う骸骨の姿があった。
ご愛読ありがとうございました!
連載開始から三年、ついに元将軍のアンデッドナイトが完結いたしました!
三年前はまだ大学生だったなと思うと、感慨深いものを感じます。
時間の流れとは早いものですね。
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今後も他の投稿小説をよろしくお願いいたします!
また、新作「最強錬金術師の異世界珍道中」の連載を開始いたしましたので、こちらも是非ご一読ください!(https://ncode.syosetu.com/n9940gd)(2020/4/18)




