第三十六話 最後の因縁④
右腕に力がまともに入らなくなった以上、左腕を主軸に大剣を振るい、どうにかグリフから決定打を取るしかない。
それも勝負を焦る必要があった。
グリフ相手に片腕がロクに使えない状況で長勝負になれば、一瞬で勝敗がついてしまう。
「ランベール、ランベェル、ランベェェエル!」
グリフは苛烈に攻め立ててくる。
ランベールは確実にそれを防いでいった。
自分優位の立ち位置を作り、今の自分に出せる最善の一撃をグリフにお見舞いする。
そうしなければグリフは倒せない。
数回打ち合ったところで、ランベールは腕を伸ばし、グリフの首を狙った。
隙というほど大きな破綻があったわけではない。
ただ、グリフが攻撃に出て、守りが疎かになるであろう瞬間を、ランベールは読み切ることができたのだ。
当てるならばここしかなかった。
首であれば、万全の膂力を発揮できないランベールにでも、グリフに魔金鎧越しに致命打を与えることができるはずだった。
グリフの首に大剣が届いた。
勝ったと、ランベールはそう思った。
だが、大剣の感触があまりにも硬い。
グリフは武器を戻し、大剣の柄でランベールの刃を止めていた。
一瞬間に合わなかったのだ。
それに今のランベールには、相手の防御に刃を押し込むだけの膂力がなかった。
ランベールは素早く大剣を引いて仕切り直そうとした。
だが、グリフは柄を素早く突き出し、ランベールの伸ばし切った腕を狙ってきた。
切断面で直撃を受けるわけにはいかない。
ランベールは籠手に角度を付け、自身からグリフの刃の腹を籠手で叩いた。
カァンと音が響き、ランベールの籠手が弾かれる。
その勢いを利用し、ランベールは背後へと逃れた。
その後、ランベールは大剣を構えようとした。
だが、腕に力が入らなかった。
自然と彼の両腕が垂れる。
「ぐっ……」
ランベールは腕を切断されないため、速度が乗り切っていないグリフの刃を殴りつけたのだ。
だが、それでもグリフの大剣は充分な威力を持っていた。
グリフの振るう豪速の刃に触れたランベールの左腕は、全体が麻痺していた。
これでランベールは、右腕にも左腕にもまともに力が入らなくなってしまった。
そしてそのことは、対峙しているグリフに筒抜けであった。
「ランベールゥウ!」
グリフの大剣をランベールは受け流していく。
だが、殺しきれない衝撃が、大剣越しにランベールの腕を痛めつけていた。
何せ上手く力が入らないため、しっかりとグリフの刃に対抗することができていないのだ。
「嘘……騎士様が……」
フィオナは戦いを見守りながら、そう呟いた。
普段であればお節介を焼いて飛び込んでいたであろう彼女ではあったが、さすがにこの戦いは自分などでは次元が違うのだと理解していた。
しかし、彼女は、まさかランベールがここまで追いつめられるなどとは考えてもいなかった。
グリフは左右に飛び回り、多方向からランベールへと斬り込んでいく。
どんどんランベールはグリフの動きに対応できなくなっていく。
ついにグリフはランベールの視界を振り切った。
グリフは地面を蹴って宙へと飛び上がった。
頭の上高くへ大剣を構え、一気にランベール目掛けて振り下ろす。
本日二度目の『月羽』である。
弱ったランベールを確実に仕留めに出てきていた。
ランベールは頭上のグリフを睨み付ける。
グリフは一直線にランベールへと落ちていく。
もう、避けられない。
捌き切れなければ死ぬしかない。
グリフは叩きつけるように大剣を振るう。
ランベールはグリフの大剣へと、自身の大剣の刃の腹をぴったりと密着させていた。
「『天地返し』」
交差された剣越しに相手の刃の力の向きを逆に返し、自死へと誘う返し技である。
グリフの腕の関節が跳ね上げられるようにがくんと曲がり、その刃の先端に自身を捉えた。
直後、ランベールとグリフが衝突した。
魔金鎧と魔金鎧がぶつかり合い、互いに地面へと身体を打ち付けた。
ランベールはゆらりと起き上がった。
グリフは倒れたまま、起き上がらなかった。
彼の胸部には、深々と自身の大剣の刃が突き立てられていた。
返し技の『天地返し』であれば、腕力の麻痺した今のランベールでも致命打を狙うことができた。
力の向きを誘導することさえできれば、『天地返し』には膂力など不要であった。
ランベールは『月羽』を受けて右腕を上手く使えなくなった時点で、左腕も適度に負傷を受けてグリフの油断を誘う選択肢を既に考えていた。
グリフ相手に、膂力が十全でない状態での勝ち筋がそれくらいしかなかったのだ。
「終わった、か」
ランベールは目線を落とす。
グリフの身体はまだ痙攣していた。
「グリフよ……」
ランベールは声を漏らす。
それは呼びかけというより、自身に言い聞かせる類の独り言のようなものであった。
しかしその独り言に呼応するかのように、グリフは顔を上げた。
「ランベール、ランベール、ランベール、ランベール……!」
グリフは怨嗟の声を吐きながら、弱々しく右腕をランベールへと伸ばした。
「何故、何故だ、何故俺でハナく、陛下は、陛下は……ランベール、貴様さエ、貴様さえいなケレば……! ランベール、ランベールゥウ……!」
がくんと操り人形の糸が切れたように、グリフの痙攣が治まった。
伸ばしていた腕が、呆気なく地面へと垂れる。
「すまなかっ、た、ランベール……」
最期にそう言い残し、グリフは倒れた。
兜が転げ落ちる。
頭蓋骨が露になった。
マナの肉体に支えられなくなり、スカスカになった鎧が崩れる。
ランベールはしばらく、その場でただ棒立ちしていた。
少しして、ゆっくりと大剣を鞘へと戻した。
「今度こそ安らかに眠るがいい、グリフよ」
ランベールはそう呟いた。
「……お知り合い、だったのですか?」
フィオナがランベールへと尋ねる。
ランベールは少し間を置いて、頷いた。
「ああ、親友だった」
ランベールの脳裏に、まだ青年だった頃の光景が過った。
当時は王になれる見込みの薄かったオーレリアを中心に、グリフを含めた三人で、いずれ我々で西大陸を統一して平和な大国を築くのだと、そう意気込んでいた時代を。
激闘が終わり、静寂を取り戻した街道に、一陣の風が吹いた。
ランベールはただ黙って、風の音に耳を傾けていた。




