第三十五話 最後の因縁③
ランベールとグリフは、何度も衝突し、互いへ刃を振り下ろした。
本人達に外傷はなくとも、戦いの余波で歩道や周囲の壁が崩れていた。
道は魔獣の群れが踏み鳴らしたように荒れており、大剣の刃による大きな割れ目が生じていた。
ただ剣士二人の戦いとは言い難い、異常な光景となっていた。
地が割れ、瓦礫が飛び交う。
豪速で動く二人の剣撃は音さえも置き去りにしていた。
それは小さな災害のようでもあった。
大剣で競り合った両者が互いに反対側へと弾かれる。
ランベールとグリフは睨み合う。
激戦の中で、ひと時の休息が訪れた。
「ラ、ン、ベール……」
グリフが低い声で唸る。
もしや正気を取り戻したのかと、ランベールは僅かに剣先を下げた。
「ランベール、ランベール、ランベールゥウウウ!」
グリフは叫び声と共に大剣を投擲した。
豪速で飛来する刃がランベールを襲う。
まさか自身の武器を無為に手放すわけがないと考えていたランベールは、その投擲に対して反応が遅れた。
慌てて後方へ飛び、自身の大剣を真っ直ぐに投げ、向かってくる凶刃へとぶつけた。
グリフの放った大剣は軌道が逸れ、ランベールのすぐ横の地面へと深く突き刺さった。
「そこまで正気を失っていたか」
ランベールは呟き、グリフの放った大剣を掴んだ。
そうして気が付いた。
「これは、俺の大剣か」
ランベールがアンデッドとして蘇ってから使っていたのは、元々グリフの大剣であった。
ランベールがグリフに崖へと突き落とされた際、何かを掴もうとして手を伸ばし、そのときに掴んだのがグリフの大剣であったのだ。
ランベールの大剣は崖の上に残されていたはずであった。
それがここにあるということは、グリフはランベールの死後、彼の大剣を使い続けていた、ということに他ならなかった。
「グリフ……お前は……」
ランベールは呟きながら、本物の自身の大剣を手にした。
二百年振りだったが、しっくりと来る握り心地であった。
ランベールは思わず笑いそうになった。
「これならば貴様に後れを取りはしないと思ったのだが、そう甘くはいかんらしい」
グリフはグリフで、ランベールが軌道を逸らすために投げた大剣を拾い上げていた。
グリフの本来の大剣である。
グリフもまた、自身の愛用していた武器を取り戻したのだ。
「ランベェェエエル!」
グリフが斬りかかってくる。
ランベールは大剣を構えた。
それからは一層苛烈な戦いが始まった。
ランベールは時に引き、時に攻めながら、グリフと大剣を打ち合い続けた。
一瞬たりとも気は抜けない。
何せ、魔金の重量の込められた一撃である。
まともに受ければ、この鎧とて無事では済まない。
一撃で鎧ごと叩き斬られてもおかしくはない。
直撃を受ければ、鎧が破損せずとも受けた部位が動かせなくなることは覚悟しなければならない。
互いの大剣が、何度目になるかわからない衝突をした。
ランベールは力強く大剣を押し出してグリフを弾く。
グリフがあっさりと弾き飛ばされてくれたかと思えば、廃墟の壁を蹴って即座に前に出てきた。
グリフに蹴られた廃墟は即座に崩れ始める。
鋭い一撃を、ランベールは辛うじて防ぐ。
グリフはその反動を利用して横に跳び、再び壁を蹴って別の角度から斬り込んできた。
「ぐっ!」
防ぎはしたものの、ランベールの体勢が大きく崩れた。
グリフはその反動を利用して大きく横に跳び、また別の角度から斬り込んでくる。
「ラン、ベェェェ、ルゥウウウウウ!」
凄まじい連撃であった。
だが、一撃一撃に、膨大な膂力と、強い憎悪が込められていた。
連撃を受け、ランベールは背後へ大きく後退した。
そのとき、グリフがフェイントを掛け、ランベールの予想とは逆の方向へと大きく跳んだ。
ランベールの視界からグリフが消える。
戦いの中で敵を見失うなど、あってはならないことであった。
慌ててグリフの移動を目で追うが、それでも彼の姿が見えない。
どこへ消えた?
そう考えた瞬間、嫌な予感がした。
直後、頭上から金属音が響く。
鎧の関節部が擦れて鳴らす音だった。
グリフはランベールの上にいた。
重い魔金製の鎧を纏っているはずなのに、まるで重力を感じさせない軽々しい跳躍であった。
グリフの得意技、『月羽』である。
ランベールの死角に入った瞬間、グリフは音を殺して跳び上がったのだ。
ランベールほどの達人相手にそれを実行し、かつ成功させるのは、神業としか言いようがなかった。
ランベールが気付いた時点で、グリフは既にまともに対応できない位置まで来ていた。
魔金塊の身体を高く跳ね上げて落としている時点で、大剣には尋常ではない威力が秘められていることは疑いようがなかった。
こんなものが直撃すれば、たとえ魔金鎧であっても無事では済まない。
ランベールは直撃を避けるように動きながら、身体を反らして受け流しに掛かった。
当たるのはもうどうしようもなかった。
ならば、最大までダメージを抑えるしかない。
グリフの『月羽』がランベールの右肩に炸裂した。
魔金鎧が金属音の悲鳴を上げた。
肩に激痛が走る。
ランベールの肩の上から落ちて地面を叩いたグリフの大剣が、周囲一帯を揺らした。
ランベールは大急ぎで後退した。
右腕の感覚がなかった。
骨に罅が走ったのを感じ取った。
魔金鎧に目立った損壊はない。
だが、しかし、今の一撃の衝撃の大半は、受け流せずにランベールの肩へと落ちたのだ。
距離を置いたところで、ランベールは右腕を動かしてみる。
まだ感覚が朧げだが、動かすのに支障はなかった。
だが、明らかに力が込められなくなっていた。
「やってくれたものだ……」
ランベールが呟く。
片腕に力が入らなければ、相手の魔金鎧越しにダメージを与えることは、ほとんど不可能になってしまったようなものだ。
勝てる見込みが一気に狭まった。
「ランベェェェエエル!」
グリフは叫びながらランベールへと迫ってくる。
ランベールは右腕は支えるのに徹し、大剣を構えた。




