第三十四話 最後の因縁②
「陛下、ヘイ、カ……何故、陛下が二人……陛下、陛下は……ああ、ああ……」
魔金鎧の剣士が頭を押さえる。
女は不安げに彼へと声を掛ける。
「どうしたの、私の騎士様? ねえ、しっかりして?」
魔金鎧の剣士はちらりと女を見た後、またフィオナへと目をやった。
「陛下……陛下……?」
魔金鎧の剣士は頭を押さえながらそう繰り返してから、兜を下げて目線を地面へと落とした。
それから硬直したかと思えば、がばっと顔を上げた。
これまでの覇気のない様子とは違う。
激情を秘めた眼光を放っていた。
「陛下、おお、おオ、陛下! ランベェェル! 何故、貴様ガ、そコにいルゥ!」
魔金鎧の剣士が、否、グリフが怒声を上げた。
ふらつく身体で大剣を引き抜き、その刃をランベールへと向けた。
「ひっ、人違いでしょう! き、騎士様、あの御方は、何か、人違いをなさっている様子です」
フィオナはグリフが自身へ何らかの感情を向けていることを察し、危機感を覚えて身を引いた。
ランベールはフィオナを庇う様に前に出た。
「フィオナ、下がっていろ。あの男、どうやら今は分別がまともにつかないらしい」
「ランベェェル! 何故、貴様が陛下の隣に立っテイる! 貴様は、まタ俺の邪魔をスる気か!」
グリフがランベールの様子に怒り、吠える。
「邪魔とやらに心当たりはないが、貴様が俺を覚えていたようで何よりだ。だが、その様子では会話もままならぬらしい。来い、グリフ! 終わらせるぞ。貴様も俺も、最早、この時代にいるべきではないのだ」
ランベールは大剣を構え、グリフを挑発した。
グリフは自我と理性を失くし、怪しい死操術師の言いなりとなっている。
グリフの力は強大である。
今のグリフを、この国に残しておくべきではない。
また、それはアンデッドとしてこの国を荒らすことしかもうできない、グリフへの手向けでもあった。
「殺してヤる、殺しテやるぞランベェエル!」
これまでの無関心振りとは打って変わり、グリフはランベールに強い殺意を向けていた。
ランベールも生前の記憶に引かれ、フィオナには特別な感情を抱いていた。
グリフもまた、オーレリアに瓜二つのフィオナの外見が切っ掛けとなり、生前の片鱗を取り戻した様子であった。
「貴様を嫌う覚えはあっても、嫌われる謂われはないのだが、まあよかろう。そちらの方がやりやすいというものだ。終わらせてやる、グリフ」
グリフは前傾姿勢で、息を荒げ、獣染みた様子でランベールへと二歩進んだ。
「ま、待って頂戴! わ、私の騎士様! どうして、どうしてなの? 私がわからないの? 貴方は、私の、私だけの騎士なのよ!」
錆びた王冠を被る女が、グリフへと必死にそう縋る。
ランベールは女へ目を向ける。
恐らく彼女は、グリフをアンデッドにした死操術師である。
そして以前も八賢者が襲撃した聖都ハインスティアで遭遇し、今回もまた似た状況であることから、『笛吹き悪魔』の人間であることは明らかであった。
女はただの死操術師ではない。
彼女ほど素早く瞬間移動を行える魔術師は、八国統一戦争でもなかなかいなかった。
ランベールからこれまで逃げていたこともあり、どちらかといえば好戦的ではない様子であった。
だが、自身が蘇生したグリフに強い思い入れがあるのは明らかであった。
グリフの関心がランベールに向いた以上、戦闘の補佐に出てくる可能性が高かった。
元々、グリフはランベールに並ぶ剣士である。
グリフが得体の知れない女魔術師と組んで戦闘を仕掛けてくるというのは、ランベールにも不安があった。
しかし、この機を逃せば次はもう会えないかもしれないのだ。
ランベールは、アンデッドと成り果てたグリフを止められるのは自分だけだと思っていた。
また、それを行うのは自分であるべきだとも考えていた。
「女にも、注意せねばな……」
ランベールがそう呟いたとき、グリフが彼女へと振り返った。
「き、騎士様……」
「違ウ、チガウ……ダレ、だ?」
「騎士様?」
女はグリフの様子に首を傾げた。
「オマエではナい! 陛下ハ、貴様のような醜女デハなイ! 貴様などニ、騎士扱いされタくハナイ!」
グリフはそう言い放つと、豪快に大剣を振るった。
ただその一太刀で風が吹き荒れ、斬撃は女の身体を容易く斬り飛ばした。
「えっ……?」
女は口から夥しい量の血を吐き出しながら、地面を転がった。
「どお、して、騎士さ……」
グリフへと懸命に腕を伸ばしていたが、ぐるりと目玉が動き、白目を剥いて這いつくばった。
そして、それからぴくりとも動かなくなった。
遠目であったが、死んだのは明らかであった。
「グリフ、貴様……!」
「偽者め、偽者め、陛下の偽者めが!」
グリフの魔金鎧の足が、女の死体を踏み潰した。
鎧が血と肉に汚れる。
「陛下の傍から離レよ! 乞食上がリの逆賊が!」
グリフが一直線にランベールへと駆けてくる。
石の道が、グリフに強く踏まれて窪んでいた。
これまでの虚ろな様子とは明らかに違っていた。
全盛期のグリフの速度であった。
「う、嘘……速過ぎる。人間の速度じゃない……」
フィオナが零す。
しかし直後、ランベールはそのグリフ以上の速度で前に出た。
二人の大剣が交差した。
激しい金属音が響く。
刃と刃の競り合いになるが、互いに一歩も譲らない。
「ランベール……ランベール、ランベールランベール、ランベェェェルゥゥウ!」
グリフが力を込める瞬間を見計らい、ランベールは一気に大剣を突き出した。
弾かれたグリフが、僅かに後方に退く。
石造りの道が、グリフの足で二筋の溝が生じていた。
「二百年前の恨み、というわけではないが……ここで決着をつけるとしようか。貴様と、俺の因縁を!」




