第三十三話 最後の因縁①
ランベールは『笛吹き悪魔』の残党を狩るため、王都を駆け回っていた。
王国兵達は共に戦うことを望んでおり、特にランベールへと心酔していたエスニアは泣きついてきたくらいであったが、最早纏まった敵がいるとは思えなかった。
そのためランベールは単身にて王都を駆けていた。
だが、既にジークが『笛吹き悪魔』の戦士諸共自身の操り人形に変えたことと、『魔銀の巨人』が倒れたことが周知されているらしく、まだ王都にいる残党はごく少数であった。
ランベールもしばらく駆け回っているが、二人組の首を落としたのみであった。
他は全く見つからない。
ランベールは壊された建物の残骸を登り、周囲を見回す。
「ふむ、避難を優先するべきか」
ランベールがそう呟いたとき、彼の背へと声が掛けられた。
「騎士様……?」
聞き覚えのある声に、びくりとランベールは背を震わせる。
身構えながら振り返り、フィオナの顔を確認してから深く息を吐いた。
フィオナは声までオーレリアに似ていた。
位の高い貴族であれば血の繋がりがあってもおかしなことではないので、不思議なことではないのだが。
「騎士様は、いつも私を見ると驚かれますね」
フィオナが苦笑する。
「避難しなかったのか? 今は落ち着いたが、つい先ほどまで、ここは戦火の中であったのだぞ」
「私も一応、冒険者ですから……ハハハ。騎士様に比べれば、確かに不甲斐ないですが」
「す、すまない。そういうつもりではなかったのだが」
ランベールは咳払いをする。
オーレリアとは別人だとはわかっているのだが、どうしてもフィオナが危険なことをしていると、オーレリアと重ねてしまうのだ。
「騎士様も人助けでしょうか? 私も何かできることはないかと、王都を回っていたのです」
「そんなところだ。王都を襲撃した主犯格は既に仕留めたのでな」
「き、騎士様が、直接ですか?」
ランベールは頷く。
ジークもバルティアもニロも、ランベールが直接斬ったのだ。
「さすが……いつ会っても、桁外れな御方ですね……。以前お会いしたときは世界にはこんなに強い剣士がいるのかと驚かされたものですが、やはり騎士様が別格でしたね」
「と、雑談をしている場合ではないな。フィオナ、お前はどこを回っていた?」
「ええっと、北側は大体回ったかと……」
「ならばそちらは後にするか」
ランベールは瓦礫の上から跳んでフィオナの横へと降り立った。
それからすぐに街道を走り出した。
「待ってください騎士様! できれば私も、同行させていただければ……」
フィオナがランベールの後を追い掛ける。
フィオナが曲がり角を通れば、その先でランベールはぼうっと立っていた。
「ぜぇ、ぜぇ……騎士様、待ってくださったのですか?」
フィオナが息を切らしながらランベールの横へ並ぶ。
ランベールは街道の先を見つめていた。
フィオナはランベールの目線を追い掛けた。
異様な風貌の二人組が立っていた。
片方はみすぼらしい格好の女であった。
汚れ、破けた衣服を纏っている。
くすんだ金髪に、薄汚れた王冠を頭に乗せている。
その隣に、全身鎧の剣士が立っていた。
「騎士様と、全く同じ鎧……?」
フィオナの言葉に、ランベールははっと気が付いたように首を振るう。
「グリフッ! 止まれ!」
ランベールは大声で怒鳴った。
「グリフ……? お知り合い、なのですか? 騎士様」
フィオナはランベールへと尋ねる。
だが、質問の答えは返ってこなかった。
ランベールは目前の鎧の剣士にしか意識が向いていない様子であった。
鎧の剣士はランベールの呼びかけに応じる様子はない。
女はランベールを目にして、くすくすと笑う。
「あら、面倒な御方。行きましょう、騎士様。あの煩い人達も死んじゃったみたいだもの。もう、この王都に用はないわ」
「陛下ノ、仰せノ、まマに……」
ランベールは二人を睨む。
魔金鎧の剣士と奇妙な女の二人組は、これまで二度目にしたことがあった。
だが、その度に追い掛けようとすれば、彼女達はふらっと幻のように消えてしまうのだ。
恐らくは女の方の魔法であった。
逃げに徹されては、ランベールとて追いつけない。
だから追い掛けず、呼びかけて相手の関心を引こうとすることしかできないのだ。
「グリフッ! 俺だ! ランベールだ! 貴様が殺した、四魔将だ! 忘れたなどとは言わせぬぞ!」
ランベールは怒声を上げた。
「騎士、様……?」
フィオナが恐々とランベールを見上げる。
二百年越しにアンデッドとして蘇ったということは、グリフとて何か大きな未練を抱えていたはずなのだ。
それは自身が何らかの形で関わっているはずだと、ランベールはそう考えていた。
願望のようなものでもあった。
グリフは親友であった。
グリフは平民であったランベールと違って、高貴な出であった。
ランベールが出世を重ねる度に、生まれを重視する他の剣士達から疎まれたものだった。
だが、グリフはいつもランベールを目に掛けてくれていた。
同じ四魔将となったときにも、彼自身のことのように喜んでくれたのだ。
ランベールは今でもグリフを親友だと、そう捉えていた。
当然、複雑な想いはある。憎くもあった。だが、それだけではなかった。
グリフもそうであるはずだと、ランベールはそう思いたかったのだ。
グリフが強い未練によって縛られている理由に自分の死が絡んでいるはずだと、そうであってほしい、と。
そしてそうであれば、ぼやけた今のグリフの知性であっても、自身に何らかの反応を示すはずだ。
それがあの女の瞬間移動を打ち破る鍵になるかもしれない。
魔金鎧の剣士はようやく兜を傾かせ、ランベールへと目を向けた。
だが、その動きには何の覇気もなかった。
「お前は、グリフではないのか……?」
ランベールが再び声を掛ける。
「ほら、早く行きましょう」
「は、イ、陛下……」
王冠女が、ランベール達とは反対側へと歩き出した。
魔金鎧の剣士も、彼女を追いかけてふらふらと続く。
「き、騎士様、しっかりなさってください! あ、あちらの方々と、何があったのですか!」
フィオナがランベールの肩へと手を触れた。
そのとき、魔金鎧の剣士がランベール達を振り返った。
「陛下……?」
魔金鎧の剣士は、ぼんやりとフィオナを見つめていた。




