第三十一話 魔銀の巨人⑥
バルティアの刃をランベールは紙一重で回避していく。
ランベールとしてはどうにか回り込んで武器を回収したいところであったが、バルティアはそれを許さない。
安易に抜けられないように動き、強行突破を試みられれば、その隙を突く準備があった。
バルティアの刃が、ランベールの兜を掠めた。
ヂッと音が鳴った。
掠っただけだが、兜の中に響いた衝撃は凄まじい。
ランベールはやや動きが鈍り、それを誤魔化すように大きく背後へと跳んだ。
「さすがの貴様も、これまでだ!」
バルティアが間合いを詰める。
「……多少強引に突破せねばならんな」
ランベールは呟き、自らバルティアへと向かった。
「くたばるがいい!」
横に、縦に、バルティアの大剣が振るわれる。
ランベールは俊敏にその刃を引き付けながら回避する。
バルティアの振るった刃が足場の魔銀を砕いた。
ランベールはその刃を足で踏んで固定した。
真っ直ぐに籠手の拳を放つ。
バルティアの兜に、続け様に二発当たった。
魔金の拳を受け、黒魔鋼が歪んだ。
「うぐっ!」
怯んだバルティアの籠手に手刀を落とす。
だが、バルティアの籠手の黒魔鋼が変形し、ランベールの籠手に付着した。
強引に振り払うも、バルティアの鎧から黒魔鋼の触手が伸び、ランベールへと襲い来る。
「そんなことまでできるのか……!」
ランベールは手刀で落とす。
だが、内の一本が手首に巻き付いた。
徒手でバルティアの剣の間合いで動きを制限されることは、死を意味していた。
「くらうがいい!」
バルティアは素早く大剣の一撃を繰り出そうとする。
ランベールは手首を力いっぱい引き、バルティアの体勢を崩した。
右の手刀で大剣の腹を突き、左の手刀でバルティアの胸部を狙った。
魔金の手刀が黒魔鋼の装甲を砕く。
「ぐほっ!」
バルティアは大きく身体を震わせた。
恐らく、弱点の心臓部に衝撃が伝わったのだ。
ランベールは触手を振り解き、バルティアの横を駆け抜けた。
大剣を手にし、バルティアへと向き直る。
バルティアは胸部を押さえていた。
装甲の罅はすぐに溶けて、再生していく。
「貴様さえ復活していなければと、どれだけ思ったことか……!」
大剣を構えるランベールを、バルティアは睨みつける。
両者の目線が合う。
バルティアは眼光を緩め、ふっと笑った。
「……いや、違う。現代の今、貴様が蘇ったのは何故か。グリフが貴様に未練を与えたからか? たまたま崖底にある亡骸を、誤って『笛吹き悪魔』の魔術師が蘇生したからか? そうではない、そうではなかったのだ。恐らく、そういう運命だったのだ。貴様は、我が王に世界を支配するだけの圧倒的な力がないと、そう口にしていたな? 今……大きな流れが、世界が、問いかけてきているのだ。『笛吹き悪魔』に……我に、我が王に、世界を支配するだけの力があるのか、どうか」
バルティアは大剣を構え、ランベールへと突進する。
「今それを、歴史の神に証明する! 我が王にその資格があると! ランベール! そのための貴様だったのだ!」
バルティアの全身から黒魔鋼の触手が伸びた。
触手が暴れ、足場の魔銀を砕いていく。
「来い、バルティア!」
ランベールとバルティアが衝突した。
黒魔鋼の触手が、ランベールの大剣によって砕かれていく。
無数の激しく暴れる触手は、されどランベールへは寸前のところで届かない。
「触手だけではないぞ!」
バルティアの振るった刃の先に、ランベールの姿はない。
ランベールの放った刃がバルティアの鎧を貫通する。
バルティアは身体を反らし、心臓を守る。
「心臓さえ無事ならば安いものだ! 攻撃に出ようと、それで動きを制限されるのは貴様の方だ!」
黒魔鋼が集まり、ランベールの大剣を押さえつけようとする。
ランベールは剛力でそれを引き抜き、続けてバルティアの腰を削った。
足のバランスが崩れ、バルティアは膝を突く。
「この程度の怪我など、すぐに……!」
バルティアは身体を引き摺るように背後へと逃れる。
右足が思うように動かせなかった。
普通の剣士ならば勝敗を決する重傷であった。
だがこの程度、数秒経てば、吸血鬼の王の力があれば回復する。
「許すと思うか?」
ランベールはバルティアが退いただけ前に出て、間合いから逃がさない。
大剣の一撃がバルティアの左腕を斬り飛ばす。
すぐに左腕に血の霧が集まって再生を始めていくが、その猶予をランベールは見逃さない。
首に大剣を捻じ込み、続けてバルティアが武器を持っていた右腕を斬った。
右腕がだらんと垂れる。
黒魔鋼が強引に右腕が切断されるのを皮一枚守り、大剣を手放さないように金属で固めていた。
鋭く黒魔鋼鎧から金属針が伸びる。
至近距離から高速で放たれる、黒魔鋼鎧にのみ許された不規則な隠し武器。
ランベールは来るのがわかっていたとでもいうように、容易く回避して見せる。
「何故、何故だ……? 外法に頼り、全てを擲ってきた。何故我は、目前の男に及ばない……?」
ランベールは大剣でバルティアの胸部を狙おうとしたが、触手が集まって守っているのを目にし、蹴りへと切り替えた。
触手のダマの上から、魔金の蹴りが突き刺さる。
手足が千切れかけ、ボロボロになっていたバルティアは、まともに耐えることもできなかった。
蹴りの衝撃に弾き飛ばされ、不格好に足場の上を転がっていく。
「はあ、はあ……蹴飛ばして距離を取ったのは愚策であったな、ランベール! 身体が欠損したままでは押し切られていたが、この間に肉体を戻すことができる!」
バルティアの身体に血の霧が集まっていく。
全身の傷口が塞がり、千切れかけていた腕が再生していく。
生身を黒魔鋼が覆いつくしていった。
あっという間に瀕死の重傷だったバルティアが、万全の状態へと戻っていく。
全身から黒魔鋼の触手が伸びていく。
「ランベール、我は貴様が朽ち果てるまで蘇るまでだ! 貴様に勝機はない!」
だが、ランベールは接近し、一切迷いなく触手の合間を抜け、バルティアが大剣を構える右腕を斬り飛ばして見せた。
あまりにもそれはあっさりとした一幕であった。
バルティアの右腕は魔銀の床の上へと叩きつけられる。
「終わりにするぞ、バルティア」




