第三十話 魔銀の巨人⑤
バルティアはランベールを迎え討つべく、ニロの前に出た。
ランベールとバルティアの大剣が激しく打ち合う。
だが、これまでの戦いで、ランベールはバルティアの剣技を見切り始めていた。
それに今は先程のような歪な形勢ではなく、平地での戦いであった。
これまでの衝突でも、戦いを制してきたのはランベールであった。
大剣の刃がぶつかった直後、ランベールがバルティアへと蹴りを放った。
ただの蹴りではない。
鎧に用いられた魔金の総重量が込められた蹴りである。
生身で受ければ、屈強なオーガとて無事ではいられない一撃であった。
「ぐっ……!」
バルティアが後方へと弾かれる。
そして彼が地面へとしっかり着地し、体勢を立て直そうとしたとき、既にランベールに間合いを詰められていた。
ランベールの大剣がバルティアを襲う。
バルティアは不意を突かれたものの、寸前で受け止める。
だが、無理な体勢で受け止めることになっていた。
続いてランベールの連撃がバルティアを崩す。
一打ごとに、確実にバルティアは追い詰められていた。
横に放たれた一閃を、バルティアは回避できなかった。
黒魔鋼の鎧が割れ、血飛沫が舞った。
バルティアは外傷を無視して斬り込む。
ランベールはその刃を籠手で掴み、後方へと引いてバルティアの体勢を崩す。
「剣に力が入っていない。急いたな、バルティア」
「貴様と打ち合えば打ち合うほどに、我が至らなさを痛感させられる……。我にこのような屈辱を与えた剣士は、今も当時も、貴様が唯一だ」
ランベールの大剣が、バルティアの右腕を黒魔鋼ごと切断した。
籠手に包まれた右腕が地面に落下する。
「潔く諦めよ、バルティア。貴様も、ローラウル王国の将だったのだろう。これ以上の無様を晒すな」
「黙るがいい! 今の我は最早、ローラウル王国の将ではない! あの国は滅んだ。既に魔人に堕とした身! 我が国を滅ぼされた将に、守るべき体面などあるはずもなかろうが!」
切り飛ばした右腕が潰れ、熱を発して蒸発していく。
血の霧となって宙を舞い、それはバルティアの右腕へと戻っていく。
バルティアは新たに生まれた右腕の握力を確かめるように開閉する。
その腕を、変形した黒魔鋼が覆っていく。
今までのバルティアにはなかった力だ。
欠損した肉体を回復するためには、バルティアは必ず一度退いていた。
「……まさかその力、吸血鬼の王のものか」
「国が亡ぶ前に、最後の手段として王より血を継いだ我は、奇跡的に王の力に適合することができたのだ。……もっとも、ローラウル王国を守護するには至らなかったがな」
ランベールは伝承でそれを耳にしたことがあった。
千年前、不死に近い生命力を誇る吸血鬼の王が存在したという。
身体を刻まれても肉体は血の霧となって宙を舞い、再び一つに集うのだ、と。
ローラウル王国は恐らく、その吸血鬼の王の血を有していたのだ。
ニロとバルティアの不死性は、吸血鬼の王の血によって齎されたものだ。
バルティアの異様な再生能力の進化は見当がついていた。
吸血鬼の王は、心臓へと血の霧が集って再生する。
心臓だけは守らなければならないのだ。
そのため今までのバルティアは、恐らく心臓を取り出し、拠点に隠してから戦地へと出向いていたのだ。
自身の命に保険を掛けていた。
だが、今のバルティアは違う。
体内に心臓を持っている。
『魔銀の巨人』から降りてきた際のバルティアは、まだニロの許に心臓と予備の鎧を残していた。
そのため血の霧となり、急速にニロの許へと戻ることができたのだ。
「ようやく全力で戦うことができる。心臓がある今、我のあらゆる外傷は瞬時に再生する。マナの量も桁違いである。これまでのような戦いになるとは思わんことだな。今の我は、最早剣士ではない」
「一度心臓を斬れば死ぬのか。楽で助かる」
「抜かしていろ!」
バルティアがランベールへと駆ける。
大剣を三度打ち合ったところで、ランベールはバルティアの首許目掛けて刺突を放った。
黒魔鋼を砕き、首の右側を抉り取った。
肉体が素早く再生していき、黒魔鋼が刃を覆ってダマになっていき、ランベールの大剣を固定させた。
「隙だと思ったか? 言っただろう、心臓のある我は、マナの量が桁違いであると! それは、前よりも完全に黒魔鋼を制御できるということだ!」
大剣を動かせないランベールへと、バルティアの刺突が迫る。
ランベールは大剣から手を放して退き、それを回避した。
掴んだままでは兜を飛ばされていた。
バルティアの右側へと回り込み、自身の大剣の刃へと足を向け、力の限り押し込んだ。
大剣はバルティアの首を切断し、黒魔鋼を破壊した。
バルティアの兜が地面を転がる。
だが、それでもバルティアは止まらない。
隙を晒したランベールの身体を、大剣で横薙ぎに殴り飛ばした。
ランベールは受け身を取り、素早く起き上がった。
「どうだ? 今のは響いたろう? 少しは動きが鈍ると思ったか」
地面を転がるバルティアの頭が声を出す。
血肉が蒸発していき、バルティアの首に頭部が再生していく。
現れた武人の頭部を、変形した黒魔鋼が素早く覆っていく。
「……バルティア、確かに、今の貴様は、最早剣士ではないな」
ランベールの言葉に、バルティアは目を見開いた。
黒魔鋼に覆われていく口許で自嘲げに笑った。
「ああ、そうだ!」
バルティアがランベールへと飛び掛かる。
「我も貴様も、全てを賭して戦っているのだ! 敗れれば、生きてきた理由を、証を、これまでの全てを失うのだ! 今更、型に拘る理由などあるまい! 剣士としては確かに貴様の方が、この我よりも遥かに高みに立っていた。だが、勝つのは我だ! ランベール、貴様ではない!」
ランベールはバルティアの後方にある大剣へと目を向ける。
武器がなければ、バルティア相手では勝負にもならない。
どうにか徒手でやり過ごし、大剣を回収しなければならない。




