第二十九話 魔銀の巨人④
ついにバルティアを除いた。
後は『魔銀の巨人』を動かす、『不死王』を止めるのみであった。
ランベールは『魔銀の巨人』の兜を駆け上がり、その上へと降り立った。
「見事だ。我が配下をことごとく打ち破り、ついには、この巨人の上にまで辿り着くとはな」
少年が立っていた。
彼は青黒い髪をしており、頭には銀色の輝きを纏った冠がある。
顔には簡素な目口の描かれた仮面をしていた。
少年は大きな水晶を手にしていた。
水晶の内部には雷が閉じ込められており、中で激しく暴れていた。
それが『魔銀の巨人』の心臓なのだと、見た瞬間に理解した。
そして少年の傍らには、先ほど倒したばかりであったはずのバルティアが、黒魔鋼の鎧を纏って立っていた。
ランベールも目を疑った。
確かに、バルティアは『魔銀の巨人』の下へと落ちたのだ。
上がってこられる時間などなかった。
それにこれまでバルティアは、一度重傷を受けてから復活するまでに一定の時間を要していたはずであった。
重傷を負えば、その場から必ず撤退していた。
その枷がなくなっている。
「余は『笛吹き悪魔』の頂点に立つ者、『不死王』……いや、今更、そのようなつまらぬ紹介は控えておくか」
『不死王』を自称する少年は首を振った。
「余は亡国、ローラウル王国の陰の王なり。名はない。ある者は、この余こそが王国だと、ローラウルと呼んだ。三百五十年前、この身体の少年の名はニロであった」
「……ローラウルの王は、貴様などではなかったはずだ」
「表向きは、な。ローラウル王国が滅ぶ百年前、王国は永遠の繁栄を求めた。そのためには何が必要か。優れた資源か? 膨大な兵力か? 技術か? それとも強力な禁魔法か?」
ニロは語る。
ランベールは何も返さない。
ただ大剣を構え、バルティアとニロを警戒していた。
「かつてのローラウル王国は、それを不死の王と考えた。夥しい数の人間を用いて、決して死なない人間を造り出そうとしたのだ。王族のためではなく、純粋な国の繁栄のためだ。毎代王が替わるのであれば、いずれは暗君や誤った方針、後継争いによって国は滅びる。それは歴史を紐解けば明らかであった」
「その成功が、貴様だと?」
「ああ、そうだ。当時、一頭の家畜より価値の低い奴隷であったニロは、ただ不死の魔法に適合するというだけで、一国の陰の王となったのだ」
「だが、過ちだったようだな。それからたった百年で、ローラウル王国は滅んだのだから」
「貴様……! 『不死王』を愚弄するつもりか!」
バルティアは大剣を抜き、ランベールへと一歩前に出た。
ニロが手でそれを制する。
バルティアは大剣を再び鞘へと戻す。
「過ちであった、その通りだ。不死の王のみでは、国に永遠の繁栄など訪れはしない。力だ。あの激動の時代において、ローラウル王国はあまりに無力であった。だから滅びたのだ。だから余は考えたのだ。我が朽ちぬ身体を活かして、身を隠しながらこの国に根を張り、力を蓄え、人脈を築いた。あの当時でも忌避されていた禁じられた外法の数々を取り込んだ。新しく築いた国を、八賢者、不老の魔人によって構成された王国の重鎮が導く。そうすることで、永遠の繁栄を遂げられるのだ」
ニロは言葉に熱を込めて語る。
「ランベールよ、余はお前の魂の高潔さと、その武に敬意を払う。八賢者に加わってほしい。余は戦争や殺戮を忌避している。だが、そのための戦争なのだ。永遠を生きる八賢者が、圧倒的な力を以て世界を支配するのだ。それによってのみ、真の平和は齎される。そのための『笛吹き悪魔』なのだ」
「……永遠の平和、そのための戦争、か」
ランベールはニロの言葉を反芻する。
かつての主君、オーレリアもそのようなことを口にしていたのだ。
争いの絶えない西ウォーリミア大陸を統一し、平和な時代を築く。
オーレリアが支配に力を入れて統一戦争を過激化させたのは、その理念のためであった。
「ああ、そうだ。ランベールよ、我々に力を貸してほしい」
「徒に平和な国を乱し、禁忌に手を染めた貴様らがそれを口にするとはな」
ランベールは大剣の先端をニロへと向けた。
「貴様はただ、自身の理想のため王国に戦火を齎す悪だ。平和な時代を望んでいた、あの御方とは違う」
「しばらくは荒れるかもしれまい。だが、百年も経てば……」
「全世界で、そのような統治を望んでいるのは、不老の貴様らくらいであろうな。いくら言葉で取り繕おうが、貴様らはただの邪悪だ」
「なぜ理解しない? お前も八国統一戦争の地獄を生き抜いてきたのだろう? 余はあの戦争で、一度は全てを失った。人の歴史とはその繰り返しなのだ。余の存在だけが、それを止められる」
「いや、違う。貴様のような身勝手な邪悪が理想を押し付けるために、戦乱は繰り返されるのだ。いずれ起こるかもしれない戦争を止めるために平和な国に戦争を起こすなど、正気ではない。貴様は根元のところで、戦争が起きるのを願っているのだ」
「ただの観点の違いだ。余とお前の仕えたオーレリアに、本質的な違いなどありはしまい」
「観点や規模を軽視する貴様は、既に人間の価値観ではない。人間の身を捨てた不老の化け物が、人間の玉座にしがみつくな。表舞台に立つべき存在ではないのだ。貴様も、俺もな」
ランベールの言葉に、ニロは返すべき言葉を失った。
仮面の奥で押し黙る。
「圧倒的な力で永遠の平和を築くなど、それそのものが思い上がった幻想でしかない。わかっているのだろう? それができなかったために、今貴様は俺に刃を向けられているのだ。お前は八国統一戦争の中でローラウル王国が優位を得るために造りだした怪人で、我が主が統一を成し遂げた今、貴様の全ては終わったのだ。貴様はそれを認められず、こんな兵器まで持ち出して、後付けの理屈で自身を納得させ、無意味な争いを引き起こしたに過ぎない」
「……フ、わかってはいたが、語り合いは無駄か」
ニロは小さく呟いた。
「その妄執と共に朽ちるがいい、時代に置き去りにされた亡霊よ」
ランベールはニロへと駆ける。
『魔銀の巨人』を操る水晶さえ破壊すれば、全ては終わるのだ。
「行け、バルティアよ! 余の理想のため、最後の障害を除くのだ!」
ニロはこれまでの静かな語りとは変わって、激情を込めた叫びを上げた。
「仰せのままに!」




