第二十八話 魔銀の巨人③
ランベールは『魔銀の巨人』の腕を駆け上る。
彼が『魔銀の巨人』の肩にまで到達したところで、操作妨害によって停止していた巨人が激しく震え、その身体を大きく捻り、腕を振り乱した。
操作妨害の魔法陣が、次々に弾けて消失していく。
「フ、フフ……無駄だ。少々驚かされたが、この『魔銀の巨人』を止められる者など、どこにもいはしない」
巨大な兜の上に立つ男が、そう零した。
彼の言葉に続き、『魔銀の巨人』が巨大な剣を振り回す。
大地が削れ、街壁の残骸が宙へ弾き出される。
そのたった一振りで、数十人が死傷を負った。
「頼みの綱であった操作妨害も、これまで邪魔してくれた四魔将の亡霊も、これでお終い……」
だが、ランベールはまだ『魔銀の巨人』にしがみついていた。
反対側へ跳ね飛ばされていたランベールは、大剣の刃を巨人の背に突き立てる。
刃が魔銀を裂き、ランベールの落下運動が減衰する。
ランベールを『魔銀の巨人』の身体に留めた。
今度こそ勝機を失ったと絶望していた王国兵達が、ランベールに気づいて歓声を上げた。
「見ろ、ランベール様はまだあそこにいるぞ!」
「やってくださいランベール様!」
王国兵達は決死の特攻を繰り返しながら、ランベールの生存を称える。
ランベールは魔銀から大剣を引き抜くと、巨人の身体を地面と垂直に駆け上がっていく。
『魔銀の巨人』はランベールを振るい落とそうと、激しく身を捩った。
ランベールは駆ける速度を保ちながらも大剣を振るい、刃を魔銀に突き立てて自身の身体を巨人の身体に留める。
『魔銀の巨人』の巨刃が、先端にランベールを捉えた。
自身の背を削りながら巨人の刃が放たれる。
ランベールは刃を受ける寸前に宙へ飛び、刃を蹴って更に上へと跳んだ。
また、迫りくる巨大な手に刃を叩きつけ、その反動を利用して更に上を目指す。
ランベールはこのとき、『魔銀の巨人』を相手に対等以上に渡り合っていた。
最早、『魔銀の巨人』ではランベールを止められはしない。
王国兵達だけではなく、『魔銀の巨人』の上に立つ者にとってもそれは明らかなことであった。
ついにランベールは『魔銀の巨人』の項を超えた。
頂上まで、最早十ヘイン(約十メートル)と少し程度であった。
ここまで昇ってきたランベールにとっては、もうすぐそこであった。
だが、兜の頂上部の縁に、黒鎧の男が立っていた。
黒魔鋼を操る不死の魔人、『血霧の騎士』ことバルティアである。
「以前の立ち合いが我々にとって最後の戦いだと、そう貴様に言ったはずだランベール! 『魔銀の巨人』を昇るなど、化け物め……!」
バルティアは王都での戦いで、ランベールに既に頭と胸部を割られたばかりであったはずだ。
だが、既に外傷の様子は見られなかった。
「貴様が、『笛吹き悪魔』の頭目の、最後の護衛というわけか」
ランベールはバルティアを見上げる。
『魔銀の巨人』も、ただの人間が制御しきれる代物ではなかった。
恐らく『笛吹き悪魔』の八賢者、恐らくバルティアが『不死王』と慕う男が操っているのだ。
『不死王』は『魔銀の巨人』の制御に集中する必要があるはずであった。
だとすれば、これがレギオス王国と『笛吹き悪魔』の戦いの、事実上の最終決戦となる。
ここでランベールを欠けば、レギオス王国に『魔銀の巨人』に抗う術はない。
『笛吹き悪魔』もまた、ここでバルティアを失えば、ランベールより『魔銀の巨人』を護ることはできなくなる。
「ランベールゥウウ!」
バルティアが大剣を構え、ランベールへと飛び降りてくる。
『魔銀の巨人』を駆け上がっている今の状態では、取れる選択肢も少ない。
ランベールは回避を諦め、正面からバルティアの刃を刃で受け止めた。
バルティアは落下しながら大剣を激しく振るう。
「ランベール! 貴様に、王の許へは行かせぬぞ!」
バルティアに圧倒的に有利な形勢であった。
ランベールはバルティアの猛攻を捌き切りつつ、『魔銀の巨人』から落ちていく現状をどうにかしなければならないのだ。
バルティアの刃には重力加速が乗り、以前より苛烈さが増していた。
バルティアはランベールにこそ劣るが、彼もまた八国統一戦争においてローラウル王国の将であった剣士である。
加えてバルティアの剣は、ランベールを道連れに地面へ落ちることを許容した剣筋であった。
バルティアに不可解な再生能力があることは、ランベールはいやというほど理解していた。
相討ちであれば、それはバルティアの勝利なのだ。
「再び地に落ちて朽ち果てよランベール! 二百年前のあの日のようにな!」
バルティアの刃が、ついにランベールの胴に届いた。
魔金と黒魔鋼が打ち合わせられ、金属音が響く。
魔金鎧が刃を弾く。
八国統一戦争最高の鎧は伊達ではない。
だが、鎧が無事でも、中が無事とは限らない。
衝撃は内部に伝わることとなる。
「どうした四魔将! そんなものか!」
ランベールはバルティアの刃を受け、半歩退き、大剣を高く掲げていた。
「バルティア、貴様は強い。無傷で勝敗を焦ることはできんかった」
バルティアはその瞬間、ランベールが敢えて隙を晒したのだと理解した。
バルティアは不死身の肉体を得たからこそ、自傷を前提とした剣筋が増えていた。
肉や骨を断たれても、今のバルティアには安いものだった。
加えて現在の上下の形勢もあり、自然と勝負を焦ってしまっていた。
だから、相手の攻撃への警戒が薄くなっていた。
ランベールの強さを理解していたからこそ、一太刀入れることに躍起になり過ぎていた。
バルティアはランベールの晒した胴に、斬り込むべきではなかったのだ。
ランベールは斬られたと同時に斜め後ろに飛び、衝撃を背後と地面に極力逃していた。
完全に無傷であったわけではないが、それで被害は最小で抑えられる。
結果、バルティアは大剣を振り切った前傾の姿勢で、大剣を掲げるランベールの目前に立つことになってしまっていた。
どこへ逃れようが、ランベールの振り下ろす大剣が追い付いてこないわけがない。
バルティアは後方へ跳んだ。
ランベールはバルティアを追って前へと跳び、掲げた大剣を振り下ろした。
「見事……四魔将!」
バルティアが叫ぶ。
圧倒的な強者への羨望、そして自身の不甲斐なさへの嘆きが込められた、慟哭であった。
縦の一閃。
バルティアの左肩、胸部ごと、左腕を切断した。
黒魔鋼の鎧など、ものともしていなかった。
続けて横に大剣が振るわれる。
バルティアの胴体を切断した。
彼の二つに分かたれた身体が、『魔銀の巨人』の表面を転げ落ちていく。




