第二十六話 魔銀の巨人①
「やった、やったぞ!」
「ついに王都で暴れていた死操術師を、あの御方が仕留めたぞ! 一体何者なのだ!」
ランベールが素顔を明かしたのは、王国兵達の一部のみである。
その突拍子もない正体も合わさり、多くの兵は彼が何者であるのかを全く把握できていないまま戦いに参加していた。
「しかし、ランベールと名乗っていると聞いたぞ」
「統一戦争の大罪人の名ではないのか? 同名の剣士など、聞いたことがない」
「顔を明かせぬ事情があるのだろう。本人が名乗っているのだ。呼び名として使うことを躊躇う理由もあるまい」
王国兵達が、ランベールの名を叫んで彼を称えた。
「ランベール!」
「ランベール!」
潰したジークの頭部を見下ろしていたランベールは、ふと彼らへと目を向けた。
懐かしい感覚だった。
ランベールの将軍としての地位と名誉は、二百年前に既に奪われた。
グリフに殺され、大罪人となり、亡骸は回収されぬまま崖底に放置された。
そうして気が付けば、死臭漂う、骨とマナのみのアンデッドと成り果てていた。
表立って国のために戦えるなど、そんな機会は二度とありはしないと、そう思っていた。
ぼんやりと視界が霞む。
二百年前の、他国の将軍を討ち取ったときの光景と重なった。
ランベールはぐらりと、自分のマナが揺らぐのを感じた。
アンデッドに必要なのは未練だ。
死後、外側に向かって分散するマナは、負の感情によって内へと向かうことがある。
それがアンデッドの正体である。
ランベールをアンデッドたらしめている要因が薄れつつあるのだと、ランベールはそう気が付いた。
「急がねばな……」
ランベールはそう呟き、大剣を担いだ。
『笛吹き悪魔』は止めなければならない。
この戦いに決着がつく前に満足して消えることなど、できるわけがない。
「まだ決着はついておらん! 死操術師ジークは討ち取った! だが、奴はただの捨て駒に過ぎぬ!」
ランベールは兵士達へと叫んだ。
騒いでいた兵達は、ランベールの言葉を聞いて静かになった。
「敵の主戦力は『魔銀の巨人』にある! あのデカブツを破壊せねば、レギオス王国に未来はない」
ランベールの目線の先には、『魔銀の巨人』が歩いていた。
全長百へイン(百メートル)を超えるゴーレムである。
一目見て、明らかに人の手で破壊できるものとは思えなかった。
ジークを倒して勢いづいていた王国兵達にも、沈痛な空気が広がっていった。
「武の神よ、あればかりはどうにもなりますまい。足止めと、避難の誘導を行いましょう」
エスニアがランベールへと提案する。
その声を打ち消すように、ランベールが叫んだ。
「必ず、今ここで破壊する! 反王国戦力に王都を占拠させては、この国は終わる。『笛吹き悪魔』はこの日のために、王国内の貴族にも粉を掛けているはずだ。実際に連中の手に王都が落ちたとなれば、国内の貴族共が次々に反旗を翻す。何としても、ここで止めるしかないのだ!」
エスニアはランベールに気圧され、息を呑んだ。
「だ、だが、本当にあんなものを止められるというのか?」
「案ずるな、この俺がいる」
ランベールはそう断言した。
エスニア含め、王国兵達はランベールのその一切の迷いのない言葉に惹かれた。
ランベールの言葉には、強い意志と、説得力があった。
ランベールとて、無茶と無謀は理解していた。
『魔銀の巨人』の規模は、これまで戦ってきた敵の中でも最大クラスである。
恐らくは太古に存在したとされる竜や、最高位精霊に並ぶ相手だ。
ランベールは八国統一戦争の中で最高位精霊を目にしたことはあるが、万の兵に匹敵する超存在であった。
だが、ここで退くわけにはいかないのだ。
己が消える前に、もう一度レギオス王国の英雄となり、この国を守らなければならない。
「伝令を動かせ。ありったけの兵と、魔術に心得のある者を捜し、王都の街壁に向かわせろ。無論、我々は先に向かうことになる」
そこが決戦の場所であった。
『笛吹き悪魔』の主戦力は間違いなく『魔銀の巨人』であった。
恐らくは『笛吹き悪魔』の頭目、『不死王』が『魔銀の巨人』を動かしている。
「わ、わかった、武の神よ。そう、そうだ……確かに、あんなものを王都に入れてしまえば、この国は完全にお終いだ。避難どうこうと、そんな甘いことを口にできる盤面ではなかったのだな」
エスニアは大きく頷いた。
「私の名前さえ持ち出せば、もっと王都に散っている戦力を掻き集めることもできるはずだ。全戦力を以て、あの巨人を打ち倒そうではないか!」
『魔銀の巨人』さえ破壊すれば『笛吹き悪魔』の目論見は途絶える。
協力を裏で約束していた貴族達も、此度の計画が失敗すれば手のひらを返し、なかったことにするはずだ。
八国統一戦争の残火の集いであった八賢者も、もう大半が死に絶えている。
レギオス王国に潜む最大のスパイであった、『傀儡師』の末裔ことパーシリス伯爵ももういない。
ここでしくじれば、『笛吹き悪魔』はもう二度と再起できなくなる。
「『笛吹き悪魔』との、最後の戦いを始めよう」
ランベールの言葉に、王国兵達が各々の武器を掲げて叫び声を上げた。




