第二十五話 無貌の悪意⑫
集まってきた王国兵が、数を活かしてジークの操り人形を片付けていく。
ジークは身体をわなわなと震わせ、額に皺を寄せてその光景を睨んでいた。
「ふざけるなよ、ランベール! ボクとまともに戦わずに、王国兵団の数の暴力で押し潰すつもりか!」
ジークが叫ぶ。
ランベールは何も言葉を返さず、ジークへと駆け出した。
「いいだろう……この条件で戦ってやる! お前みたいに、こそこそ逃げ出して仕切り直すつもりもないんでね! 操り人形が残っている間にお前を片付けてやる! お前さえ潰せば、王国兵団なんて何人いようとも怖くはないんだよ!」
ジークは身体から展開している無数の腕を構え、ランベールを迎え討つべく構える。
ランベールがジークへと距離を詰めたところで、操り人形の一体がランベールへと肉触手を放った。
ランベールは肉触手から逃れようと、大きく横へ跳んだ。
その動きに合わせて、ジークがランベールへと掴み掛かる。
これまでのジークとは違い、かなり直線的な攻撃であった。
ジークは使える操り人形の数が減らされたため、自分の行動に保険を掛けて動くことができなくなっていた。
ランベールはジークへと大剣を振るう。
ジークはランベールの刃を、腕を犠牲にして防いでいく。
ジークはそうして斬撃をやり過ごしながらランベールの周囲を回り込むように動き、肉触手の反対側へと移動してランベールを挟み込んだ。
「背後をもらった!」
ジークは腕を伸ばし、ランベールの首元を狙った。
ランベールはまず大振りで肉触手を切断し、そのまま刃の勢いを止めずにジークへと振り返った。
ジークは刃を腕で受け止めるが、衝撃で大きく後方へ弾き飛ばされた。
砕かれた腕に代わり、すぐ新しい腕が生えていく。
ジークは自分の新しい腕の調子を確かめるように伸ばし、ランベールを睨みつけた。
「……気軽にアンデッドに肉触手を撃たせられなくなったのは痛いね。お前がボクとまともに戦うつもりがなかったのはさておき、ここまでボクを追い詰めたことはさすがだね。ボクの片思いだったことに腹は立つけど、思い通りにいかないことがあるからこそ、この世界は美しい。だけど、勝つのはボクだ。それは決して揺るがないんだ」
ジークが、ゴキ、ゴキ、と肩の関節を鳴らす。
肩の付近が盛り上がったと思えば、髪のない二つ目の頭部が生えてきた。
その頭部の顔に表情はなく、まるで精巧な人形のようだった。
ドレスの腹部を突き破り、三つ目の頭部が現れる。
こちらも髪と表情がなく、男の顔なのか女の顔なのかさえもわからなかった。
二つの顔の目がランベールを睨んだ。
「驚いたかな? 自在に腕を生やせるんだから、これくらいは簡単なことだ。身体への負担とマナの消耗が激しいから、あんまり使いたい武器じゃあないんだけどね」
そのとき、ランベールの隣にエスニアが降り立った。
「武の神よ、私も力を貸そう!」
ジークが唇を噛んだ。
「だから、お前らは邪魔臭いんだよ! アンデッドの妨害でもしていろ! ボクとランベールの間に入り込んでくるんじゃあない!」
エスニア以外にも、操り人形の相手を粗方終えた王国兵団の兵達が、ランベールとジークの許へと動き始めていた。
当初のジークが操り人形でランベールの周囲を固め、一方的に攻撃していたときとは状況が正反対になっていた。
王国兵団の矢がジークを襲う。
ジークは放たれた矢を腕を展開して掴み、握り潰していく。
「奴を囲んで同時に掛かれ!」
ランベールの叫び声で、ジークに接近していた兵達が、ジークを囲むように動き出す。
そしてランベールの前進と共に、一斉に動き出した。
ジークが肩から生やした、頭部の口が開いた。
中から夥しい数の羽虫が飛び立っていく。
兵達がたじろいだその次の瞬間、ジークは腕で地面を叩いて宙へと飛び上がった。
「お前ら如きが、ボクとランベールの戦いの邪魔をするなああああっ! 格の差を教えてやる!」
ジークの身体全身から、百を超える長い腕が一気に展開された。
放たれた貫き手は、その一本一本が鎧を貫通し、地面を穿つだけの威力を持っていた。
犠牲になった兵は体中を抉られて即死していた。
「大した範囲だが、大雑把な攻撃だ!」
エスニアはジークの腕の合間を抜けて彼へと斬りかかる。
しかし、刃を手で受け止められ、そのまま首を掴んで地面へと投げ飛ばされた。
「がぁっ!」
背を打ち付けたエスニアが悲鳴を上げる。
ジークの意識がエスニアに向いたその刹那の内に、ランベールはジークの目前へと入り込んでいた。
「よくやってくれた、エスニア」
「速っ……!」
ジークは思わずそう漏らした。
ジークはランベールには常に細心の注意を払っていた。
だが、確かに一瞬前まで、大剣の間合いの遥か外側にいたはずであったのだ。
ランベールはジークの隙を突くため、敢えて間合いの外側で留まり、彼の意識に少しでも空白ができるのを待っていたのだ。
戦力の差に頼って愚直に飛び込むだけでは、ジークは恐らく対応してくるだろうと、ランベールはそう考えていた。
ジークは身体を背後に反らし、ランベールから逃れようとする。
ジークの腹部に生じた新たな顔が、大きく口を開けた。
至近距離から肉触手を放ち、一度ランベールを遠くへ吹き飛ばす狙いであった。
だが、今更間に合うわけがなかった。
ランベールは右胸から左肩へと抜けるように袈裟斬りを放った。
血肉が宙に舞う。
ジークの上半身が、臓物を垂らしながら地面へと落下した。
ランベールはジークの胸部を踏みつけ、大剣を逆手で持って彼へと刃を向けた。
「み、認められるものか! ボクの最後が、こんな幕引きだなんて! ランベールゥゥ! ボクは、お前に殺されるならばそれでいいとさえ思っていたんだ! アンデッドの相手をさせただけだというのならばまだわかる! 数で攻めて他の兵を囮にした上に、他の奴が隙を作ってくれるのをお前はただ待っていたな! お前は、お前は、お前は……!」
「貴様の趣向などに付き合っていられるか」
ランベールはジークを足で固定し、魔金鎧の重量を乗せた一撃を彼の頭部へと突き立てた。
頭に刃が突き刺さる。
「ガアア、アアアア、アアアアアアアアッ!」
ジークが口を開けて悲鳴を上げる。
「ランベール……ランベール、ランベールゥウウウ!」
最後までしつこくランベールの名前を叫び、ジークは完全にこと切れた。
その瞬間、周囲を飛び交っていた羽虫が地面に落ち、操り人形にされていた者達は肉が腐り、その場に崩れ落ちた。
王国兵団の兵達が歓声を上げる。




