第二十三話 無貌の悪意⑩
ランベールは合図と共に、大剣を手に操り人形の群れへと突っ込んでいった。
その後をついて、王国兵団の兵士達が駆ける。
ランベールが散らばらせた操り人形を、兵士達が囲んで対応に当たっていた。
ランベールは群れを突っ切り、大剣を右に、左に振るう。
彼が駆けた後の道は真っ赤に染まる。
その太い血の線によって、操り人形の群れが綺麗に二つに分断されていた。
「ランベェェェエエル! お前は、どういうつもりだ! 逃げたと思えば、王国兵団を率いているなんて! これは、ボクとお前の、正々堂々の戦いだろうが! ボクと一対一で戦えええっ!」
操り人形の群れの奥に、ジークの姿があった。
赤いドレスは破けてボロボロのままだったが、展開した腕は引っ込めているようであった。
「貴様らのような外法を駆使する魔術師と剣士では、全てが違うのだ。思想も信念も異なる。正々堂々などという言葉自体、俺とお前の間では意味を持たないものだ」
ランベールはジークへとそう返した。
己の身体と剣のみを武器に戦う剣士と、好きに己自身の肉体を改造して死体を使役して戦う死操術師。
その両者において条件を合わせて正々堂々と戦うなどという定義は曖昧である。
また、ジークはその些細な言葉の定義に固執していたが、そんなものはランベールにとっては元より意味のないものであった。
「貴様らは人間ではない。戦争の生み落とした化け物だ。人の生き死にを弄ぶことに慣れた貴様ら死操術師が、一人前に人を理解し、憧れた気になどなるな。俺はただ、王国を脅かす災厄として、できる手段を持って貴様を排除するだけだ」
「気取るんじゃあない! お前も、自分の力を試したいんだろう? 自分がどこまで戦える人間なのか、証明したくはないのか? 王国抜きにして、ボクに勝ちたいと、そう思わないのか!」
「……二百年前に、そう思えた戦いがなかったといえば嘘になる」
「そうだろう! ボクは今や、お前と戦えるこの世界に二人といない魔術師だぞ! こんな、今更しょうもない王国の兵団に頼るなんて……興覚めもいいところだ! ボクに有利過ぎたというのならば、アンデッドの数を減らしてやったってよかった! こんな無様な真似を重ねるなんて、ボクは本当にがっかりした!」
「信念のある剣士を相手にしたときは、そう考えたときもあった。貴様はただの、行き場をなくした亡霊だ」
ジークの体から、十本近い、長短様々な腕が一気に展開された。
「言っても無駄らしいということがよくわかったよ! 確かに操り人形は減らされたし、兵団に乱される以上、前のような一方的な物量に頼った戦い方もボクはできないだろう。だが、それだけだ! ボクはお前を認めていたが、それはもう取り止めだ。徹底的に破壊して、辱めてやる!」
ジークが操り人形と並走して迫ってくる。
ランベールはジークから間合いを保ったまま逃れつつ、操り人形を斬った。
「逃げ回りつつ斬れば、この場にいるボクの手駒を減らせると思ったのかな? 無駄に決まっているだろうが! 移動のために百体しか連れていなかったけど、一か所に留まっていれば、すぐに何倍もの手駒がここに集まってくるんだよ! そうなれば、お前も、あの兵団も、数で押し潰して終わりだ! もっとも、それを待つ気もないけどねぇ!」
ランベールが斬りかかったアンデッドが口を大きく開け、至近距離から肉の触手を放った。
ランベールは回避しつつ、大剣で触手を斬った。
その隙にジークが接近し、数多もの貫き手をランベールへと放った。
ランベールはその一本を一本を、確実に刃で弾いて砕いていく。
手の数が足りなくなれば、ジークのドレスを破ってまた新たな腕が伸び、ランベールへと迫っていった。
ジークの腕は底を尽きることを知らない様子であった。
また、ジークも、何本砕かれようとまるで気に留めていない。
だが、ランベールは、自分から接近することもなく、ただ無数の腕の攻撃を弾いて砕き続けていた。
「ランベール、まさかお前は、ボクの操り人形の話が、ただの威しだと思っているんじゃあないだろうねぇ? お前が王国兵団を分割して指揮していたことなんて、ボクはとっくに知っている。だが、そんなものでボクの手駒の大半を減らせたと思っているのなら、勘違いもいいところだ! つまらない時間稼ぎは止めて、とっとと仕掛けて見せてみろ!」
ジークが吠えるが、それでもランベールは距離を保ったままジークの腕を弾き続けていた。
ジークが大きく口を開いた。
口の奥から、十の対アンデッド用の羽虫が飛び立った。
「攻めなければ大きな隙を晒さずに済むと思っているのか? しょうもない考えだ。今はボクの有利な間合いであるし、時間が経てば経つほどボクの手駒は増えるんだよ! ボクに身体が乗っ取られるのが怖くて、判断が鈍ったか!」
十体の羽虫が飛び掛かってくれば、ランベールはジークの無数の腕を斬り落とすのを中断し、その場から飛び退いた。
軌道を変えて迫りくるジークの腕を大剣の刃の腹で受け、その勢いで自身を後方に弾いて更に距離を稼ぐ。
ジークとまともに打ち合いながら、羽虫の群れに対処するのはランベールとて分が悪い。
ジークは片目を大きく開き、その瞼を痙攣させていた。
彼は、ランベールの消極的な戦い方に苛立っていた。
兵を引き連れて操り人形を減らして回って手数を減らし、これで一気に攻めてくるのかと思えば、先程から近づいては離れての、中途半端な行動ばかり繰り返している。
「ランベールよ……そいつが、ジークなのか!」
操り人形を掻き分け、クロイツとその部下の三人の兵がランベールへと追い付いてきた。
「正直、どれだけ力になれるのかはわからない。だが、全力で助太刀する!」
クロイツの言葉を聞き、ジークが歯軋りを始めた。
「……どれだけ力になれるかわからないが、全力で助太刀する? あのさぁ、お前ら雑魚兵団如きが、軽々しくランベールやボクの名を口にするなよ。ぶち殺して、生首のアンデッドにして蘇らせてやろうか?」
ジークの目が、クロイツを睨み殺さんとばかりに開く。
その強い憎悪を前に、思わずクロイツはたじろいだ。
「本当につまらない戦い方ばかりとってくれるね、ランベール。ボクの前にそんな雑魚を引き連れてきても、捨て駒にもならないって教えてあげるよ」




