第二十二話 無貌の悪意⑨
ランベールはかつて共闘したクロイツを味方に引き入れ、ジークの操り人形を片付けながら戦地を駆ける。
ランベールの次の目標は剣聖エスニアを引き込むことであった。
エスニアは王国兵団の頭目でもある。
彼を引き入れれば、他の王国兵団を指揮することが容易となり、士気を上げることができる。
現在、王国兵団は王都中に散らばり、実体の掴めないジークの魔術相手に翻弄されていた。
ジークの操り人形に刃を向けるには、倫理と知識面の問題もある。
また、羽虫が魔術師の正体であることを暴けなければ、いつ突然身体が操られて化け物に作り変えられるのかもわからないまま戦い続けなければならない。
ジーク相手に明確な方針を示す指導者がいなければ、訓練された王国兵団もただの烏合の衆となってしまう。
ランベールはエスニアを捜して移動しながら、操り人形や『笛吹き悪魔』の剣士や魔術師を斬り、周囲に散った王国兵を助けて束ねていった。
元々、ランベールは戦時のレギオス王国を導いた将である。
有無を言わせず相手を従えるカリスマ性を有していた。
また、王国兵団の一部隊であるクロイツの隊がランベールに従っているため、説得にさほど時間が掛かることもなかった。
あっという間にランベールに従う兵は、三十人近い数になっていた。
エスニアは、ランベールが前回見た場所と、そう離れたところにはいなかった。
瓦礫の陰に、ひっそりと隠れるように座り込んで息を荒げていた。
鎧が破損しており、血がついていた。
「エ、エスニア様、怪我をなされたのですか!」
クロイツの部下の一人がエスニアへと駆け寄っていく。
エスニアはランベール達を見て、力なく首を振った。
「……怪我は深くない。だが、私は、もう戦えそうにない」
「な、なぜですか!」
「助けを求めていた部下を……一人、殺めてしまった。元に戻れたかも、しれなかったのに……」
エスニアが消え入るような声でそう呟く。
クロイツがエスニアへと駆け寄ろうとしたが、ランベールはそれを制し、自身から近づいた。
「ああなった以上、最早元に戻ることは不可能だ。戦ったのならば、連中の異様な生命力はわかっているだろう? もう、人間ではないのだ」
「武、武の神よ……しかし、しかし……」
「冷静に見極めよ。一見、元の人格を保っているようには見えるが、既に精神も侵されている。おかしいとは思わんかったか? 誰も彼も、ほぼ例外なく口を揃えて助けてくれと叫んでいる」
「なに……?」
ランベールの言葉に、エスニアが顔を上げる。
「あの魔術に掛かった者は、既に精神もほとんど乗っ取られている。思考力や人格が残っている振りをさせ、とにかく助けを求めさせているのだろう」
「そ、そんな馬鹿な!」
「あれは脳に入り込んだ虫が作り出す、偽りの人格だ。もう、肉体も心も、アレに乗っ取られた時点で既に死んでいるのだ」
エスニアは茫然とランベールの顔を見上げる。
「い、違和感はあったかもしれないが……しかし、なぜそう言い切れる!」
「元々、どうせ対峙する相手が平静でいられるはずがないと、そう考えているのだろう。意識して観察すれば、言葉の不自然さがどんどん浮き彫りになる。こちらの言葉の細部に対しては、パニックに陥っている振りをしてほとんど聞き流す。単に相手が戦いを挑んでくるか、そうでないかで、あのアンデッドは言葉を選んでいるのだ」
呆気に取られたままのエスニアへと、ランベールは言葉を続ける。
「この事態を引き起こした魔術師はジーク、二百年前から生き続けている男だ。あの男は、過去にも人格を残したアンデッドを造っていたことがある。だが、その際には二つの身体を用いて、アンデッドを動かすための乗っ取った思考と、元の人格を残した自我を併せ持たせていた。決して即席で、大量に造り出せるものではない」
「お、おのれ……人間を、弄びおって……」
エスニアは歯を食いしばり、地面に爪を突き立てて土を掴んだ。
「それで、これからお前はどうする?」
「ど、どうするとは、どういうことだ?」
「このまま外道の思惑に乗って地に蹲って王都が滅びるのを待つか、奴の策略に刃を向けるのか、だ。あの人間の皮を被ったアンデッドとは戦えない、というのでは連れていく意味がない。だが、このままジークを放置していれば、被害は増大する一方であろうな」
「わ、私は……」
「ジークを倒すには、王国兵団を纏め、奴の情報を共有して対処に当たる必要がある。エスニア、お前の力が必要だ」
エスニアは息を呑み、立ち上がった。
「わかった……もう、逃げはしない。王都を、この国を守るために、連中と全力で戦おう」
エスニアの協力を得たランベールは、彼と並んで兵団の指揮に当たった。
一体の操り人形に対して三人以上で当たらせ、確実にこちらの数を減らさないように、効率的に操り人形狩りを進めていく。
その中で、一部の部隊を分けて他の兵を集めさせたり、一般人への羽虫の警戒を行わせた。
討伐を行うと同時に、数を増やさせないことが重要であった。
兵の大半は、ランベールの正体を知らないがままに彼に従っていた。
ランベールの言葉には人を引き付ける魔力と、二百年前に積み上げた実績に裏打ちされた説得力があった。
人を魅了し、指揮する腕については、言わずもがなであった。
戦時においても、その点で彼の横に並べる人間はいなかったほどである。
兵達はジークの悪辣な魔術による戦いにくい相手を前に、怒りを糧にして普段以上の力を振るって打ち破っていった。
ランベールの許に集まった兵の数はのべ百人を超えていた。
もっとも部隊を分けて効率的に動かしていたため、ランベールの周囲にいるのは常に三十人前後であったが。
「武の神よ、付近の操り人形は片付いたようです。そろそろ我々も、次の場所への移動を始めましょう」
エスニアはランベールへと声を掛ける。
ランベールは首を振った。
「いや、どうやら敵の本陣が来たようだ」
「本陣? それは……」
遠くから、百近い数の王国や一般民衆、『笛吹き悪魔』の戦士の集まりが向かってきていた。
彼らが仲良く集まるはずがない。
明らかにただの人間ではなく、操り人形であった。
ジークがこれまでランベールに追いつけなかったのは、これが理由であった。
ジークは自身の武器である操り人形がいないところでは、ランベール相手に戦いを挑むことはできない。
そのため大勢を率いて動く必要があり、移動速度に難が出るのだ。
「逃げて追わせてもいいが、俺達にももう時間がないな」
ランベールは、王都へ向かってきている『魔銀の巨人』を睨んだ。
最初に姿を現した時よりもずっと大きくなっていた。
確実にジークを倒すためには、一度逃げて散らばった兵を集めてから討伐に当たるべきであった。
しかし、ジークの後には『魔銀の巨人』も控えている。
これ以上、ジークに時間を掛けるわけにもいかないのだ。
ランベールは操り人形達へ、そしてその奥に潜んでいるであろうジークへと刃を向けた。
「この戦いを終わりにする、ジークを倒すぞ。かなりの数の羽虫が紛れ込んでいるはずだ。注意して掛かれ」




