第二十一話 無貌の悪意⑧
ランベールはナイトメアに跨り、戦地を駆けた。
ジークとこのまま戦っていても勝算はないと判断したのだ。
二百年前では、十全な準備をして環境を整えた魔術師相手に、剣士が単騎で挑むのは愚策とされていた。
アンデッドや高位精霊を使役して好きに手数を補える魔術師相手に、たった一人で立ち向かうのはあまりに無謀であった。
これまでランベールは、現代においては肩を並べて戦うことのできる者がほとんどいないため、一人で戦うことを選択していた。
幸い、これまではそれでもどうにか勝利を得ることができていた。
しかし、ジークと戦う中で、ついに限界を感じていた。
ジークを倒すには、ランベールも手数を補うか、相手を準備した場所から引き剥がすかしかない。
だが、ランベールの目的は、ジークを倒して被害の拡大を抑え、『魔銀の巨人』の討伐に向かうことであった。
ジークの牙が、本格的にランベールから王国兵団や一般民衆に向けば、どれだけの被害が出るかわかったものではなかった。
それにランベールがジークから逃げ切ることができても、『魔銀の巨人』の許に先回りされるだけだということはわかっていた。
故に、操り人形の数が薄いところまでジークを誘導するという策は、現実的ではなかった。
必然的に考えは、もう一つの方法、手数を補う方へと限定された。
ナイトメアの速さによって、ジークを引き剥がすことはできていた。
この間に兵力を集め、ジークの操り人形を徹底的に減らす必要があった。
現状、ランベールはジークの堅牢な陣を突破できずにいた。
叩くのは操り人形を減らし、守りが薄くなったその後である。
どうしても遠回りになってしまうので『魔銀の巨人』に間に合うかは賭けであったが、まずはジークを倒さなければ事態は好転しない。
ランベールが移動していると、操り人形と化した一般民衆を斬り殺している王国兵の部隊が見えた。
人数は十一名であった。
ジークのアンデッドは元々の自我を残している。
懸命に助けてくれと訴えている民衆を相手に、容赦なく戦っている。
この平穏な時代で、あれだけ非情な選択をこの場で取れる部隊は貴重であった。
総指揮であるエスニアでさえ、操り人形となった部下を殺せずに躊躇っていたのだ。
ランベールはナイトメアを彼らの許へと走らせた。
まずは彼らを見極める必要があった。
この時代に、アンデッドにされた民衆を手に掛けることができるのである。
信念のある剣士ならばよいが、ただの卑劣漢であっては困る。
「手を緩めるな! もう、この者達は手遅れなのだ! 早くせねば、王都は落ちるぞ! 我々だけでもなんとか戦うのだ!」
部隊の長が声を張り上げて叫んでいた。
口許の露出した魔銀の兜にレイピアと、見覚えのある人物であった。
ランベールは通り過ぎざまに大剣を振るい、彼らと交戦している操り人形を三人纏めて斬り殺した。
この場にいた他の操り人形は彼らが片付けたらしく、それが最後の三人であった。
ナイトメアがその場で翻り、足で大地を踏み締めて止まった。
ランベールの登場によって、その場に警戒が走った。
状況からして手を貸しに来たと判断されてもおかしくはない登場ではあったのだが、如何せん頭のないナイトメアの外見の衝撃が大きすぎたのだ。
また、王国の剣士達を苦戦させる操り人形を一蹴した強大な力に対する恐れもあった。
「あ、新手か! 化け物め!」
部隊長の男は、ランベールへとレイピアの先端を向ける。
それから思い出したように、びくりと身体を震わせた。
「もしや、ラガール子爵の領地で顔を合わせた鎧の剣士……?」
部隊長の男、クロイツがそう零した。
彼はラガール子爵の領地にてランベールと共闘した王国兵であった。
クロイツには、残忍な魔術師に家族を殺された過去があり、以来その手の外法の魔術を調べて追っていたのだ。
加えてランベールと共にテトムブルクの地下研究所に潜入した際に、散々地獄を目にしていた。
故に知識と経験があり、ジークの悪意に刃を向けることができていたのだ。
信頼に足る相手であった。
「久しいな、クロイツ」
ランベールがナイトメアを降りる。
ランベールとクロイツの様子に、その場の兵士達の緊張も和らいでいった。
「そ、その馬は、一体……そのような化け物が、人に懐くとは……」
ランベールは兜を掴み、外して見せた。
マナを纏った頭蓋が露になり、再びその場に警戒が強まった。
「な、なんだその姿は! まさか、お前もアンデッドだったとは!」
クロイツがランベールへとレイピアを向ける。
だが、レイピアは震えていた。
クロイツはランベールの圧倒的な力を知っていたし、何よりも生身の彼の放つ気迫の前に脅えがあった。
「聞け、俺の名はランベール・ドラクロワ。かつて八国統一戦争の中、レギオス王国を導いた四魔将の一人にして、その果てに叛意を疑われて命を落とした大罪人である」
「ラ、ランベールだと……?」
「二百年の年月を経て、俺はこの王国に蘇った。全てが過去の物になったこの国で、俺は数奇な後日譚を送っていた。王国の今を眺めて旅を続ける中、いつ己が未練と役目を果たし、本当の意味で死に至るのか、それに頭を悩ませていた」
ランベールが大剣を鞘へと戻す。
クロイツ達はランベールの放つオーラの前に自然と構えていた武器を下げ、彼の発する言葉に聞き入っていた。
「その答えがついにわかった。今だ。俺は今日、歴史の者となった亡霊共に引導を渡し、この王都を守るために蘇ったのだ。俺はローラウル王国の残党の成れの果てである『笛吹き悪魔』を倒し、この王国を八国統一戦争の残火より開放する。外法により死に際を見誤った哀れな亡霊共も、恐らくはそれを望んでいる」
本来は有り得ない宣言であった。
信じる考慮にも値しない。
己が二百年前、戦争を導き、最後に暗殺された伝説の将軍であるなどと。
だが、彼の神域の剣技が、大義を成した者にのみ宿るオーラが、その戯言としか思えない自称に真実味を持たせていた。
「な、なぜ、王国のために戦う……? ランベールは、王国に刃を向けて命を落としたと……」
「今は俺の死に際など、そのような些事はどうでもよかろう。今この場で、王国が悪しき者に、力によって乗っ取られようとしているのだ。それよりも、二百年前の話が大事なのか?」
ランベールの言葉の前に、クロイツは黙った。
「俺だけでは、ローラウル王国の魔術師、ジークを討つことは敵わない。奴は、自身の認識下にあるアンデッドを自身の手足のように自在に操ることができる。手数が圧倒的に足りないのだ」
ランベールは兜を被りながら言葉を続ける。
「奴のアンデッドを減らした上で、奴らのアンデッドの気を引いてジークに隙を作ってほしい。それから、あの『魔銀の巨人』を止めるのにも手を貸してほしい。できるか、クロイツ?」
「わ、私達に、そんなことができるのか……? 伝説の剣士が敵わなかった敵を倒すのに、力を貸すなど……」
「それを判断するのは俺ではない。お前達だ」
クロイツは息を呑み、部下達へと目を向けた。
「ク、クロイツ様……やりましょう! 正直、俺も頭が追い付いていません……。ですが、このままでは王都はお終いです!」
部下の言葉に、クロイツは小さく頷いた。
「わ、わかった……鎧の剣士、いや、ランベールよ! かつてレギオス王国を八国統一戦争の戦勝国へと導いた戦神だというのであれば、今は私達を導いてくれ!」




