第二十話 無貌の悪意⑦
「ほらほら、ほらほらほら、ほらほらほらほらほらほら! そんなんじゃないよねぇ? 早く抵抗して見せてよねぇねぇ!」
ジークは腕の塊でランベールを押さえつけて、その圧倒的な手数を活かして一方的な攻撃を行っていた。
ジークの貫き手は、名剣の刃の一撃にも匹敵していた。
ランベールの魔金鎧から無数の金属音が響く。
ランベールは鎧の関節部の隙間を埋めるため、身体を丸めてただ連撃に堪えていた。
「ニャハハハハハハ! 堪えてるだけじゃ状況は変わらないだろぉ! 早く反撃しなよ!」
ジークの貫き手の一発が、ランベールの左腕を弾いて地面へと叩きつけた。
ついに、無防備に関節部が開かれる。
「片腕もらっていくよぉ!」
ジークがその隙を見逃すはずもなかった。
鋭い貫き手が放たれる。
その瞬間、これまで守りに徹していたランベールが、右腕で大剣を一直線に突き出した。
刃は腕の合間を潜り抜け、ジークの腹部を突いて後方へと弾き飛ばした。
ジークの腹部に大穴が開き、血液が流れ出る。
側頭部から地面へと打ち付けそうになったが、腕が先に地面を押さえ、身体を上手く回して姿勢を整えた。
「ニャハハハ、ボクの不意を突くために守りに徹して、攻勢を誘ってわざと隙を晒したのか。ボクがちょっと、引っ掛かりやすすぎるのかな。頭に血を昇らせるのはほどほどにしないとね、フフフ」
ジークは三本の腕を用いてドレスを雑に引っ張り、口から溢れる血を拭う。
「ボクは嬉しいよランベール。お前は追い込めば追い込むほどに輝きを見せてくれる。だからきっと、この愚民の群れの攻撃にも耐えてくれるよね?」
ジークが目を細め、口端を吊り上げる。
既にランベールが恐れていた、一般民衆の操り人形の群れがすぐ近くまで迫ってきていた。
今後は肉触手や肉の爆弾が、これまで以上に容赦なく放たれることになる。
「さぁ、盛り上がっていこうかい!」
ジークが自身の首を押さえ、複数の腕の指で口を大きく広げた。
喉の奥からまた追加の三つ目の羽虫が溢れていく。
羽虫と共に、ジークが向かってくる。
ランベールがジークに注意を向けた瞬間、背後より三発の肉触手が放たれた。
同時に、二発の肉の爆弾が破裂する。
存分に手数の利を活かしてランベールを追い詰めに掛かっていた。
肉爆弾と羽虫の合わせ技は本当に厄介であった。
ランベールは小さな影に細心の注意を払いつつ、血肉による視界潰しから逃れる。
一本の肉触手を大剣で深く斬って動きを止め、逆側から向かってきたジークの腕の束を足で蹴り飛ばして防いだ。
二本目の肉触手が、ランベールの背を突き飛ばした。
来るのはわかっていたが、完全に手詰まりで対応しきれなくなっていた。
明確に手数の差が出ている。
もはや、こうなればランベールがジークの無数の腕を掻い潜って本体にダメージを与えることは不可能であった。
ランベールは王都へと前進している『魔銀の巨人』を見上げた。
「間に合わぬかもしれんな……」
ジークは想定以上の強敵であった。
彼の戦術は、急いて崩せるものでは決してなかった。
四方八方から操り人形が迫り来る。
そのどれが、次の瞬間に肉触手を放ってくるのか、わかったものではない。
「どうするぅうう、ランベール! まだ、まだ終わらないよねぇ? お前の全てを、ボクにっ、このボクに見せてくれよおおっ!」
ジークが迫ってくる。
ランベールは背後へと跳んで彼から距離を取り、大剣を最大まで引いてから、刃を傾けた。
大剣の軌道に、刃の腹を向けている。
「ニャハハハハ! 面白いね、一体何を企んでいるのかな」
そのまま力強く振るう。
巻き込まれた操り人形が弾き飛ばされていく。
大剣の刃の腹が、一体の操り人形の背に直撃した。
操り人形がジーク目掛けて飛来していく。
ジークは向かってくる操り人形を、三本の腕の貫き手で貫いた。
「今更こんなことしたって、何の意味もないだろう? お願いだよ、ランベール、ボクをがっかりさせないでおくれ」
ジークは三本の腕を別の方向へと広げ、操り人形の身体をバラバラにした。
肉塊がボトボトと地面へ落ちていく。
その隙に、ランベールはジークへ背を向けて逃走していた。
「…………ランベール?」
ジークは一瞬何が起こったのかわからず、ただその場でぼうっと立ってランベールの背を眺めていた。
ランベールはジークを完全に無視し、逃げながら操り人形の数を減らしていく。
だが、どうにも動き回って減らすことが目的というよりも、明らかに逃げることが目的のようであった。
操り人形の多いところではなく、明らかにジークから離れられる方向を選んで走っている。
「ふざけるんじゃあない! お前はそれでも四魔将か! 八国統一戦争を制したレギオス王国最強の騎士が、笑わせるなぁ! ボクを、ボクを裏切るなぁ!」
ジークは愛らしく象った顔にいくつもの深い青筋を浮かべ、怒声を上げた。
「敵を前に、悪を前に、逃げ惑う騎士がいるか!? このときを、戦いを、ボクがどれだけ心待ちにしていたと思っている! お前は、お前はボクを馬鹿にしているのか! 正々堂々と戦ええっ! 使命を果たせ、ボクは、ボクは、お前に失望したぞランベェェエエルッ!」
ジークが辺りの地面を無数の腕で穿った。
だが、ランベールはまるで見向きもしない。
「ナイトメアよ!」
ランベールが叫び声を上げる。
どこからともなく現れた頭のない大柄の黒馬が、ランベールと並んで並走する。
ランベールは黒馬に飛び乗り、そのままジークからどんどんと逃げていく。
その様子を見て、どんどんとジークの顔に浮かぶ青筋が深さを増していく。
怒りのために興奮し、体中の刃傷からの流血が激しくなっていた。
「今更逃げられると思っているのか! 追い詰めて、この世のあらゆる苦痛を味合わせ、お前の尊厳を破壊し尽くしてくれる!」
ジークもランベールの後を追い始めた。




