第十七話 無貌の悪意④
ランベールは周囲の操り人形を蹴り飛ばし、再びジークへの接近を試みる。
ジークは逃げるようなことはしなかったが、操り人形の群れを盾に、ランベールから間合いを保ち続ける。
「ほらほら、ほらほらほら、ランベール、早く追いかけてきなよぉ! あの巨人が王都に入り込む前に、このボクをなんとかするんだろう、ねぇ? もっとも、お前一人が出向いたくらいじゃ、どうにもならないと思うけれどね」
ジークが笑いながら口にする。
『魔銀の巨人』は王都のすぐ近くまで迫って来ていた。
近づけば近づいてくるほど、その圧倒的な大きさを感じさせられる。
あの銀塊の巨人が一日暴れれば、それだけで王都は廃墟と化すだろう。
ランベールにも、本当にあの巨人を止められるのか、その自信はなかった。
しかし、だからといって諦めるわけにはいかない。
このまま事が進めば、『笛吹き悪魔』は本当に恐怖による国の支配を完遂してしまう。
国の上層部が表立って禁魔術を使う国など、ランベールも聞いたことがなかった。
確かに八国統一戦争時代にも、散々人の理に反する魔術が用いられていた。
だが、それらの多くは民衆に対して伏せられており、研究もひっそりと進められていた。
その上で、各自は最低限の線引きを行って行使していた。
レギオス王国でも、線引きを敢えて踏み越えたドーミリオネは、優秀ではあったがランベールが始末することになったくらいだ。
しかし、『笛吹き悪魔』はこれまで、手段を一切選ばない非道な魔術で、堂々とレギオス王国内を荒らして回っている。
今更建前も何もあったものではない。
彼らがこのまま力によってレギオス王国を牛耳れば、レギオス王国は地獄へと変り果てることは想像に難くなかった。
「貴様らは、なんとしてでも止める!」
ランベールは操り人形を打ち倒しながらジークを追う。
虫によってジークの操り人形と化した人間は、肉体への反動を一切考慮しない膂力を振るうことができる。
動きもジークが指揮しているらしく、的確にランベールの隙を突こうとしてくる。
だが、操り人形を倒すこと自体は、ランベールにはさほど難しくない。
自我を残されているが故の怨嗟や悲鳴も、八国統一戦争を乗り越えてきたランベールにとっては耐えられないものではなかった。
問題は、肉の触手と肉の爆発による目潰し、そしてアンデッドの自我を乗っ取る羽虫であった。
肉の触手は伸びるのが速く、斬撃に対する高い耐性を有する。
肉の爆発も、予備動作から爆発までが速い。
巻き込まれれば、そこを羽虫に突かれる恐れがあった。
急がなければならない状態ではあるが、焦って動いて勝てる相手ではない。
ジークは持てる駒を最大限に活かし、ランベールを追い込みに来ていた。
ランベールは一人の操り人形をジーク目掛けて蹴り飛ばした。
ジークは退き、複数の手で掴んで防いだ。
ランベールは大回りして追ってきていた操り人形を振り切り、ジークへと距離を詰める。
追ってくる動きが、やや単調になっていた。
ジークの意識が分散したため、操り人形の動きの精度に粗が出たのだ。
ランベールは続けて、操り人形から奪った長剣をジークへと投げ飛ばした。
ジークは掴んだ操り人形を盾にして受け止めたが、貫通して彼本体の胴体へと突き刺さった。
ジークの口許から血が垂れ始めた。
ジークは不機嫌そうに目を細める。
複数の関節を持つ長い腕が、突き刺さった刃を引き抜いた。
その後、肉盾にした操り人形を地面へと叩き付ける。
「飛び道具はないと油断していたよ」
腹部からどくどくと血が流れ出ていたが、ジークが動じている様子は一切なかった。
どころか、肉薄するランベールに対して笑みさえ浮かべて見せる。
「もう少し間合いをとってジリジリとやった方が安全ではあるのだろうけど、そろそろお前に、ボクのこの肉体の力を見せてやりたいと思っていたところだよ」
ジークがぐぐっと幼い身体で背伸びをして見せる。
「聞いておくれよ、ランベール。ボクは幼少からね、強いアンデッドや戦術を編み出すのが大好きだったんだ。でも、すぐにそれは虚しいことになってしまったね。ボクはあまりにも天才だったから、その研究の成果を出し切るに相応しい舞台が来なかったのさ」
ジークはランベールを目前に、ぺらぺらと話し始める。
ランベールはそれを無視して横薙ぎに大剣を放った。
ジークの奇妙な腕が折り畳まれて重なり、その側面で大剣を受け止めた。
「ボクは周囲から疎まれていたからまともに活躍する機会は得られなかったし、そうこうしている間にローラウルは滅んでしまった。その後に『笛吹き悪魔』に招かれたけど、結局そこでも厄介者扱いをされていたんだ」
ジークの腕が折れ、赤黒い血が漏れて激しく痙攣する。
明らかに生身と違い強固ではあったが、ランベールの一撃を受けて無傷で済むわけがなかった。
ジークはそれを、片目だけでちらりと確認していた。
「だからね、ランベール。一度ボクを追い込んだお前には、本当に期待しているんだよ。ボクの全てをぶつけられる相手なんて、この平和ボケした国ではもう現れないだろうからね」
刃に切断されたジークの腕が、地面へと落ちていく。
それでもジークは顔色を変えない。
ジークがくいと顎を少し上げると、ドレスの胸部を突き破り、新たに二本の腕が現れた。
これらも関節の複数ある奇怪なものだった。
二本の腕は、豪速でランベール目掛けて伸びていく。
ランベールは大剣の刃の腹で受け止め、勢いを利用して下がり、間合いを取った。
ジークの腕は厄介な武器であった。
リーチが長く、動きが精密であり、頑強で速度もある。
何より変則的な上に、あまりに手数が多すぎる。
ジークの腕は元のものを合わせて合計九本であったが、最大で何本になるのが底が見えなかった。
ジークの長い一本の腕が関節を曲げ、己の頭を指差した。
「そんなものかい? 二百年寝ていたお前とボクじゃ、差が付きすぎたのか? わかっていると思うけど、ボクの弱点はここだよ、ここ、ここ。しょっぱい騙し討ちなんかしないから、もっと全力で狙いに来なよ。もっと、もっとボクを追い込んでくれ」




