第十六話 無貌の悪意③
操り人形の集団と交戦中のランベールへと、ジークが腕を前足のように地へと着け、這いながら向かってくる。
ふざけた動きではあるものの、常人よりも遥かに速い。
一流の魔術師ほど常識は通用しない。
八国統一戦争で多くの魔術師を相手にして、ランベールが得た真理であった。
ジークが何を仕掛けてくるのが想像もつかなかった。
ジークは二本の長い腕で地面を弾き、人の群れを飛び越えてランベールへと飛び掛かってきた。
ランベールは彼を警戒し、大剣を宙へと向ける。
そのとき、ランベールの左右に立つ二人の操り人形が口を大きく開いた。
顎が外れ、頬が裂けて血が流れる。
人の頭ほどの大きさに肥大化させられた巨大な舌が、ランベールを挟み撃ちにして射出された。
ランベールは右の舌を大剣で斬り飛ばし、続けて左の舌を狙った。
だが、左の舌の肉塊に大剣が半分ほどめり込んだところで、刃が止まった。
そのまま舌が蠢き、大剣に絡み始める。
「ニャハハハハハ! お前に合わせた、対重量剣仕様だよ! 頑強さは勿論、切断に強く、衝撃を分散させる。片方斬れたのはお見事だけど、お前ならそのくらいやってくれると信じていたよ」
大剣の封じられたランベールへと、ジークが飛び掛かってくる。
「舐めてくれるなよ」
ランベールは、肉塊に絡め取られた刃を強引に振り回した。
肉の鞭伝いに操り人形が宙を舞い、ジークを左側から打ち抜いた。
だが、その間際に、ジークの左側から赤いドレスを突き破り、新たに三本の腕が生えてきて操り人形を受け流した。
三本の腕は、各々に不均一な数の関節を持っていた。
ランベールは大剣を地面へと振るい、刃に纏わりつく肉塊を叩き切った。
ジークがふわりと、ランベールの目前に着地する。
「ニャハハハハ! そうだよ、それでこそ、さすがランベールだね。それくらいはやってもらわなくちゃ」
「……離れて戦う手段があるにも拘わらず、自ら剣士の間合い近くまで飛び込んでくるとは」
「あんなのだけで、お前を倒せるとは思っていないからさ。アンデッドはボクの武器であり、手足だよ。一方的に減らされる前に、こっちから仕掛けて潰さないとね」
ジークがぺろりと舌舐めずりをした。
「それに、お人形ごっこだけで終わらせちゃうなんて、退屈じゃないか。ボク達の仲だろう? お前はボクが、直接地獄を見せてあげるよぉ」
ランベールはジークが言い終わる前に、大剣を構えて彼へと直進した。
周囲の操り人形達が、ランベールを囲むように動き出す。
「せっかちだなぁ、フフフ、そんなにボクが恋しかったのかな?」
ジークが口を開けた。
口の中から羽虫が五体飛び立った。
沼のような色をした、三つの目玉を持つ奇怪な姿の虫であった。
「こんなので簡単に終わってくれないでおくれよ? お前を信用しているから、ボクはこれを使うんだ。もしもお前が対応できないと思っていたら、ボクはこんなつまらない手を使ったりしないで、ちゃんと手を抜いてあげていただろうからさ」
これまで凶悪な魔術師を何人も相手にしてきたランベールには、この虫の正体におおよその見当がついていた。
恐らく、意思を残したままジークの操り人形にするための疑似生命体である。
「それが、操り人形の元凶か……」
「そう、ボクの生み出した羽虫が肉を喰い破って脳を犯し、その肉体をボクの手足として改造するわけだよ」
ジークがぺらぺらと得意気に語る。
隠すことでもないと、そう考えているようであった。
自分の技術によほどの自信があるらしく、ブラフの余地さえなさそうであった。
思い上がった魔術師によく見られる傾向であったが、ジークは特にそれが極端であった。
「もっとも、これは特別製だよ。アンデッドの頭蓋に巣食って、マナを好きに搔き乱すことができる。要するに、ボクが、お前のために用意しておいてやったんだよ! 嬉しいかな?」
羽虫達はランベールの方へ飛んできていたようだが、無論すぐに見失うことになった。
操り人形の集団が動き回っているこの場で、五体の羽虫を追い続けるなど不可能であった。
「ああ、これが間に合っていれば、弱小だったローラウル王国も、もうちょっと戦えたと思うんだけどなぁ。いつだって、どいつもこいつも、ボクを過小評価して、蔑ろにするんだ。今回だって、お前が暴れて『笛吹き悪魔』の数を減らしてくれないと、ボクは厄介者扱いされて、地下牢に閉じ込められたままだったくらいだよ。だから、本当にボクはお前に感謝してるんだよ、ランベール」
ジークはいくつもの腕で童女の顔を押さえ、そう口にした。
悲劇の主人公振ってはいたが、その原因が彼の悪辣さにあることは容易に想像がついた。
手段を選ばない禁魔術組織の『笛吹き悪魔』であっても、ジークの存在だけは許容できなかったらしい。
ランベールは操り人形達を斬り伏せながら動き、ジークをついに刃の間合いへと捉えた。
ジークは薄ら笑いを浮かべながら、ただ棒立ちでランベールを眺めている。
ジークがあの奇妙な複数の腕で防御に出ることはわかっていた。
他の防御手段があるにせよ、ジークが簡単に致命打を受けてくれるとは思えない。
ランベールは最速で攻撃できる刺突を選択した。
多くの魔術師にとっても弱点となるジークの頭部を狙い、刃を突き出した。
「にーくばーくだーん!」
ランベールの背後の操り人形が急激に膨張し、臓器や肉片を周囲へ撒き散らした。
その衝撃は、魔金の塊であるランベールを吹き飛ばすことができるほどのものではなかった。
しかし、ランベールはジークへの攻撃を中断し、地面を蹴ってその場から大きく離れた。
そして身を翻しながら大剣の刃を宙に振るった。
刃が、ジークの羽虫を潰した。
羽と、緑の体液が舞った。
操り人形の肉体を破裂させてランベールの隙を作り、その間に羽虫を嗾けるのがジークの目的だったのだ。
ランベールも視界を潰され、音を掻き消された中で、小さな羽虫に対応できる自信はなかった。
「さすがボクのランベールだよ。ちゃんと退いてくれなかったらどうしようかと、実はちょっとだけ心配していたんだ。だけど、不要だったね」
ジークが心底嬉しそうにそう口にした。




