第十五話 無貌の悪意②
ランベールは襲い来る兵達を押し退け、斬り伏せ、ジークを目指して走った。
「助けてくれぇっ! やめてくれ! 俺は、俺は、操られているだけなんだ! 何か……何か、解除する手段があるはずだ!」
王国兵がそう叫びながら、ランベールへと斬り掛かってくる。
彼の刃も鎧も、既に返り血で真っ赤であった。
既に何人か仲間を殺めているのだ。
ランベールはその頭を大剣の一撃で砕いた。
血と拉げた脳が散らばり、王国兵はその場に膝を突いた。
「……許せ、お前達はもう手遅れだ」
ランベールは襲い掛かってきた兵が崩れたのを確認してから、周囲へと目をやった。
どうやら、周りの兵の全員がアンデッドというわけではない様子であった。
ジークの操り人形と、懸命に交戦している王国兵達もいた。
だが、彼らも自身の身を守るのが辛うじてという様子であり、既に心は折れているようだった。
生気のない顔で剣を受け、やがて操り人形の猛攻に敗れて斬られ、落命している。
無理もない。
さっきまで味方だった者が、懸命に弁解をしながら襲い掛かってくるのだ。
あっさりと斬り殺すことのできる者など、そう多くいるわけがない。
「外道め……」
斬り殺された者が起き上がる様子はない。
ジークの操り人形となる条件をランベールは掴みかねていた。
操り人形にされた者もジークの指示を受けるまでは普通の人間らしく戦っているだけなので区別がつきにくい。
そのため、どの瞬間から操り人形となるのかが掴めないのだ。
ジークに近づいていく内、王国兵と『笛吹き悪魔』のアンデッドらしき三人と戦っている、長髪の男が目についた。
剣聖エスニアである。
鮮やかな剣技で相手を翻弄しているが、決定打が打てずに追い詰められつつあった。
「殺せ! そいつらはもう、人間ではない!」
「私には、私にはできぬ……」
ランベールの呼び掛けに、エスニアは呟くように、悲壮気にそう返した。
「できないではない! やれ! 貴様が動けねば、この場の王国兵が崩れるのだぞ!」
戦地はジークの奇怪な魔術によってすっかり乱されていた。
今なお戦いながら、何が起こっているのかさえまともに把握できていない兵も多い。
何が起きているのかを何となく理解しながらも、どうすればよいのかわからず、ただ狼狽えている兵もいる。
王国兵団の頭目であるエスニアが彼らに方向性を示さねば、この現状は絶対に変えることができない。
辛い決断でも、厳しい戦況でも、上に立つ者が引っ張れば、下の者達はそれを信じて戦うことができる。
そのことを元四魔将のランベールはよく知っていた。
しかし、エスニアがそれができなければ、無意味に被害が増える一方なのだ。
「だが、だが……!」
エスニアは、真っ青な顔のまま、ただ防戦を続けるのみであった。
エスニアは王国兵団の総指揮である。
並みの兵士より胆力においても勝っている自信があった。
単にアンデッドにされた仲間であれば、介錯することもできていただろう。
しかし、ジークの操り人形はそうではない。
本人の人格や顔、姿をそのままに、自分の意のままに動く、首を刎ねられても死ねない怪物に作り替えるのだ。
これまでエスニアの見てきた死操術師は、死体を操ったり、死体でゴーレムを造ったりするような連中ばかりであった。
八国統一戦争という地獄の中で生まれた本物の死操術師を、エスニアは目にしたことがなかったのだ。
そして、よりによってエスニアの初めて目にした本物の死操術師が、その中でも最悪の類のジークであったことは、彼にとって不幸なことであった。
ランベールは小さく首を振った。
ジークのような残忍な相手とまともに戦う意志を見せることのできる人間は、レギオス王国にはゼベダイ枢機卿の抱えていた異端審問会くらいであったのだ。
しかし、彼らは義を成すためではなく、ただゼベダイの復讐と怨念のために生まれた組織であった。
故に、ランベールは放置していれば彼らがいずれ国を滅ぼすと判断し、異端審問会の破滅を見過ごしたのだ。
だが、今は彼らの存在が惜しくもあった。
「ニャハハハハハハハ! 余所見をしている場合かなぁ! ほらほら、本気で行くけど、あっさり潰れないでくれよぉ!」
ジークがランベールへと指先を向ける。
周りにいる、操り人形にされていた兵達が、一斉にランベールへと動き始めた。
四方八方から迫る操り人形に対し、ランベールは一分の隙も見せずに大剣を振るい続けた。
無論、情も見せない。
泣きつかれようが、悲鳴を上げられようが、ランベールは淡々と頭を狙って刃を放った。
「ああ、酷い、ひっどぉおい! 痛い痛い、痛い痛い痛いって聞こえるよぉ! ランベール、お前は案外冷酷なんだね! なんでそんなことができるんだ! ボクは失望したよ! 人でなし!」
ジークは白々しく一通りそう貶した後、ペロリと舌を出して首を傾げた。
「まあ、人間じゃなくてアンデッドだもんね」
ランベールはジークヘと近づこうとしたが、背後から潰れた呻き声が聞こえて振り返った。
頭部を潰したというのに、ジークに強化された生命力によってまだ生きながらえている者がいたのか。
ランベールは止めを刺すため、振り返って刃を振り下ろした。
放置していても敵にはならないし、いずれ死ぬのはわかっていた。
だが、それでも、最低限自分にできることとして、苦痛が少なく殺してやらなければならないと考えていた。
そのランベールの隙を突いて、操り人形達が押し寄せていく。
ランベールは防ぎ、躱し、反撃に出ていたが、腕に刃の一撃をまともに受けた。
ランベールは、刃を受けた籠手で相手の刃を弾き飛ばす。
「さっきから平常を装っているけれど、ダメだねぇ、動揺しまくりじゃないか。今の、最初から籠手で刃で受けようとしていたわけじゃないよね。誤魔化そうとしたって無駄だよ。がっかりだなぁ、折角の二百年振りの再会なのに、そんなのじゃあすぐに終わっちゃうよ」
ジークが失望したように顔を押さえた後、指の隙間から邪悪な笑みをランベールへと向けた。
「ああ、そっか、そっかぁ、簡単なことだったよ。お前をボクの人形にしちゃえばいいのか。そうすればボクは、もっと好きに改造して強化したランベールと、ずぅっと、ずぅぅぅぅぅっと遊んでいられるもんねぇ」
ジークは四本の腕を各々に曲げて関節を鳴らした後、口の下を涎で濡らし、ランベールへと駆けてきた。
「ニャハハハハ! お預けはこのくらいにしようか! ランベール、お前を甚振るのは、別にこの場じゃなくったっていいんだもんねぇ! お前のために、ボクがどれだけ強くなったのか、見せてあげるよぉ!」




