第十四話 無貌の悪意①
ランベールはバルティアの黒魔鋼鎧の残骸へと目を向けた。
恐らく、この鎧の残骸はただの残骸である。
バルティアは既に逃げてしまった。
ランベールはバルティア攻略の糸口を未だに見つけられずにいた。
腕を落としても、生き埋めになっても、頭と心臓を斬っても駄目だったのだ。
このまま現れては一方的に戦地に被害を与え、ランベールを拘束すると考えては、堪ったものではなかった。
バルティア自身は、もうランベールの前に姿を現すつもりはないようであった。
だが、『笛吹き悪魔』を追い詰めていけばいずれまた顔を合わせることになるはずである。
しかし、今はバルティアのことばかり考えている猶予はない。
遠方から『魔銀の巨人』が、王都ヘイレスクへと向かってきている。
この場にも『笛吹き悪魔』の戦力が入り込んで暴れている。
そして彼らの中心として、ランベールと戦ったことのあるローラウル王国の死操術師、ジークがいる。
まずはこの二つの難題を片付ける必要がある。
ランベールは『笛吹き悪魔』の剣士や魔術師、アンデッドを打ち倒し、ジークへと目指して突き進んだ。
ジークの足止めは、王国兵団の総指揮、剣聖エスニアへと頼んでいた。
だが、八国統一戦争から生き続けている怪人の相手を現レギオス王国の兵士に投げるのは、酷なことであった。
「どこだ! 出てくるがいい! ジーク・カーネイジ!」
そのとき、周囲で戦っていた王国兵と『笛吹き悪魔』の剣士が、一斉にランベールへと刃を向けて襲い掛かってきた。
何事か理解が遅れ、ランベールは退きながら防御に徹した。
だが、それが過ちであった。
警戒していなかったところから、唐突に息の揃った襲撃を受けたのだ。
王国兵もいるため殺してはならないと自身に枷を課したことで、相手の攻撃を捌き損ねることになった。
死角から放たれた刃の一撃が、ランベールの首を殴りつけた。
それは王国兵であった。
ランベールは首を引いて関節部の隙を締めつつ、威力を受け流すことには成功した。
だが、それでも打撃は響いていた。
足を振り上げて斬りかかってきた王国兵を蹴飛ばし、周囲を警戒する。
近くにこの異様な事態の元凶がいるはずであった。
「ニャハハハハハ! 相変わらず、鈍いなあ。こんな手に掛かるのは、四魔将の中ではお前くらいなんじゃないかな?」
声の方では、真っ赤なドレスの童女が、ランベールを笑っていた。
ジークである。
周囲の者達が血を流して戦う中、一人だけその中心で平然と立っていた。
他の者には見えていないかのように、誰も彼の存在を気に留めないのだ。
「ジーク……!」
ランベールの蹴飛ばした王国兵が起き上がり、再びランベールへと斬りかかってきた。
ランベールは刃で防ぎつつ、相手を睨みつけた。
「ち、違う……身体が、身体が、勝手に動くんだ……助けてくれ……」
兵士が弁解するようにそう口にした。
また周囲からも、表情を欠いた者達が各々の武器でランベールへと襲い掛かってくる。
ランベールは後退しながら、彼らの武器を大剣で捌いた。
「ジ、ジーク様! 俺に掛けた魔術を解いてくだされ! ジーク様ァ! なぜ、なぜ忠誠を誓った俺に、こんな仕打ちを!」
斧を持った大柄の男が、そう叫びながらランベールへと向かってくる。
ランベールは大剣の一閃を放ち、男の身体を上下に切断した。
二つに分けられた身体が、血塗れになりながら地を転がる。
「敵味方問わず、身体の自由を奪っているのか……悪趣味な」
ランベールはそう零した。
おまけに身体の自由を奪われた者同士は息の合った連携を可能とし、元々の身体能力の限界を超えた動きができるようであった。
ランベールはジークを睨む。
ランベールへと斬りかかってきた者達も、ランベールが来るまでは普通に交戦していた者ばかりだった。
恐らく、偽装のためにそういう動きを演じていたのだ。
今ジークの周りにも、ジークを無視しながら戦っている者達がいる。
あの大半は、既に身体を乗っ取られているのではなかろうか。
「助けてくれぇ……痛ぇ、痛ぇんだよぉ……どうして俺は、こんなに痛いのに生きているんだ?」
地より、声が聞こえてきた。
ランベールが斬った男が、地面を這いながら彼へと向かってきていた。
強引に進んでいるため、手は血塗れになり、彼が移動した跡には血溜まりの道ができている。
そうまでして、まだ手にはしっかりと斧を握っていた。
ランベールは大剣を突き出し、彼の頭を穿った。
脳漿が飛び散り、男はようやく動きを止めた。
ランベールは、今の男の動きを見てようやく気が付いた。
操られている、というよりはそう作り替えられているという方が正しい。
彼らは既に、ジークの意のままに動くアンデッドなのだ。
過去にジークと戦った時と同じであった。
ジークは、自我を残したまま自由を縛るアンデッドを造ることができるのである。
だが、二百年前と違うのは、それを即席で可能にしたことであった。
ランベールは刃を振り、付着した肉と脳を払った。
「ジーク……貴様は、どれだけ人間を弄べば気が済む!」
「当然、ボクの気が済むまでだよ。それはボクだって知らないさ。止めたいのなら、とっとと力づくで来なよ。ボクは、お前とももっと遊んでみたかったんだ」
ジークはそう言って、小さな口で指を咥えて笑って見せる。
「ボクは、お前が、お前の心が折れるのを見たい、見たい、見たい、見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい! 二百年前、お前に敗れた時から、ずぅぅぅっと、ずぅぅぅぅぅぅっと、それが見たくて見たくて仕方なかったんだ!」
ジークが腕を大きく振るい、口から涎を垂れ流しながらそう言い放った。
「それまでずぅっとボクが求めていた道楽は、研究は、全部色褪せたものになってしまった! 見てくれよぉ、ランベール、なぁ、この身体ぁ! お前に勝てるように、頑張って頑張って弄ったんだよ!」
ジークのドレスの肩を突き破り、二本の長い腕が現れた。
関節の数が、右は四つ、左は五つあった。
「なのにお前は! 馬鹿げた政争に敗れて死んだって言うじゃないか! お前が、お前が幸せの絶頂にいるときに、もう全てが終わったと安心しきっているときに、王女諸共ぶっ殺してやるって決めてたのに、ボクを置いて死ぬなんて、なんて酷い奴なんだ! ああ、でもこうしてまたボクの前に出てきてくれたから、全部許してあげるよ」
「悪趣味な変態め」
ランベールの言葉に、ジークが笑う。
「お前ならとっくに知っているだろう? そんな言葉、死操術師には貶し言葉にも、誉め言葉にもならないんだよ。ボク達は、忌み嫌われ慣れているからね」




