第十三話 悪夢の襲撃④
「この剣ではどうだ!」
バルティアがランベールの腕を狙い、大剣を振り下ろす。
だが、やはりその先にランベールはいなかった。
バルティアが大剣を振り下ろしたそこへ、ランベールの大剣が叩き込まれる。
バルティアは素早く退いたが、胸部に一撃を受けた。
黒魔鋼が砕け、すぐに修復するように蠢く。
散った血は、すぐに気化して赤い霧となる。
「四魔将最強、これほどか……。クク、これが、真っ先に地図から姿を消した国の将と、最後まで残った国の将の違いというわけか」
バルティアが苦し気にそう零した。
頭を割っても黒魔鋼で補強して身体や命を繋ぎ、生き埋めになっても蘇る魔人も、身体が傷つけばそれだけ行動に支障が出るようであった。
バルティアが完全な状態で復活する条件は、どうやら黒魔鋼による延命とは別のところにあるようであった。
「妙な言い方をする。貴様らは、この国をローラウル王国として乗っ取ろうとしているのだろう」
ランベールはバルティアへと刃を向け、そう言った。
大将軍バルティア、『傀儡師』のデウベルク家、そして王都ヘイレスクの襲撃に来た死操術師ジークは、全員元々はローラウル王国の人間なのだ。
『笛吹き悪魔』の重要人物が揃いも揃ってローラウル王国の人間なのだから、ランベールは『笛吹き悪魔』をローラウル王国の残党として見做していた。
「貴様が一番わかっているはずだ。我々は八国統一戦争の亡霊であって、最早それ以上でもそれ以下でもない」
「なに……?」
「生者の野望と死者の妄執は別物だ。だから我は、バルティアにあらずと言ったのだ」
「貴様らは、何を企んで……」
そのとき、遠くから悲鳴が上がった。
「なんだアレは!」
「巨人だ! もうこの国はお終いだ!」
ランベールも周囲へ目をやり、悲鳴の原因を探した。
それはすぐに見つかった。
さすがのランベールも、それを見て言葉を失った。
「なんというものを……」
百ヘイン(約百メートル)を軽く超える、巨人の像であった。
細かい模様の入った鎧を纏っている造形になっている。
そしてその全身は、魔銀の輝きに覆われている。
手には巨大な剣を抱えていた。
まだ遠いが、一歩一歩この王都ヘイレスクへと向かってきていた。
「我らの王が来られたか。ここでの小競り合いなど、ただの演出のようなものよ。ランベール、貴様にも『魔銀の巨人』は止められまい。あの像が、これからこの国を永遠に支配する象徴となるのだ」
膨大な魔銀の量であった。
パーシリス伯爵の領地で集められていた魔銀の正体が、あの巨人であることは間違いなかった。
「パーシリス伯爵はよくやってくれた。自死を選んで貴様を自領から追い出すことで、『魔銀の巨人』を隠し通してくれたのだ。あの領地には、魔獣を理由に一般冒険者が立ち入りできない森があったであろう? 奥地でアレを造らせていたのだ。二百年掛けて、魔銀を集め続けてな」
バルティアが得意気に語った。
『魔銀の巨人』の規模は、人間が個人で対処できる規模を超越していた。
最高位精霊と肩を並べる戦闘力を有した、超大型人造巨人である。
「どうだ? 八国統一戦争であっても、こんな兵器を造りあげた国はなかった。外法により魔人となった我々の永き命と、貴様らレギオス王国が八つの国を束ねてくれたおかげで可能となったのだ。当時はここまで裕福な王国も、魔銀もなかったからな!」
ランベールはバルティアへと斬りかかった。
バルティアはそれを受け止める。
「貴様とジークをとっとと殺して、あの巨人を壊しに行く」
「不可能だな、ランベール! あの『魔銀の巨人』と斬り合って見るつもりか?」
ランベールは大剣に体重を乗せて弾いて相手の体勢を崩し、素早く次の刃を振り下ろしてバルティアの籠手を狙った。
バルティアは辛うじて防ぐも、力負けして刃の上から籠手を叩かれた。
「ぐっ!」
バルティアの左腕の籠手が砕け、手首の骨が折れた。
バルティアは右腕で大剣を振り乱し、ランベールを退かせようとした。
だがランベールはそれを的確に防ぎ、距離を取らない。
「貴様如きに、これ以上時間を掛けていられんのだ!」
ランベールの刃が、バルティアの黒鎧を砕く。
左籠手に続き、左肩を、右膝を、そして腹部を穿った。
黒魔鋼が素早く変形し、砕けた鎧と、骨や肉体を継ぎ接ぎしていく。
だが、強引に身体を繋げているだけに過ぎない。
バルティアは身体に刃を受けるごとに、明らかに身体が鈍くなっていた。
「今の身体では、限界か。だが、せめて貴様に、一打入れるまでは……」
バルティアが構えを変え、ランベールへと突撃してくる。
ランベールはバルティアの大剣を、自身の大剣の腹で横へ弾き、彼の胸部に大剣を突き立てた。
バルティアの全身が痙攣する。
黒魔鋼に覆われている彼の顔が、白眼を剥いた。
バルティアから大量の赤い霧が昇る。
だが、そのとき、ランベールの大剣にバルティアの黒鎧の黒魔鋼が変形して絡みつき始めた。
「貴様に、一打入れるまでは……!」
バルティアの白眼が赤く染まる。
止まったかに思えたバルティアの腕が動き出し、ランベールの身体を狙った。
ランベールはバルティアの胸部に突き刺した大剣を、上へと引き上げた。
黒鎧とバルティアの身体を突き進んで刃が昇り、彼の頭部をも左右に引き裂いた。
さすがのバルティアも動きが止まった。
彼の身体が赤い霧となり、気化して消えていく。
左右に裂けた口が僅かに蠢く。
「む、無念……結局一度も、貴様に敵わなかったとは。もう、貴様と顔を合わせることはないだろう。我と貴様の戦いは、貴様の勝ちだ。だが、この国は我々のものになる……」
ランベールは縦に抜けた大剣を、今度は横に振るった。
胸部の高さで黒鎧が横一列に切断され、バラバラになった鎧の残骸が辺りに散った。
血と肉が辺りに飛び散ったが、それらもどんどん赤い霧となって消えていく。
後には二百年前のバルティアの話と同様に、空っぽの鎧だけが残っていた。
「ここまでしても、奴は死なんというのか……」
ランベールはそう呟いた。
これまで、何があっても平然と復活していた男である。
バルティア自身、自分はまだ死なないと、そう言いたげな様子であった。




