第十二話 悪夢の襲撃③
ランベールは黒鎧との斬り合いを続けていた。
何度も大剣同士が激しくぶつかり、戦地に轟音を響かせていた。
『笛吹き悪魔』の戦士と国の兵が入り乱れて衝突する中、ランベールと黒鎧の周囲は誰も近づけない死地と化していた。
周りの戦いとは明らかに格が違っていた。
無様に飛び込めば、次の瞬間には身体が叩き斬られることを誰もが理解していた。
ランベールの大剣を、黒鎧は背後の石段に跳び乗って回避する。
続けざまに振るったランベールの大剣を同じ手段で躱す。
上に立った黒鎧は、上段から勢いをつけて大剣を振り下ろす。
ランベールはそれを大剣で受け止め、その力を利用して腕を引き、即座に反撃に出る。
だが、その先に既に黒鎧の姿はなかった。
黒鎧はランベールの動きを読み、一手先に横へと移動していた。
黒鎧が素早い刺突を放つ。
ランベールは石段を蹴って背後へ逃れたが、軽く胸部を突かれていた。
全身に衝撃が走る。
石段の下に落とされ、膝を突いた。
「魔金に助けられたな、ランベール。並の鎧であれば、ここで決着はついていた」
石段の上に立つ黒鎧が、ランベールを見下ろす。
「ようやく貴様の剣も見えてきたぞ、ランベール。我はこの忌まわしき身体故に、長時間の戦いにおける読みに長けているのだ。しかし、この我がここまでしなければ対等に戦うことさえできなかった剣士など、初めてだ。貴様は我にとって、間違いなく最大の敵であった」
黒鎧が石段から跳び、大剣を振り下ろす。
受け止めたランベールの足が、衝撃で地面へとめり込んだ。
次の瞬間には黒鎧は、上方、下方と素早く大剣を操ってランベールを攻め立てる。
これまで守りに入っていた黒鎧が一転して攻勢に出てきた。
「このままだらだらと長引かせて勝利してもよいが、我も元は正当な騎士。最低限の情けとして、真っ向から戦ってやろうではないか!」
互いの大剣がぶつかり、刃の競り合いになった。
ランベールは刃を勢いよく弾いて背後に跳び、反動で大剣を振り上げて即座に攻撃に出ようとした。
だが、それより先に黒鎧が斬り込んでくる。
ランベールは咄嗟に刃で防ぐも、押され、肩に大剣の一撃を受けた。
ランベールは背後に下がりながら、大剣を下げた。
「肩に響いたか? 貴様ほどの実力者だ。ここまで剣の技量で圧されたのは、四魔将となって初めてのことではあるまいか」
ランベールは何も言い返さず、ただ大剣を中段に構え直す。
「先の二打を、最小限の威力で受け流したのはさすがだ。だが、それだけだ。次はない、通ることが分かった以上、深く打ち込む」
ランベールが前に出る。
その一瞬早く、黒鎧が先に動いた。
まるで未来が見えているかのような動きであった。
黒鎧には、ランベールの次の動きが見えていた。
だから黒鎧は、ランベールが出てくるはずの位置に向けて大剣を振るった。
兜を取りにいく一撃だった。
魔金の鎧とて、大剣の一撃をまともに受ければ中の者は無事では済まない。
ましてや頭部である。
アンデッドとなったランベールも、その弱点はマナの集中している頭蓋となる。
打ち砕かれればそこまでである。
黒鎧の大剣はランベールの兜を掠めていた。
代わりに、ランベールの大剣が黒鎧の兜へと迫っていた。
「な、なぜ、そこに……」
「急いたな、『血霧の騎士』よ」
ランベールは淡々と告げる。
黒鎧は地面を両足で蹴り、刃から逃れようとした。
足を浮かせることで、頭部に受ける衝撃を軽減する目論見もあった。
大剣の刃が、黒鎧の兜へ直撃した。
黒魔鋼が砕け、黒鎧の身体が石段へと叩き込まれる。
強固なはずの石段は、まるで土を水で固めて造ったかのように容易く砕け散った。
周囲から歓声が上がった。
決着がついたと、そう誰もが思ったのだ。
だが、ランベールは素早く砂煙の舞う中へと、大剣を構えて飛び込んでいった。
勢いの乗った一撃。
しかし、煙の中から放たれた刃に妨げられる。
「……我が読み合いに持ち込むと踏んで、敢えて剣術の型を誤認させたな。その上で貴様は、この我の大剣を何度も鎧で軽く受けるように誘導したのだ」
土煙が晴れる。
砕けた兜から、割れた頭の男が顔を覗かせていた。
鋭い三白眼に、深く皺の刻まれている壮年の男だった。
尖った鼻に大きな口は、オーガを思わせる風貌であった。
頭からは血は流れておらず、代わりに赤い霧のように気化している。
そして砕けた兜の黒魔鋼が蠢き、兜を修復しながらも、頭の傷を埋めるように入り込んでいた。
「全てはそう、守りの堅い我の頭に、確実に一撃を叩き込むための策であったのだな。腕や脚を取っても、我相手では意味が薄いと踏んだか。認めよう。四魔将、ランベール・ドラクロワ。貴様は、読み合いでさえもこの我の上を行く」
大剣を競り合いながら、黒鎧はそう口にした。
「……よもや、この世の生き物ではないな。頭が割られても、貴様は動けるというのか」
互いに同時に大剣を弾き、距離を取った。
「肖像でしか目にしたことがなかったが、その風貌に、その鎧、異質さ。やはり貴様は、ローラウル王国の大将軍バルティアか」
ランベールは黒鎧、バルティアへとそう言った。
八国統一戦争に消えた国の一つ、ローラウル王国。
かの国の将軍であったバルティアは、最後の戦いにおいて一人で幾百の兵を相手取り、最期には刺客より首を落とされたのだという。
だが、その鎧の中は、何も入っていなかったと、そう言われていた。
ローラウル王国とレギオス王国が直接ぶつかった争いは、ランベールの代ではそう多くはない。
それもどれも、大きな争いではなかった。
消えたバルティア将軍は与太話の類であると、二百年前もレギオス王国ではそう言われていた。
だが、幾度となく姿を消しては五体満足で舞い戻る『血霧の騎士』に、ランベールはバルティアの伝説に通じるところがあると、そう考えていた。
「ローラウル王国滅亡を前に、今の怪人へと身を落としていたようであるな」
「バルティアなど、とうに捨てた名だ! 今の我は、レギオス王国を恐怖によって支配する魔人、『笛吹き悪魔』の『血霧の騎士』である!」
バルティアが大剣を激しく振るう。
一層苛烈に攻めに出てきていた。




