第二十三話 地下迷宮の主⑨
ランベールは通路を駆け抜けて大剣を振りかざし、床へと突き立てた。
全身に力を込めて、アンデッドの瘴気を垂れ流しにする。
「お、おっさん、何を……ひっ!?」
ランベールがロイドを目で牽制する。
ランベールに睨まれたロイドはアンデッドの瘴気を強烈に感じ、ぞわりと大きな化け物に背中を舐められたかのような悪寒を覚えて剣を手から落とし、その場で腰を抜かした。
ロイド同様にランベールに近づこうとしていたフィオナも、びくりと身体を震わせて足を止める。
ばしゃんと、三つの音が響く。
同時に、ランベールを囲んだ三方向から三体の黒いスライムが現れた。
ランベールの瘴気に充てられて興奮し、飛び出してきたのだ。
無論、ランベールがアンデッドの特性である生体感知によって黒いスライムが潜伏している気配を感じ取り、誘き出したのである。
「さ、三体いる!? 囲まれています、ランベールさん! 死角に一体!」
「うおおおおおおっ!」
高速で飛び交う黒いスライムを、ランベールがそれ以上の速さで切断する。
大剣を振るって巻き起こった暴風が他のスライムの動きを阻害し、鈍ったところへと容赦なく次の斬撃を加える。
勝負自体はたったの二秒であった。
だが、その間にランベールが大剣を振るった回数は、軽く十回以上にも及んでいた。
「きゃあっ!」
あまりの衝撃に、距離を置いていたフィオナ達が悲鳴を上げながらその場に伏せた。
暴風が落ち着いてから、ばらばらになったスライムの核が辺りの壁に飛び散った。
「ふむ……目が慣れてきたな。しかし、少々過剰反応しすぎたか。核の位置もだいたいわかってきたし……次は五振りもあれば充分か」
「……そ、そうですか」
「すまないなフィオナ、水を飛ばし過ぎた。衣服が濡れただろう」
「お、お気になさらず……」
「一応、俺とリリーにも水飛んだんだけどな……あ、いや、謝れってわけじゃねぇんだけど!」
ロイドはぼそりと言った後、慌てて手を前に出して首を振った。
単純にロイドは疑問だったのだ。
なぜランベールが、フィオナだけを気遣ったのか。
「…………」
ランベールも言われて初めてそのことに気が付いたが、答えはすぐに出た。
フィオナの外見がオーレリアと似ていたからに他ならない。
「ふむ、悪かったな、ロイド、リリー」
「あ、い、いや、マジで気にしなくていいんだけど……。おっさん、アンタ……本当に何者なんだ」
「言ったであろう。君主を裏切って殺されたランベールだと」
ランベールはロイドの言葉をそう返し、通路を先へと進んだ。
ロイドはしばしランベールの背を眺めてぼうっとしていたが、リリーに頭を杖で軽く小突かれ、慌てて歩き始めた。
ロイドは『精霊の黄昏』のギルドマスター、ジェルマンの言葉を思い出して、溜め息を吐いた。
ジェルマンはランベールに、本物と比べられて失笑を買わんようにしろよと言っていたが、この男の剣の腕を笑う者が世界のどこかにいるとはとても思えなかった。
「……本物より強いんじゃないのかアンタ」
やがて通路が終わり、階段下と同じ大部屋へと出た。
ランベールが輝石にマナを送り込み、部屋内を照らす。
この大部屋に繋がっている通路は、どうやら来た道だけのようであった。
何もないが、ただ広いだけのところだとは思えない。
ランベールは数歩進んでから、フィオナ達が付いてくるのを腕を伸ばして止めた。
「妙な気配を感じる。少し、まずいかもしれん。いつ出てくることやら」
「で、でもランベールのおっさんなら……」
「…………」
ランベールは無言で首を振った。
「お前達の安全を確保する余裕はないかもしれん。少し後ろへ……」
そう言ったところで、ランベールは通路の後方からこちらに来る五人組を感知した。
「そっちから五人、盗賊が来ているようだが……退いてそいつらと鉢合わせするのと、魔物がいつ動くかわからんここで迎え討つのと、どっちがいい? 悪いが俺は、奥にいる奴から気を逸らすつもりにはなれん」
フィオナ、ロイド、リリーは三人で顔を合わせた後、ゆっくりと頷いた。
「こっちに残ります……」
迷わず三人一致の答えであった。
地下四階層を突き進める追い剥ぎに襲われては、まともに太刀打ちできるとはとても思えない。
それならば、ランベールの傍にいた方が、どう考えても安全である。
「そうか。ならばもう少し、俺の近くまで来ておけ。ただし、例の魔物が出てきたら……どうにかしてここを離れろ」
「そ、そんなに危ない奴がいるのかよ、おっさん」
「奴の、とっておきだろう。研究所を守る、最後の番というわけか。昔はこんな化け物は使われてはいなかったはずだ。ならばやはり、何らかの後継者がいると見るべきか……」
「な、何の話なんだ?」
ランベールはロイドの問いには答えず、大剣を構えてやや前へと出て、どっしりと腰を落とした。
そのまま数分ほどランベールは構えていたが、魔物が飛び出してくる様子はない。
「おっさん、魔物は来ないんじゃ……」
ロイドが声を掛けたとき、通路の方から足音が響いてきた。
「貴様が鎧の男か。会いたかったぞ」
最初に姿を現したのは、腕に鉤爪のグローブを付けた大男である。
真っ赤な剛毛は、もみあげと髭が繋がっており、ライオンのようであった。
魔物のような獰猛な目でランベールを見据えて、クックと喉の奥で笑う。
白い服に、赤のマント。
フォーマルな『魔金の竜』の制服を、やや乱して身に着けていた。
その後に四人の男女が続く。
皆、一様に『魔金の竜』の制服を身に纏っており、その中には先日ランベールに敗退したクレイドルの姿もあった。
「ず、ずっと追いかけてきていたのは、まさか、貴方方なのですか!?」
フィオナの言葉に、猛獣のような男――『魔金の竜』のギルドマスターであるタイタンが、口端を吊り上げた。
「いかにも。そうだ、オレ様だ。どうやら貴様らは、随分と伯爵様の機嫌を損ねたらしい。そこでオレ様が動かされたというわけだ。オレ様としてはそれよりも、貴様の方に興味があるのだがな、鎧の男」
ランベールが上げていた大剣をやや下げて、タイタンへと振り返った。
「おっと、逃げられるなんて考えない方がいいよ。この迷宮には、僕達以外にも『魔金の竜』のメンバー総勢五十人が足を運んでいる」
クレイドルが一歩前に出てタイタンに並び、包帯だらけの顔で笑う。
「この前、僕の言った意味がわかるかい? 僕は忠告してあげたよね? 僕と敵対することの意味が、わかっているのか、と」
クレイドルはランベールへと憎悪の篭った目を向けてから、ニマリと口元を歪ませて続ける。
「こういうことだよ。僕達に敵対するということは、この街の最大大手ギルド『魔金の竜』全体を敵に回すということ。もっと言えば……この都市アインザス全土を敵にする、ということさ。その覚悟が君にあったかな?」
ランベールは大部屋をぐるりと見回した。
(上手く、魔物の気配が掴めん……。仕方ない、今はこいつらが先だな)
そう考えて首を固定し、タイタン達へと一歩近づいた。
「俺が引き付ける。お前達はどうにか通路まで逃げ込め」
ランベールは魔物を警戒してのことだったのだが、クレイドルはそれを最後にフィオナ達を行き止まりから逃がすための発言だと捉え、気をよくして鼻を膨らませた。
「果たして、そう簡単に行くかな? ね、タイタン様」
「随分と下に見られたものだな。鎧……貴様は、オレ様一人の獲物だ。他の奴らには一切手出しはさせん。おい、お前達は、他の冒険者を血祭りにしてやれ」
「はっ!」
四人のタイタンの部下がそれぞれに分かれ、通路の前を陣取った。
タイタンは戸惑うフィオナ達を横目で見て鼻で笑い、それからランベールへと向き直って舌舐めずりをした。
「戦闘のハナはタイマンだろう? 無粋なこと考えるんじゃねぇよ、なぁ。楽しもうぜぇ?」




