第十話 悪夢の襲撃①
「ま、まさか、エスニア様が敗れたというのか? ずっとエスニア様が一方的に仕掛けていたはずなのに、なぜ……?」
「エ、エスニア様、しっかり!」
部下の兵達がエスニアへと駆け寄っていく。
エスニアはランベールに頭を下げたまま動かない。
「この御仁が、ただの人間であるわけがない。神霊の類になった英雄グリフが、我らをお救いになるために降臨なされたのだ!」
「エスニア様、正気に戻ってください!」
部下がエスニアの身体を揺さぶる。
だが、エスニアは彼らの言葉に聞く耳を持たなかった。
エスニアの部下の兵達は、皆ランベールの動きは疎か、エスニアの動きもまともに追えていない者が大半であった。
両者の目線や剣技の精緻さ、駆け引きなど、当然理解できるはずもない。
強者は強者を知る。
人は、自分より遥か上に立つ者がどれほどの高みにいるのかを知ることはできないのだ。
エスニアは現レギオス王国一の剣の腕を持つ。
加えて彼は相手の剣技を見切り、動きを読むことに長けた剣士であった。
部下達よりも詳細に、ランベールの剣の技量がどれほどの高みにあるのかを知ることができていた。
故に、この心酔振りであった。
この異様な光景を前に、式典に集まった観衆達は皆状況を理解できず、ただ茫然としていた。
ランベールとエスニアの戦いを見て避難した者もいたが、相手が一人であり、王族を守るための警備の兵が集まっていたため、それも少数であった。
他の兵たちも、今からでもランベールと交戦するべきなのか、判断しあぐねていた。
ランベールは大剣を背の鞘へと戻し、王レイニデルへと目を向ける。
「戦意はない。ただ、忠告に参ったまで。陛下達はすぐに避難を。『笛吹き悪魔』がいつ王都に襲撃を仕掛けてくるのかわからぬ状況である」
「そなたが只者ではなく、確かな意志を以てこの場に訪れたことは間違いなさそうであるな」
レイニデルが顎に手を当て、思案しながらそう呟いた。
一人の兵がランベールの前へと飛び出し、彼へと刃を向けた。
「おっ、王の御前であるぞ! せめてその兜を取って、顔を晒すがよい!」
ランベールは背の大剣を再び手に構えた。
エスニアを相手にしたときとは違い、自ら攻めに出る構えであった。
先程までにはなかった殺気が彼から立ち込めていた。
兵はびくりと身体を震わせた。
エスニアとの戦いを見て、この鎧剣士は殺しに来ることはないのではないか、という考えが頭にあったからだ。
だが、兵は歯を食いしばり、腕の震えを気力で止めた。
「あ、相手がいくら強大であろうとも、我ら王国兵団は屈したりはせぬぞ! 来い!」
ランベールは左手に大剣を握り、兵へと一気に間合いを詰めた。
兵は慌てて剣を振るう。
だが、間に合わない。
素早く伸ばされたランベールの籠手に、派手に突き飛ばされることになった。
直後、兵が立っていた場所のすぐ近くに、黒鎧を纏う大男が立っていた。
黒鎧が大剣を振るう。
ランベールもそれを大剣で受け止めた。
鋭い金属音が響く。
失われたローラウル王国の技術。
錬成金属、黒魔鋼の黒鎧を纏う不死の怪人。
『笛吹き悪魔』の八賢者が一人『血霧の騎士』であった。
「この場に出てくると思っていた。やはり、どこまでも我らの邪魔をするのだな、ランベール。だが、それもこれで最後だ」
「ああ、貴様らが下賤な野望のために暗躍するのは、今日限りだ。『笛吹き悪魔』は潰えるのだからな」
黒鎧の口許から、フッと微かに笑うような息が漏れた。
「ほざいていろ! 聖都と暗黒街での借りを返してくれるわ!」
互いの巨刃が激しく打ち合う。
三打互いの刃を鳴らした後、刃の押し合いとなった。
両者の中間で互いの刃がぶつかったまま、どちらも譲らない。
「力比べでは我に分があると踏んだのだが、互角とはな……!」
第二の闖入者に、一層と式典の場は混乱に包まれていた。
『血霧の騎士』の穏やかでない様子に怯え、急いでこの場から離れようとする者に溢れ、押し合い、悲鳴が飛び交う。
「貴様のことは聞いているぞ『血霧の騎士』。王国各地で殺戮を繰り返す、黒き怪人よ!」
エスニアが黒鎧へと飛び掛かった。
黒鎧は刃を押し弾いて後方へ逃れてランベールから距離を置き、エスニアへと蹴りを放った。
エスニアは刃の頭を手で押さえて剣で受けたが、軽々と六へイン(約六メートル)は吹き飛ばされた。
土煙が晴れれば、座り込んだ姿勢のまま剣を構えるエスニアの姿があった。
「……立て続けにこの様な猛者が現れるとは。陛下よ、我らは少々訓練不足であったかもしれません」
上手く受け身を取り無傷ではあったものの、エスニアは自身と『血霧の騎士』の差を痛感していた。
片手間に軽々と対処されたのだ。
『血霧の騎士』は聖都ハインスティア以外にも、ランベールが関与しなかった王国の重要都市への攻撃に参加したことがあった。
そのためエスニアも『血霧の騎士』の存在は知っていたし、凄まじい剣の使い手であることも聞いていた。
だが、これほど強大だとは想定していなかった。
「無粋であるぞ剣聖。安心せよ、貴様らを相手取る雑魚は用意してやった」
黒鎧の言葉と同時に、観衆達の方から悲鳴と血が舞った。
ランベールは思わずそちらへ顔を向けた。
人の群れの中で刃が振るわれ、炎の柱が上がっていた。
式典の観衆の中に『笛吹き悪魔』の手先が紛れ込んでいたのだ。
「ニャハハハハハハハハ! 命令違反を行ったボクを解放してくれるだなんて、本当に王様には感謝しかないよぉぉぉっ!」
観衆の中から、不気味な幼い笑い声が響く。
『血霧の騎士』が尻目に声の方を確認して鼻で笑った。
「……ジークめ、もう動いたのか」
「ジークだと!?」
ランベールが黒鎧の呟きに反応した。
「まさか、ローラウル王国の死操術師、ジーク・カーネイジだというのか!」
「口が滑ったか。今は元初代八賢者、『無貌の悪意』であったな」
黒鎧はランベールの反応を楽しんでいるかのように笑った。




