第七話 王都への来訪⑤
「王国兵団の姿があまり見えぬな。物騒な事件が、レギオス王国内で続いているのだろう? 祝祭の警備はいないのか?」
ランベールはフィオナへとそう尋ねた。
ランベールとて演劇の話に関心がないわけではなかった。
生前より浮ついた行事は苦手であったが、自分や当時の周囲の人間達が演劇の題材になっているのは興味深かった。
だが、今はあまりその手の世間話に時間を割いている猶予はない。
『笛吹き悪魔』の戦いの道具にされているらしきグリフの姿を、既にこの王都で目にしているのだ。
「王城前で式典が行われるそうです。恐らく、そちらの準備や警備に人が向かっているのではないかと」
フィオナはランベールの言葉を聞き、街の人通りへと目を向けながらそう言った。
「王城前で、式典……?」
嫌な予感がした。
八国統一戦争の式典である。
王家の人間も顔を出すに決まっている。
支配には二つの方法がある。
一つは恐怖による力任せの支配であり、もう一つはこの相手にならば従っても良い、従った方が利があると思わせる支配である。
八国統一戦争時代には、レギオス王国は後者を目指していた。
残虐な手段は徹底的に忌避され、騙し討ちのような真似もほとんど行わなかった。
一般人を傷つけることを徹底して避けた。
だが、それでも潰しきれなかった汚点はあった。
手段を選んではいられない場面というのは存在する。
そういった必要悪は、歴史の闇にひっそりと隠された。
戦争の功労者ではあったもののランベールが暗殺することになったドーミリオネがそうであるし、危険を排するために権力者に利用されないためにランベールがグリフに暗殺されたこともその一つであった。
平和のために、体面というのはそれだけ重要なものであった。
何せ八つの国を束ねるのだ。
戦争の間に深い怨みを買えば、相手は自分に利がないと悟っていても王国に刃を向けるだろう。
だが、『笛吹き悪魔』は正反対の手段を選んでいた。
彼らは明かに、恐怖による力任せの支配を望んでいる。
『笛吹き悪魔』は禁忌に手に染め、過剰な虐殺を好む。
望んで従おうとする民などいるはずがない。
或いは、それを可能とするための二百年であったのだろうと、ランベールはそう考えていた。
纏まりのなかった八つの国は一つに束ねられた。
各王国の残党も、危険な技術も、長い年月の中で消えていった。
皆が戦争を忘れた現代であるからこそ、圧倒的な力による恐怖の支配も現実味を帯びていた。
『笛吹き悪魔』が虐殺を好むのは、逆らった者には容赦しない、ということをレギオス王国の民に刷り込み続けるためのものであったのだろう。
だとすれば、王族と民衆が一か所に揃う式典は、彼らの演出にとって絶好の舞台であるはずだった。
「どうしたのですか、騎士様?」
黙りこくったランベールに対し、フィオナが不安げに尋ねる。
「既に、人は集まっているのか?」
「え、ええ、そうですね」
フィオナは時計台へと目を向ける。
「私も向かうつもりであったのですが、つい長話をしてしまいましたね。始まりには、少し間に合わないかもしれません」
フィオナがぺろりと、控え目に舌を出した。
ランベールは籠手を強く握った。
魔金鎧の男を目にした時点で、連中が仕掛けてくるまでに猶予がないことに勘付くべきであったのだ。
「騎士様……?」
「よく聞け、フィオナ。この地で虐殺が始まるかもしれぬ。今すぐにここを離れよ。最早、どれだけの猶予があるのか、わかったものではない」
「な、何を言っているのですか」
「『笛吹き悪魔』の魔術師が既に王都に入り込んでいる。連中は、式典に合わせて仕掛けてくるつもりだ!」
ランベールはそれだけ言って、フィオナを置き去りに駆け出した。
「きっ、騎士様!」
フィオナがランベールを呼ぶ。
だが、ランベールが止まらないと知れば、すぐに後を追いかけてきた。
「待ってください! 騎士様の言うことであれば、出鱈目ではないのだと思います。しかし、私とて一介の冒険者です。王都の危機とあれば、自分だけ逃げ出すわけにはいきません!」
ランベールはフィオナを小さく振り返ったが、駆ける速度は緩めなかった。
人通りの多い街路を、人を押し除け、花壇を踏み荒らして疾走する。
「邪魔だ! 退け!」
形振り構っている猶予は既に許されていなかった。
ランベールの異様な様子を目に、街の人達は彼を避けて道を作るようになっていた。
時折、悲鳴や怒声が上がる。
何らまともな準備をすることもできずに、こうした余裕のない状況に陥ってしまったのは運が悪かったのか。
はたまた『笛吹き悪魔』が動き出す寸前に動向を読めたことは運が良かったのか。
王城は遠くからでも見えていたため、迷うことはなかった。
だが、王城近くまできたところで、視界が人の集まりで覆い隠されていた。
見覚えのある、魔銀の軽装鎧が目に付いた。
ラガール子爵領で顔を合わせた王国兵団の連中が身につけていたものと同じだ。
警備のために設置された衛兵だろう。
彼らはランベールを警戒し、何事かと睨んでいた。
「式典を中止し、避難誘導と警戒を始めよ! 既にこの王都ヘイレスクには、『笛吹き悪魔』の魔術師が紛れ込んでいる」
ランベールが大声で叫ぶ。
周囲の人達に騒めきが走った。
顔を青くした衛兵達が、民衆を強引に押し退けながらランベールの元へと向かってきた。
「お、お前は何を言っている! その言葉、ただの悪戯では済まされんぞ!」
「冗談でこのような戯言を吐くものか。この日に『笛吹き悪魔』の襲撃があるかもしれんと、お前達は聞かされているのではないのか?」
ランベールにそう返された衛兵達が、青くした顔を合わせていた。
現代の王族とて、ある程度は『笛吹き悪魔』の動向を掴んでいたはずである。
今まで彼らの引き起こしてきた事件の多くに居合わせてきたランベールよりも情報量は少ないはずであるが、それでも万全を期した彼らがこの祝祭に合わせて仕掛けてくる可能性は充分に考えていたはずだ。
「お、王国兵団の関係者なのか?」
「そんなことはどうでもよい。時間が惜しいのだ」
「そういうわけにもいかない。知っていることは吐いてもらう。中止するかどうかは、お前の話を聞き、調査に当たり、裏付けが取れたその後だ」
衛兵の言葉も当然である。
彼一人に式典を中止にさせる権限はない。
一人の突拍子もない話に従って中断させられるほど、式典は軽くはない。
この場で武器を振り回そうかと思案するが、それは余計な混乱を招く。
警戒を促すことはできるであろうが、あまりに下策であった。




