第五話 王都への来訪③
ランベールは周囲の目を気にせず、乱暴に王都を駆ける。
走り回る金属鎧の巨漢に対し、悲鳴を上げてその場から離れる者もいた。
だが、『笛吹き悪魔』の手先が既にこの王都に潜んでいる、というのは大問題である。
それに、仮にあの魔金鎧の主がグリフのアンデッドであるならば、現代の王都の兵がいくら掛かったとしても敵うわけがない。
ランベールは四魔将最強とされていたが、二百年前の戦いを制したのは結局グリフであったのだ。
ランベールとて、純粋な剣の技量であればグリフに劣っているつもりはない。
だが、戦地とは常に何が起こるのかわからないものであり、些細なその何かで勝敗がひっくり返る程には、ランベールとグリフの実力は拮抗していた。
大きな動きを見せる前に、ランベールの手で再び葬る必要があった。
現地の兵に戦わせていい相手ではない。
本物のグリフの力を完全に有しているならば、これまで戦ってきた八賢者よりも遥かに強力な敵であった。
それにランベール自身、本当にグリフであるならば、必ず自分が決着をつけてやると、そう考えていた。
グリフは国を守るため共に戦った、最大の戦友である。
国に仇を成すアンデッドとして甦らされたのであれば、ランベールには彼を再び殺してやる義理があった。
そしてグリフは、ランベールの親友であると同時に、彼を崖に落として八国統一戦争における最大の英雄の名を手に入れた、裏切り者でもある。
ランベールは、自分の死はレギオス王国に綻びを作らないため必要なものであったのだと、そう自身に言い聞かせてきた。
だが、元々ランベールに強い未練がなければ、アンデッドとして蘇生されることはなかったのだ。
それが平和になったレギオス王国が見たかっただけだとするのは、あまりに稚拙な言い訳であった。
「グリフッ! どこにいる、グリフ!」
ランベールは叫んだ。
何事かと、周囲の人達が恐々とランベールへ目を向け、避けていく。
そうして掃けた人並みの狭間に、見覚えのある、みすぼらしい格好の女がいた。
汚れ、破けた衣服を纏い、欠けた薄汚れた王冠を頭に乗せている。
傷だらけの細長い指で、自身のくすんだ金髪を掻き毟っている。
その隣に、それは立っていた。
ランベールと同じく、四魔将の魔金鎧を纏った剣士。
ないはずの心臓が、激しく鼓動を打つ錯覚を覚える。
魂が、このとうに朽ち果てた身体を支えるマナが震える。
「二百年前の、八国統一を祝うお祭り、ですって。ここに、私の騎士様がいることも知らずに、ね」
「ソの、よウで……」
「貴方がここ、滅茶苦茶にしてやったら、あの人達、どんな顔をするのかしら?」
「は、イ……」
魔金鎧の男が無感情に、噛み合っていない言葉で応じる。
女は魔金鎧の頭部を見上げて、うっとりとした表情を浮かべる。
細く、生白い腕を伸ばし、魔金鎧の胸部へと手を触れる。
「フフ、でも、私、あの人達の話聞くのも、面倒になってきちゃった。私は騎士様がいれば、それでいいのだもの」
「陛下の、仰せのままに……」
二人はちぐはぐな会話を行なっていた。
女の方もあまりまともには思えなかったが、それ以上にグリフらしき方からは心を全く感じない。
決まった言葉を吐くだけの、ただの人形のようにさえ思える。
「グリフッ!」
ランベールはもう一度叫んだ。
女は興醒めしたようにランベールへと目を向け、魔金鎧の胸部に触れていた手を引いた。
「二人目は、いらないの。いきましょう、グリフ」
「は、イ……陛下の、仰せのままに……」
「待て! グリフ! 俺だ、ランベールだ!」
ランベールの叫びに、グリフが動きを止める。
だが、それ以上の反応は見せなかった。
ランベールを振り返りさえしなかった。
グリフに未練があるならば、それは自分に関係するものではないのかと、ランベールはそう考えていた。
だが、それにしては、あまりに反応が小さい。
前回、聖都ハインスティアでランベールと顔を合わせたときも、ほとんど彼に関心を示していないようであった。
ランベールの死後に、ランベールとは無関係にグリフの身に何かがあったというのだろうか。
そもそも、本当にあの魔金の奥にはグリフがいるのだろうか。
声や仕草はどこかグリフを思わせるものであるように感じてはいたが、しかしランベールとて確証は持てなかった。
「行きましょう、私の騎士様」
グリフは小さく頷き、主の催促に応じてその場から離れていく。
「グリフッ!」
ランベールは叫んだが、今度はグリフは何の反応も見せはしない。
すぐに彼らの姿は建物の陰に消えてしまった。
彼らがいたところまで追いついて周囲を見たが、既にグリフも、奇妙な女の姿もなかった。
「おい、誰か、俺と同じ鎧の男と、貧しい身なりの、頭に王冠を乗せた妙な女を見なかったか?」
周りに尋ねるが、まともに答えは得られなかった。
明かにおかしな行動を繰り返していたランベールに対して関わりたくなさそうな様子であった。
道を塞いで尋ねても、迷惑そうに知らないと返されるばかりである。
前回と同じである。
この場所の視界はそれなりに広い。
グリフがあの後豪速で走らない限り、ランベールが追いつくまでにここを抜け切れたとは思えなかった。
女の方が空間転移の魔法を使ったらしいことは間違いないなかった。
一度逃げたのは、魔法を使ったのが目立たないため、人の目を振り切ってから姿を消したかったのだろう。
八国統一戦争時代にも、空間転移の魔法を可能とした者は少ない。
しかし『笛吹き悪魔』が、大きな戦力になり得る魔金鎧のアンデッドに、わざわざつけている魔術師である。
彼女がただの狂人であるはずもなかった。
空間転移は発動時に、術者に大きな隙が生じる。
それに長い距離の移動はできない。
マナの消耗も決して低くはないはずであった。
あまり現実的ではないが、魔金鎧の男を倒すには、彼らを追いかけ続け、隙を見つけて先に女の方を斬るしかなかった。
明けましておめでとうございます!(2019/1/1)




