第四話 王都への来訪②
ランベールはリゼットと別れた後、再び一人で街を歩いた。
表の通りは人が多すぎるので路地を進んだが、それでも人の数は多い。
しばらく彷徨ったが、ランベールの姿を見てもそう騒ぎ出す者はいなかった。
まだ、パーシリス伯爵領の一件は、王都には広まってはいないようであった。
どこの誰も忙しそうにしており、気軽に話を聞けそうな人物はなかなか見当たらなかった。
できれば、かつて『死の天使』が支配していたテトムブルクで行動を共にした、王国兵団の一員であるクロイツと連絡を取りたかった。
王国兵団と接触できればそれでいいのだが、顔見知りであったクロイツがいるならば話が早いからだ。
王家が『笛吹き悪魔』の情報を何も掴んでいないわけはないからだ。
だが、クロイツが今王都にいるのかも定かではない。
せめて先ほどぶつかった男、リゼットより祝祭についての詳細を聞くべきであったか、とふと考える。
リゼットが『笛吹き悪魔』にも王国兵団にも詳しくないと見て、ランベールは早々に開放してしまったのだ。
何分、リゼット本人も早くランベールの近くから離れたそうにしていたのだ。
特に情報も拾えぬならば、さっさと次の人物に当たろうと、そう考えたのだ。
しかし、王都の人々がここまで忙しそうにしているとは思わなかった。
人通りが多いので立ち話も難しい。
店に入れど、どこも人だらけで客人でさえない男の世間話に付き合う者はいなかった。
もう一度あのリゼットという男を見かけたら捕まえるかと、ランベールは路地を歩きながら密かにそう考えた。
「あれ、またあの鎧だ。やっぱり演劇の奴なんじゃないの?」
「劇で前に見たのは、もっとスマートだったと思うけど……。別のものを使うことにしたのかな?」
路地を歩いていると、二人連れの若い女がこちらに目を向けているのが見えた。
こちらに関心を向けているらしく、足を止めている。
どうにも王都で流行りの演劇に登場する鎧と、ランベールの纏っている鎧が似ているらしい。
リゼットもそんなことを口にしていた。
いい機会かもしれないと思い、ランベールは彼女達へと向かって進んだ。
「おい、お前達。そんなにこの鎧が、舞台で使われる紛い物と似ているのか?」
ランベールが声を掛けると二人とも驚いている様子だったが、片割れが興味津々といったように前へと出てきた。
「ええ、そんなに分厚いフルプレートなんて、普通冒険者も兵士もつけないもの。まるで、戯曲のアレみたいよ。えっと、ほら、レギオニクス……ええっと……」
「レギオニクス・オルガジェラ・ アーマーか?」
ランベールの言葉に、相手の娘が嬉しそうに手を打った。
「そう! それ!」
レギオニクス・オルガジェラ・ アーマーは、王家より四魔将にのみ授けられる、最高級の鎧である。
あらゆる刃と魔法を、世界で最も重いとされる金属、魔金の分厚い装甲によって遮断するのだ。
「やっぱり、知ってたんじゃありませんか。演劇の方ですか?」
「……違う」
「もしかして、英雄グリフに憧れて?」
「断じて違う」
ランベールは、少しむっとして返した。
どういう形であれ、四魔将の王家への忠誠の証であるレギオニクス・オルガジェラ・ アーマーの名が、まだ王都に残っていたことは純粋に嬉しかった。
ただ、グリフの模倣扱いされるのはさすがにあまり気分のいいものではなかった。
「魔物を狩るにも、戦地に立つのも、俺はこの鎧を纏っている。何者かに憧れて、真似事をしているわけではない」
「……喋り方も、シャロステア先生がレイダン公爵に焦点を当てて書いた、『悪逆公』に登場するグリフに似ているような。やっぱり、意識してるんじゃ……」
黙っていたもう一人が、ランベールを眺めながらぽつりと呟いた。
「奴は、こんな喋り方はせん。俺とは違う」
ランベールの話し口さえ淡々としていたが、やや苛立っていた。
まさか、こんな形で現代になってグリフと比較されることがあるとは思っていなかった。
怒りというより、妙な気恥しさがあった。
「でも、あの……レギオニクス・オルガジェラ・ アーマーは、正確には儀礼用で、別に英雄グリフも戦争で使っていたわけじゃないんだって。実物はとんでもない重量らしくて。演劇だと派手で目立つからっていう理由で、戦地でもずっとつけていた、みたいに扱われているけど……。だから英雄グリフも、魔物狩りや戦争のときには別の鎧をつけていたはずですよ」
「凄い! ニオラちゃんって、こういうところ詳しいわよね! 格好いい!」
ランベールを置き去りに、二人で話が盛り上がっていく。
ランベールは小さく「……そんなことはない」と零したものの、二人は既に耳にしてはいなかった。
燥ぐ二人を前に、ランベールは釈然としないものを感じながら、彼女達の会話を聞いていた。
「……そうか、二百年とは、それだけの時間なのか」
ランベールは歴史が歪められている事実に直面し、そう呟いた。
まさか四魔将の証でもあるレギオニクス・オルガジェラ・ アーマーが、儀礼用の鎧だったことにされているとは、思わなかった。
彼女達の口振りからして、八国統一戦争は散々脚色され、様々な戯曲として仕上げられるらしいことも間違いなかった。
この様子からして、一作や二作では済まない様子であった。
王家もよく許容したものだと考えたが、二百年とはそれだけの年月であるのかもしれない。
ランベールは、当時の面影の残らない王都へと目をやった。
「そういえば、またこの鎧だと口にしたな。演劇の鎧を纏って、歩いていた者がいたのか?」
そろそろ本題に入るべきかと思いながら、ランベールはそう尋ねた。
寂しさや怒りを覚えることもあるが、自身らが確かに戦い、この国を守ったことが後世に伝わっていたことが、なんとなく嬉しくもあったのだ。
もっとも、ランベールは八国統一戦争の最大の裏切り者とされているが、それでも、である。
「まあ、それが演劇用なら、そうだったんじゃないですか?」
女はにやりと笑い、少し意地悪なふうにそう言った。
言っている意味が、ランベールにはわからなかった。
「どういうことだ?」
「多分、それとほとんど同じ鎧だったと思いますけど……。もしかして、あっちの通りで女の人と、さっきまで歩いていましたか? 別の人ですよね?」
そう聞いた瞬間、理解した。
聖都ハインスティアにてゼベダイ枢機卿の死を見届けた後、ランベールは屋外で、四魔将の証である魔金の鎧を纏った男を、確かに見つけたのだ。
あのときも確か、奇妙な女と並んでいた。
この王都ヘイレスクに、あの男が既に入り込んでいるのだ。
「どこで見たのだ!」
「え、えっと……あっちの方で、すぐ先程でしたが……」
「情報に感謝する」
ランベールは頭を下げ、彼女達が指差した方へと向かった。
壊滅した聖都ハインスティアに現れ、続いて『笛吹き悪魔』との決戦が迫るこの王都ヘイレスクに現れたのだ。
魔金鎧が、『笛吹き悪魔』の支配下にあるらしいことは明らかであった。
ここで暴れるつもりならば、その前に倒さなければならない。
そう考えると同時に、ランベールは魔金鎧の男の正体を確かめなければならないと考えていた。
魔金鎧がグリフであるはずがないのだ。
アンデッドになるには条件がある。
死後、マナは身体から抜け出ていくのが常である。
それが未練によって、マナが内側へと向かうことがある。
古い死体がアンデッドとなって甦るには、強い未練が必要であるはずなのだ。




