第三話 王都への来訪①
パーシリス伯爵領を出たランベールは、頭のない黒馬ナイトメアを走らせ、王都ヘイレスクを目指していた。
伯爵領ではまだ調査不足ではあった。
伯爵殺害と館に火を放った罪に加え、『笛吹き悪魔』に加担していた疑いまで掛けられ、まともに身動きが取れなくなってしまったのだ。
パーシリスが領地のどこかに『笛吹き悪魔』の戦力を隠していたことは間違いない。
時間を掛ければ調査も不可能ではなかっただろうが、今伯爵領で長々と足止めをくらっているわけにもいかなかった。
ランベールの推測では、『笛吹き悪魔』が王都ヘイレスクの襲撃に出るのは既に時間の問題であった。
パーシリスの取った行動から考えても、そのことは恐らく間違いない。
「……この格好は、目立ちすぎるな」
ランベールが呟く。
パーシリスが、最後に打った一手に掛ける手間を惜しんでいたとは思えない。
パーシリスは八国統一戦争において、武力ではなく、純粋な策略家として恐れられた傀儡師デルベウク家の末裔である。
想定できる最悪の事態は、既に進められているものとして考えるべきであった。
王都ヘイレスクにも、ランベールの悪評を広めようと彼の部下達が動いているはずだ。
さすがにナイトメアの俊足には敵うまいが、時間を掛ければ傀儡師の毒が効いてくることも予想できた。
少しでも早く、王都ヘイレスクでの情報収集を行うべきであった。
此度の王都ヘイレスクの襲撃では、『笛吹き悪魔』は彼らの全ての戦力をぶつけてくる。
ランベールはナイトメアに跨りながら、薄暗い空を眺めた。
「……これが、最後になるかもしれんな」
ランベールは呟く。
現代に蘇り、この平穏な時代を乱そうとする『笛吹き悪魔』と戦う中で、ランベールはもう一つの目的であった、主君オーレリアの遺した王国を見て回る、という目的も果たしつつあった。
そうして何の因果か、辿り着いた『笛吹き悪魔』との決戦の場が、レギオス王国の顔でもある王都ヘイレスクであったのだ。
ランベールの旅路の終着点として、これ以上の場はない。
ランベールは戦争を終えた国を目にしたかったという未練があり、また主君の遺したこの国を『笛吹き悪魔』から守らなければならないという使命もあった。
だが、本来ランベールにとって、アンデッドのような不自然な命は忌避の対象であった。
夢と役目を果たしつつある彼は、自身が消える日が近いことを感じ取っていた。
「……ナイトメアよ。これが、お前との最後の旅になるかもしれんな。バライラの森よりこれまで、本当に世話になった。お前は、俺が蘇って以来、最大の友であった」
ランベールは静かにナイトメアへと語りかけた。
ナイトメアはランベールの意を汲んでか、先のない首をやや持ち上げる。
少し寂しげな嘶きが、周囲へと響いた。
ランベールが王都ヘイレスクへと辿り着いたとき、周囲はすっかりと明るくなっていた。
王都ヘイレスクは高い建物が並び、人の行き交いの多い活発な街であった。
都市が発展していることは嬉しかったが、ここまでとは予想していなかった。
かつての面影の薄さに、少し寂しさを覚えていた。
「二百年もあれば、これだけ変わるものか……」
舗装された大きな道が、歩く人々に覆われていた。
元々身体が大きく、鎧を纏っているランベールには窮屈であった。
後ろに押され、つい歩みを早めれば前の男にぶつかった。
ランベールの巨体に押された男が軽々と前に飛ばされ、派手に転倒して腰を打ち付けていた。
周囲からやや、笑い声が漏れる。
男は笑い声を上げた者達を睨んで黙らせると、ランベールへと向き直りながら立ち上がった。
「おい貴様、どこに目をつけてやがる! 勢いよくぶつかってきやがって、馬鹿にしてるのか? よくも喧嘩売るような真似をしてくれたな!」
ランベールは無言のまま男へと詰め寄った。
「な、なんだ、やるつもりか? 俺は大手冒険者ギルド、『怪鳥の翼』のC級冒険者、『剛腕のリゼット』様だぞ!」
リゼットと名乗る男は、ランベールが近づくに連れて彼の顔を見上げ、蒼褪めた。
頭に血が昇っていたため、体格差に気が付くのに遅れたのだ。
彼も体格には自信があったが、ランベールには及ばなかった。
「お、お前、本気で……? こ、後悔するぞ!」
ランベールはリゼットと名乗る男の首を掴み、宙へと持ち上げた。
「助けてくれ! 殺される!」
ランベールは騒ぐリゼットを、街路の端で解放した。
リゼットは自身の首を押さえ、息を荒げる。
瞳には涙さえ溜まっていた。
「悪いな、リゼットとやらよ。このような人混みに慣れていなかったのだ」
リゼットは周囲を見回す。
それから遅れて、ランベールが人の通りの邪魔にならないように自身を移動させたらしい、ということを察した。
「……そ、そうか、まあ、許してやろう。俺は心が広いからな。気をつけろよ、田舎者」
リゼットは衣服の埃を払いつつ、そっと瞳の涙を拭った。
「は、はんっ。王都は初めてかよ。別にここだって、いつもはここまでじゃねえよ。祝祭があるから、普段よりも人通りが多いだけだ」
「初めてというわけではない。長らくここに住んでいたこともあった。だが、前に来たときはこれほどではなかったのでな」
「変な見栄張るんじゃねえ。別に最近でそこまで変わったりしてねぇだろうが」
ランベールはしばし無言になった。
リゼットの受け答えに、その反応も当然かと考えていた。
ただ、リゼットは唐突に黙ったランベールに対してやや身構える。
リゼットはどうやら相手に敵意がないらしいと見て、これ以上は舐められるまいと虚勢を張っていたが、内心では謎の大男に対して怯えていた。
「……そうだな、余計な見栄を張った。ここに来るのは初めてだ」
「そ、そうだろ? だと思ったんだよ。ったく、素直に認めりゃよかったのによ」
リゼットはそう口にしてから、そうっとランベールの鎧に指先を触れた。
ランベールは無言で大剣の柄へと手を伸ばした。
魔術師は、何をどう仕掛けてくるかはわからない。
妙な行動が、何かのトリガーであった、ということもあり得ない話ではないのだ。
リゼットがさっと飛び退いた。
「そ、そう怒るなよ、なぁ! 本物かどうか、ちっと気になっただけだろ! てっきり、流行りのしょうもない戯曲の演劇用かと……」
「そうか、すまないな。ところで、何の祝祭だ?」
「本当に世間知らずな奴だな、お前は」
リゼットがやや呆れたように息を吐く。
「二百年前の、大陸西部の統一を記念にした祭りだよ。まさか、その日を知らなかったわけじゃあるまいな?」
「……なるほど、そうだったのか」
ランベールは呟き、再び街の騒ぎへと目を向けた。




