第二話 『不死王』の悲願
都市部から離れた森奥の洞窟を、黒魔鋼の黒き輝きを纏った男が進んでいた。
八賢者の一人、『血霧の騎士』である。
彼が洞窟奥の壁へと手を触れると、手はそのまま壁を通り抜けた。
『血霧の騎士』はそのまま壁を通り抜け、中へと入り込んだ。
魔術で作られた、見せかけの壁であったのだ。
透過した奥は、磨かれた石の通路が続いていた。
両脇には魔物を模した石像が並んでいる。
通路の奥には、一人の男が椅子に静かに座っていた。
彼は青黒い髪をしており、頭には銀色の輝きを纏った冠があった。
顔には簡素な目口の描かれた仮面をしていた。
彼は俯いていたが、『血霧の騎士』が来たのを知り、頭を上げた。
「『不死王』よ。ドマと、パーシリスが殺されました。パーシリスの準備させていた『魔銀の巨人』と、彼がドマに分けさせていたアンデッド兵の方は無事ではありますが」
「そうか、デルベウクが滅びたか」
仮面の男は淡々とそう口にした。
デルベウクは、パーシリスの先祖が今は亡きローラウル王国にいた頃の家名であった。
「また、ランベールでございます。奴一人に、どれだけの戦力を台無しにされたことか……。八賢者も、ついに『不死王』と我……『王女と騎士』のみになってしまいましたか」
思い出したように、三人目を付け加える。
「よもや、仮の名で呼び合う必要もないかもしれんな。我が右腕……ローラウル王国の不死の騎士、バルティアよ」
「……いえ、今でも口にはしない方がいいでしょう。何かの拍子に、どこかへと漏れれば面倒になります。それに、二百年前……貴方の血を分けていただいたときに、我は、騎士バルティアの名を捨てたのです。貴方も、亡国の王を称するおつもりは、最早ないのでしょう」
「そう、だな。余は……今更、ローラウル王国を再興したいわけではない。民らは先祖がかつてローラウルの地で生きたことを、既に忘れてしまっている。ローラウルが歴史の中で積み上げてきた多くの技術も、とうに戦禍の渦の中で朽ち果てた。今更それを、ローラウル王国と称する必要はあるまい。ただ、余は、己の使命を全うする。それのみよ」
男は自分の言葉を確かめるように、仮面の額を手で押さえた。
「準備は整っております。一部の貴族共には粉を掛け終えた。各地有力貴族の私兵団に、都市バライラの冒険者共、聖都ハインスティアの異端審問会と、王国地方の危険視すべき勢力は既に粗方墜としている。『魔銀の巨人』も完成している。これ以上は、相手に時間を与えるだけでしょう」
「そうだな。余も、これ以上世代を跨ぐつもりはない。レギオス王国との最後の決着をつけてやろう。王都ヘイレスクを、炎の海へと変える。レギオス王国の王家は、見せしめとして全て知性なきアンデッドへと変えてくれる」
そこまで言い、『不死王』は腕を組んだ。
「だが、余は少しばかり戦力に不安がある。王国兵団も、ただの無能揃いというわけではあるまい。雑多な数頼みのアンデッド兵では、制圧しきれないのではないか? ただでさえ、ドマの研究施設が崩落してアンデッド兵の数が減っているのだ。それに『笛吹き悪魔』のまともな魔術師も、これまでの騒動でかなり数を減らしている」
元々、『不死王』は『笛吹き悪魔』の八賢者を王都ヘイレスク攻略の駒として考えていた。
八賢者の中には、単騎で大都市を相手取れる者が何人もいたのだ。
だが、八賢者の内の五人は、既にランベールたった一人によって殺されていた。
そして『血霧の騎士』も『王女と騎士』も、別段大人数特化というわけではない。
「それに、あの四魔将の一人、ランベールもまだ片付いていないのだろう? もう一つ、戦力が欲しい」
「ランベールは我にお任せください。必ずや、仕留めて見せましょう。ハインスティアでも、ドレッダでも、奴に後れを取ることになりました。我の本体を、奴を倒すために使いたい。ランベール・ドラクロワは、安全圏からどうこうできる男ではないのです」
「駄目だ。『血霧の騎士』、お前は余の傍にいろ。お前の存在は、余にとって最大の保険なのだ。攻撃の札として切るわけにはいかん。そうまでしなければならないのであれば、戦いを次の世代まで引き延ばしたほうが良かろう」
「……はい、申し訳ございません。しかし、だとすると、奴の対策には何をなさるおつもりで……」
「『血霧の騎士』よ。初代八賢者の一人、『無貌の悪意』ジークをここへと連れてこい。地下牢に閉じ込めて百年以上は経過しているが、どうせ死にはしていまい。ジークならば、一人で大都市を相手取ることもできる。ランベールとまともに渡り合うこともできるはずだ。我々の不足している戦力を補ってくれる」
「ジーク、でございますか……。しかし、あの男は、あまりにも理性と品性を欠いております。それに、何を考えているのか全く読めない。我々に牙を剥くことも、充分に有り得ることかと」
「元々、何かの役に立つはずだと生かしておいた男だ。これ以上の場はあるまい。それに、四魔将のランベールさえ殺してくれるのであれば、今までの奴の奇行にもお釣りがくる。余としても、奴とランベールが相打ちになってくれるのが一番いいのだがな」
「……そういうお考えであれば、承知いたしました。ジークを、外へと引き摺り出しておきましょう」
「頼んだぞ。『王女と騎士』をランベールにぶつけられれば一番良かったのだが、奴もまたジークとは別の意味で行動が読みづらい。とにかく気紛れだからな。最低限の話が通じているのかさえ、怪しいことがある。奴は強力だが、戦力としては期待しすぎない方がいい」
二人の会話が終わる。
『血霧の騎士』は『不死王』へと深く頭を下げ、身を翻して通路を歩く。
壁を通り抜け、ただの洞窟へと戻ったとき、『血霧の騎士』は一人呟いた。
「……これまで長かった。敗戦の屈辱より二百年、決して短い年月ではなかった。だが、ついに主と我の悲願が果たされる時が来たのだ。決してお前に邪魔されはせんぞ、ランベール……!」




