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元将軍のアンデッドナイト  作者: 猫子
第五章 暗黒街ドレッダの魔女
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第三十九話 傀儡師④

「……貴様、最初からトロイニアが俺に敵うとは思っていなかったのだな」


 ランベールは壁に凭れるパーシリス伯爵に対し、そう口にした。

 パーシリス伯爵は何も答えないが、彼の顔にはまだ生気がある。

 意識は残っているはずであった。


「暗黒街ドレッダから帰還した俺がここへ向かうのもわかっていたはずだ。そうでなければ、俺の悪評を広める理由がない。なぜその猶予があって逃げなかった?」


 パーシリス伯爵は自身の胸元に突き立てた刃へと目を向け、それからランベールを見上げる。

 静かに不敵な笑みを零した。


「逃げれば役目を十全に果たせなくなる。私の勝ちですよ、元四魔将。お分かりですかな、現在の状況を」


「…………」


 ランベールは答えなかったが、パーシリス伯爵の言っている意味はすぐに理解した。

 嵌められた、というよりは避けようのないことであった。

 パーシリス伯爵がランベールが向かってきていることを承知の上で館に残った時点で、最後の役目を完遂されたに等しかった。


「貴方は私の館に押し入り……側近の老兵と、当主を惨殺したのです。フフ……フフ、こう見えて私は、領内では民から好かれているのですよ。無能だとは、よく詰られますがね」


「……貴様、命を賭して、俺の行動を制限するつもりか」


「既に貴方が『笛吹き悪魔』の一味であるという話は、この私の全領土に広知させている。それだけであれば、貴方の行動次第で挽回して、協力者を募り、逆に私を追い詰めることもできたかもしれませんね。ですが、私とトロイニアの死が、貴方の悪評の最後の後押しとなる」


 パーシリス伯爵が自身の口許を意地悪く歪める。


「残念でしたね、元四魔将ランベール。既にこの領地に貴方の居場所はないのですよ。お引き取り願いましょうか」


「やってくれたな、傀儡師め!」


 ランベールは声を荒げた。


 これで今後、パーシリス伯爵領内にてランベールが真っ当に調査を行うことは絶望的となった。

 誰も彼の言葉に聞く耳を持ちはしないだろう。

 街を歩けば、それだけで悲鳴が飛び交うことになる。


 無論、不可能というわけではない。

 ただ基本的な情報を再確認するのにも、恐ろしく手間が掛かる様になる、というだけである。

 皆脅えて逃げ惑うであろうし、今後は常にパーシリス伯爵の部下に追い掛け回されることになる。


 厄介なことに、私兵の内のどこまでが『笛吹き悪魔』が関与している者で、どこまでが一般領民なのかの判別は難しい。

 極力一般領民を傷つけたくはないが、こうなってしまった以上、調査を続けるのであればそれは避けられない。


 ランベールはこのパーシリス伯爵領に出向き、アンデッド兵を大量に隠していたドマの地下研究施設を破壊することには成功した。

 二百年間に渡ってレギオス王国に巣食い続けてきたパーシリス伯爵も討つことができた。

 だが、最大の目的であった大量の魔銀(ミスリル)の行方は、追えず終いということになってしまう。


 元々、魔銀(ミスリル)の流通は暗黒街ドレッダを隠れ蓑にして誤魔化されてしまっていた。

 その上で領主であるパーシリス伯爵が絡んでいたとなれば、魔銀(ミスリル)の行方を追う難易度は、暗黒街ドレッダを中心に好き勝手に暴れていたドマを辿るよりも遥かに難しい。

 おまけに今回は、ただの聞き込みのハードル自体が跳ね上がってしまっていた。


 仮に調査を続けたとして、結果を得るまでに長い時間が掛かることは容易に想像がついた。

 パーシリス伯爵がここで死ぬつもりであった以上、館内に有益な情報が残されているわけがない。

 全て処分されてしまった後に違いなかった。


 ランベールは大剣の刃をパーシリス伯爵へと向けた。

 デルベウク家は八国統一戦争において、武ではなくその狡知と非道さによって恐れられた一族である。

 彼らは終戦から二百年、平和ボケすることなく秘かに戦争を続けていた。

 それはトロイニアの力量からも見て取れていた。


 パーシリス伯爵に今更拷問が通るわけもない。

 彼は既に、自死する覚悟を決めていたのだ。

 介錯するつもりであった。


「元々、デルベウク家はローラウル王国の貴族であったな。『笛吹き悪魔』は、ローラウル王国の残党か?」


 ローラウル王国の残党だとする根拠は他にもあった。

 『笛吹き悪魔』の幹部である八賢者の『血霧の騎士』は、ローラウル王国の技術である錬成金属、黒魔鋼(ダルライト)の鎧を纏っていた。


 ローラウル王国は、真っ先に八国統一戦争から脱落した国であった。

 決して国力が低かったわけではないが、他と比べればやや小さな国であった。


 ローラウル王国は二つの国に挟まれるように位置していた。

 片方の国はローラウル王国の優れた魔法技術を恐れた。

 もう片方の国は、ローラウル王国の優れた資源に目を付けた。

 一時的に同盟を結んだ二つの国がローラウル王国に同時に攻撃を行ったのだ。


 デルベウク家は、ローラウル王国が挟撃を受けるより先に他の国へと亡命していた。

 当時はランベールも、単に未来のなくなったローラウル王国を見捨てたのだと考えていた。


 だが、二百年後の今、デルベウク家の末裔であるパーシリス伯爵は、レギオス王国へと牙を剥いた。

 デルベウク家は本当はローラウル王国を見捨てたのではなく、滅亡を予期したローラウル王国が、いずれ再興するための布石としてデルベウク家に他国へと向かわせたのだと、そう考えられる。


「フフ、それは貴方が自分の目で確かめるといい。さあ、その大剣を振り降ろしてください。こんな身の私ですが、それなりに臆病なのですよ」


「……もう一つだけ、聞かせよ」


 ランベールは大剣を構えたまま、静かにそう言った。


「私が今更口を割ると思っているのならば、舐められたものですね」


「……なぜ子息を残さなかった、パーシリス。レギオス王国を乗っ取り、新たな国で貴族として栄えるのが、貴様ら一族の悲願であろう。だから二百年間、貴様らは周囲の全てを裏切り、そうやって存続し続けてきたのだ」


 パーシリス伯爵は元来政務への関心が薄く、加えて親兄弟が暗殺されたショックから結婚を遠ざけるようになった、という話であった。

 それ自体は無責任ではあるが、納得はできる話であった。

 パーシリス伯爵の表の顔は、臆病で、人当たりのいい人物であった。

 自分の子供も殺されるかもしれないと、そう脅えるのも無理はない人柄であった。


 だが、その実態は違った。

 全ては偽の顔であったのだ。

 パーシリス伯爵は冷酷で、計略に長けた人物であった。

 パーシリス伯爵を悩ませていたはずの暗黒街ドレッダは、彼が巧妙に保ち続けてきた産物であった。

 パーシリス伯爵のトラウマであった親兄弟の暗殺も、自身がしきたりに則って指示したものであったのだ。


 しかし、だとすれば、この代で自身の一族を絶やそうとする理由に説明がつかない。


「…………」


 パーシリス伯爵は黙っていた。

 ランベールは喋るつもりはないのだと判断し、大剣を引いて、すぐに振るおうとした。

 だが、そのとき、パーシリス伯爵が小さく口を開いた。


「……私達一族の役目は、主のために尽くすこと。仮に悲願が成就すれば、そこに私達血塗られた一族の居場所はない」


「だからといって、すぐに切り捨てるようなことはするはずがあるまい。その先も、貴様らには利用価値があるはずだ」


「仮にあったとして、そのときは子息らの頭を弄り、殺し合いを迫り、私自身をも殺させることになる。私の代で戦争の決着がつくことは知っていました。戦いが終われば、早かれ遅かれ、私の一族の存在意義はなくなっていく。そうであれば……私は不要に、子供らに私と同じ思いはさせたくなかった」


 ランベールの大剣を構える手が、僅かに下がっていた。

 戦争末期に不要と判断され、主君と親友に裏切られて命を落としたランベールにとって、その話は他人事ではなかった。


「私の言葉など信じられないかもしれませんが……シャルルは、私がドマと繋がっていたということ以外、何も知りはしません。できることなら、見逃してあげてください」


 パーシリス伯爵は言い切ってから、再び血を吐いた。

 言葉が段々と弱々しくなってきている。そろそろ彼の命も限界が近いようであった。


「……わざわざ絶対に後継ぎにはできぬ女の養子を取ったのは、デルベウク家の宿命に巻き込まないためか」


 パーシリス伯爵はもう、何も答えなかった。

 これ以上は何も話すつもりはないのだと、ランベールはすぐに察した。

 大剣を振るい、パーシリス伯爵の頭を落とした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 小物のクセに、絡め手でランベールさんに打撃を与えてくるとは…。ふざけた野郎だ。 なんか色々言い訳してたけど、シャルルに次の芽を植えつけていそうなフインキ。
[一言] 命を捧げてジョーカーを縛ったか。 ある意味一番ランペールに打撃を与えたかもしれない
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