第三十七話 傀儡師②
「……二百年前、ローラウル王国にはデルベウク家という、計謀に長けた呪われた一族があった」
ランベールはパーシリス伯爵を睨みながら口にする。
その言葉を聞いて、無表情だったパーシリス伯爵の口許が、微かに笑みを浮かべた。
「デルベウク家では子息が五つになった際に、当主の思想と記憶の一部を魔術で脳に強引に定着させ、元々の人格を破壊すると……そう聞かされたことがある。その上で、現当主と他の兄弟を全員謀殺した者を次期当主とするという、血濡られたしきたりがある。そうすることで、本物の天才であったデルベウク家の初代当主を、少しでも再現しようとしているのだ……と」
ランベールはパーシリス伯爵へと大剣を向けた。
「パーシリス、貴様はデルベウク家の末裔であったのだな。まさか、二百年間、このレギオス王国に潜み続けていたとは。傀儡師と、そう恐れられていただけのことはある」
パーシリス伯爵は親兄弟を皆、暗殺されている。
シャルルの話によれば、先代もそうであったのだという。
当初はドマが伯爵家をコントロールするために行ったことだと考えていたのだが、そうではなかったのだ。
八国統一戦争末期の時代は、貴族が自国を見捨て、他国に逃げ込んで新たに貴族として迎え入れられることはさほど珍しくなかった。
どの国も、新たな戦力や資産、敵国の情報に飢えていた。
滅ぼした国の民を迎え入れる際に反抗意識を抑えるため、プロパガンダとして好条件で受け入れることもあった。
デルベウク家は各国の思惑を手玉に取って権謀術数を巡らせ、王国間を何度も移り、最終的には戦勝国であるレギオス王国にて根を張っていた。
そうして秘かに、呪われたしきたりを二百年間継続していたのだ。
「やはり、八国戦争の英雄のアンデッドというのは本当であったのですな。とうに消えた、我がかつての家名をご存知とは。しかし、よく気が付かれましたな。我が家の成り立ちは何代にも渡って改竄を重ねられているため、私でさえ正確な真実を知ることはできないというのに」
「なぜ二百年も、そんな馬鹿なことを続けていた! 戦争はとっくに終わったというのに!」
「もう、とうにわかっているのでしょう? まだ、終わってなどいない。私達はレギオス王国が戦争を忘れて平和ボケするのを、ただじっと待ち続けていたのです」
パーシリス伯爵は目をそのままに、口の両端を吊り上げさせた。
「貴方は馬鹿げていると笑いましたが、それが私の生きる意義なのですよ。私達は、主を王にするために暗躍するのみ。それを果たせぬことは、一族の築き上げてきた、これまでの全てが無駄になるということ。平民上がりの貴方には、理解できませんか」
「シャルルは……貴様がドマに脅されているのだと、そう信じていたのだぞ。だから命を張って、単独で暗黒街を回っていたのだ!」
「ふむ」
パーシリス伯爵は目を瞬かせる。
シャルルは暗黒街ドレッダについて異様に詳しかった。
あの街の情報屋でさえ奇妙に感じていたほどである。
恐らくそれは、暗黒街ドレッダの真の支配者であるパーシリス伯爵から、何らかの形で情報を得ることがあったためであろう。
シャルルの行動には奇妙な点が目立っていた。
シャルルは親友を助けるためと言っていたが、長年会っていない、既に死んだ可能性が高い友を助けるために、何度も危険な場所へ足を運んでいたとは考え難い。
事実、シャルルは親友の死を悲しんではいたが、受け入れていた。
とっくに覚悟はできていたのだ。
私兵の手を借りず、何度も危険を顧みずドマの情報を集めていたのは、恐らくはパーシリス伯爵のためである。
ドマさえいなくなれば暗黒街ドレッダが潰え、パーシリス伯爵が真っ当な領主になると、そう信じていたに違いない。
「ええ、勿論それは知っていますよ。そう考えるように誘導したのは、他でもないこの私でしたからね」
パーシリス伯爵は、なんてことでもないかのような気軽さでそう言った。
「義理の娘が暗黒街で惨殺されたとなれば、私が塞ぎ込んで政務を疎かにする理由付けの、この上ないアピールになる。この先私がどのような失態を演じても、王家は私の真意を疑いはしないでしょうからな。最後の仕上げに、深入りした彼女が暗黒街で凄惨に命を落とすことは、必要なことだったのですよ」
「そんなことのために……」
「そんなこと……? いいですか、貧民のガキ一人の命が戦果に勝ることなど、戦場ではありはしないのですよ、ランベール・ドラクロワ。政治のために担がれた、憐れな将軍様にはわかりませんか。そんな考え方だから、後で邪魔になって女王から消されたのですよ」
呆気に取られるランベールの目線の先で、パーシリス伯爵は大きく溜め息を吐いた。
「元より、後で殺すために私はシャルルを引き取ったのです。しかし、貴方の様な人間……否、化け物が現れるとは、想定外でしたよ。八賢者様も、もう少し早く伝えてくだされば、もっとやりようがあったというのに」
「……もう、いい。貴様と世間話をする理由もない」
ランベールは大剣を抜き、大階段に踏み込んだ。
「後は、お前をもう少し素直にしてから聞き出すことにしよう」
「おい、行け。あの魔人を止めるのだ」
パーシリス伯爵の言葉に応えるように、彼の背後から影が立ち上がった。
影は軽々と手擦を越え、大階段の中央へと飛び降りて来た。
軽装の鎧を纏う老剣士、トロイニアであった。
歳に似合わぬ精悍な目付きで、ランベールを睨みつける。
「お前が王家の偵察兵を皆殺しにしてから、もう二十年振りになるか? 久々に本気を出せるな、トロイニアよ。腕は鈍っていまいな? 存分に剣を振るうがいい」
「承知いたしました、当主様よ」
トロイニアが静かに口にする。
以前の、自身の主を小ばかにしていた、嫌味な老剣士の面影はそこにはなかった。
パーシリス伯爵もトロイニアも、こちらが本性だったのだ。




