第二十九話 首なし魔女ドマ③
ドマの乗っている首のない生身を纏う人造巨人が、ランベールへとその巨大な拳を振り下ろす。
ランベールは半歩退いて、その大きな腕へと一太刀を入れた。
腐肉が舞い、変色した血液が流れる。
だが、首のない生身を纏う人造巨人は一向に倒れる気配を見せない。
「……本当に、しぶといアンデッドね。このドマの最高傑作を前に、これだけ渡り合えるのなんて」
ドマは顔を隠す布の下から口へと指を入れ、噛んでいるようだった。
顔の布の下から血が垂れている。相当に彼女も苛立っているようであった。
「それはこちらも同意見だ」
ランベールが零す。
ドマの、首のない生身を纏う人造巨人はあまりに頑丈すぎる。
相手には無数の首なしアンデッドに、暗黒街の重鎮達もいる。
手数が多すぎて大技を狙えないこともあるが、それでもこの生身を纏う人造巨人のしぶとさは異常であった。
生身を纏う人造巨人の最大の脅威は、その大きさにあった。
その圧倒的質量から繰り出される一撃は、魔金を纏ったランベールであっても、下手に受けるわけにはいかない。
そしてそのあまりに分厚い肉壁は、何よりも強固な鎧である。
人間の扱える武器としては間違いなく最大の重量を誇るランベールの大剣であっても、その肉壁は容易に突破することはできない。
そんな生身を纏う人造巨人にも弱点はある。
それは頭部である。
通常、生身を纏う人造巨人の動作を制御する頭部を叩けば、肉の鎧に覆われた身体を地道に削るような真似をせずとも、戦闘不能の状態に追い込むことができる。
だが、ドマのとっておきのこの生身を纏う人造巨人は、その頭がないのだ。
ランベールの知っている、これまで見てきた生身を纏う人造巨人とは圧倒的に異なる部分である。
恐らく、従来の生身を纏う人造巨人とは構造が全く違うのだ。
どこを叩けばこの生身を纏う人造巨人を殺すことができるのか、それさえ全く分からずにいた。
死操術師としての能力は、ドマよりもランベールがかつて倒したドーミリオネの方が、一回り以上は上であろう。
だが、ドーミリオネとて、首を持たない生身を纏う人造巨人は造れなかっただろう。
ランベールは、周囲の頭のないアンデッド達へと目を走らせる。
死操術師は、人間として壊れている人物が多い。
当然である。何年も毎日死体を弄び、継ぎ接ぎし、動かし、その果てにようやく辿り着けるのが死操術師なのだ。
そこまでやって壊れない人間が、いるはずがないのだ。
それで気を病まない人間は、既に壊れていたとしか言いようがない。
そしてそれ故に、死操術師は決して他人に理解されない拘りを持つことが多い。
ドマに関してはそれは明白だった。首のないアンデッドに、ドマは狂信的なまでに美を感じている。
その拘りがドマに、頭部のない生身を纏う人造巨人を生み出すことを可能とさせたのだ。
芸術家然り、死操術師も最終的な武器はその拘りになる。
ドマは首のないアンデッドを生み出すことに関しては、八国統一戦争のどの死操術師よりも優れていた。
「このっ……!」
暗黒街の重鎮の男が、ランベールの懐へと飛び込んで斬り掛かってきた。
ランベールは彼の腹部を軽く蹴り飛ばした。
手にしていた剣は砕けて宙を舞い、彼は床を転っていった。
ランベールは、他の暗黒街の重鎮達を睨みつける。
「貴様らは、ドマが勝ったときのことが怖いのだろう? 安心しろ、あの死にぞこないは、今日で俺が殺してやる。貴様らは、下がって見物していろ」
前方に立っていた男が、震える手で構えていた武器を下へと降ろした。
「お、お前、『首なし魔女』様を裏切るつもりか!」
後ろから別の男に怒鳴られていた。
ランベールは、アンデッドの一体へと大剣を振り下ろす。
刃は腐肉を一直線に斬って股の下から抜けて床を抉り、周囲一帯を揺らした。
骨や臓物の露出したアンデッドが、血を垂らしながらその場に崩れ落ちた。
「下がらないなら、容赦なく斬ると思え。どうせ貴様らは、この暗黒街に巣食い、周囲に悲劇を撒くだけの悪党だ」
ランベールの威圧を前に、暗黒街の重鎮達がその場に硬直し、一人、また一人と引き下がって行った。
ドマが彼らへと目を向ける。
「……やはり、生身の人間は駄目ね。すぐに脅えて、裏切るのだもの。部下なんて、アンデッドの方がいいに決まっているわ。貴方達……この騒動が片付いたら、頭を落としてドマのアンデッドにしてあげるわ」
ドマが、首のない生身を纏う人造巨人の肩の上で呟く。
「次のことを考えるなど、随分と余裕があるのだな」
ランベールは暗黒街の重鎮達が下がり始め、手数が減った隙を狙って前に出て、生身を纏う人造巨人の足許を抜けた。
「どれだけ攻撃しようと、このアンデッドを殺せるわけがな……」
その瞬間、生身を纏う人造巨人が左足を折ってその場に崩れた。
「うぐっ……」
肉の壁を削り、鎧の薄くなっていた膝関節を潰したのだ。
これで生身を纏う人造巨人の機動力が大幅に損なわれた。
ランベールは跳び上がり、動きの鈍くなった生身を纏う人造巨人の肩に乗るドマ目掛けて大剣を放った。
その間に『血霧の騎士』が割り入った。
『血霧の騎士』はまともに剣を振れない状態ではあったが、肉壁として飛び込んできたのである。
黒魔鋼の鎧が破損し、血肉が舞った。
『血霧の騎士』は斬られた勢いで床へと叩き付けられる。
素早く変形した黒魔鋼が『血霧の騎士』の肉と混ざり、出血を強引に止めていた。
「きゃあっ!」
半ば『血霧の騎士』の体当たりを受ける形で、生身を纏う人造巨人の肩に乗っていたドマが床へと転げ落ちた。
ランベールがドマを狙おうと動いたとき、『血霧の騎士』が大剣を杖代わりに用いて立ち上がった。
「……この我が、ここまで無様を晒すことになるとはな」
「しぶとい奴だ」
ランベールは『血霧の騎士』へと大剣を構える。
『血霧の騎士』は鎧の破損や多少の怪我は、黒魔鋼で強引に補ってしまう。
故に、容易に仕留めることができない。
おまけに手間を掛けて倒したとしても、次に会うときには五体満足で元通りになっているのだ。
ランベールの振るう剣を、『血霧の騎士』は露骨に下がりなら、雑に大剣を振るって弾いていく。
最早、勝つ意志のない剣であった。
『血霧の騎士』は簡単に鎧越しに身体を斬らせる。
行動不能にならなければ、死へ繋がる外傷であろうとも一切恐れていない。
その間にドマは生身を纏う人造巨人を置き去りにし、血塗れの身体を引き摺りながら通路へと逃げて行った。
「ぐっ……」
狙いはドマであり、『血霧の騎士』など相手にしていても意味がないのだ。
「貴様はいい加減消えるがいい!」
横に大剣の一閃を放つ。
『血霧の騎士』は後方に身体を逃がしながら大剣で受け止めるが、防ぎきれずに胸部に大きな斬り傷が入っていた。
「フ、フフ……さすがにそろそろ、持たないか。これだけ防御に徹しても、この我がさほど時間を稼げぬとはな」
傷はまたすぐに黒魔鋼が肉にめり込み、補っていた。
だが、兜の口許から血が垂れている。『血霧の騎士』とて限界が近いはずであった。
彼は身を翻すと、ドマの消えていった通路へと走り出した。
「ここにきて、逃げるつもりか……?」
これまでの『血霧の騎士』の不死性から見て、逃げることにそれほど意味があるとは思えない。
黒魔鋼で補ってはいるが既に死に体であり、あの身体で逃げ切れるとは考えにくい。
そもそもランベールの狙いは『血霧の騎士』よりもドマだったのだ。
よりによって、なぜドマを追うように逃げるのかが不明であった。
ランベールは少し迷った後、接近してきた二体のアンデッドを軽く往なし、背後のシャルルへと振り返った。
「俺は、奴らを追う。無理強いはせんが、できればついてこい。俺の背後が一番安全だ」
ランベールはこれより、行動の不審な『血霧の騎士』とドマを追う。
敵の罠に飛び込むことになる可能性が高い。
だが、それでも、この地下闘技場に置き去りにするよりも自身の背後の方が安全であると、そう判断したのだ。
そしてその考えは、恐らく正しい。
「……わ、わかったわ」
シャルルは蒼褪めた顔で、しかし素早く頷いた。
「胆が据わっているな」
ランベールが呟く。
シャルルの養父であるパーシリス伯爵とは似ても似つかない性分だと、そう考えたのだ。




