第二十八話 首なし魔女ドマ②
再び『血霧の騎士』がランベールへと斬り掛かってくる。
だが、大剣の間合いのすぐ外側で動きが遅くなる。
あくまで黒鎧は自身より攻める気はないのだ。
守りに徹しながらランベールの気を引き、他の雑兵で崩して確実な機会を得る狙いのようであった。
聖都ハインスティアでの一戦より、純粋な技量ではランベールが大きく勝っているのは明白であった。
しかし、黒鎧の剣も、八国統一戦争時代においても上位に位置する水準にあった。
魔法や精霊に頼らない白兵戦において、『血霧の騎士』は間違いなくランベールが蘇って以来の最大の敵であった。
片手は既に失っているといはいえ、防御に専念している彼を片手間に崩すことはランベールといえど困難である。
ランベールは黒鎧が引いた隙を狙い、周囲から襲い来る暗黒街の重鎮や、首のないアンデッドを大剣の大振りで吹き飛ばした。
手数の減った内に攻めるべきだ。
ランベールがそう判断して強引に前に出たとき、黒鎧もまた攻めに転じていた。
読み負けたのだ。
黒鎧は、ランベールがここで無理に攻撃を試みて来ることが見えていたのだ。
元よりランベールが圧倒的に不利な状況であり、取れる選択肢があまりに少なすぎた。
守りを固めて手数で仕掛けて来る黒鎧を仕留めるには、どこかで破綻を晒すしかなかったのだ。
それを咎めずに見過ごすほど、黒鎧は甘くはなかった。
「ぬかったな、元四魔将」
ランベールの鎧の肩に、『血霧の騎士』の大剣が振り下ろされた。
ランベールの魔金鎧は容易く斬られるものではないが、まともに受ければ間違いなく鎧越しであっても腕が砕ける一撃である。
金属音が響く。
だが、大剣は鎧表面を掠めただけだった。
ランベールは身体を素早く捻りながら屈み、大剣の衝撃を肩で見事に受け流したのだ。
ほんの僅かな狂いでもあれば、大剣の衝撃はランベールの片腕を奪っていただろう。
黒鎧はランベールの腕を奪うつもりで大剣を振るい、大きな隙を晒していた。
「読み勝ったというのに、技術でひっくり返されたのか? 我とランベールの間に、そこまで大きな壁があるというのか!」
黒鎧は大剣を引きながら背後に下がり、ランベールから距離を取ろうとする。
だが、それ以上の速度でランベールの大剣が追いかける。
黒鎧の、肩と胸部の間の関節の空洞を、巨大な刃が貫いた。
「ぐぅっ! だが、まだだ!」
黒鎧の胸部から多量の血が流れ落ちる。
だが、それでもなお、黒鎧は大剣を掴んでランベールへと振るおうとする。
黒鎧は何らかの再生能力を有しているが、ランベールにはそういった力はない。
今の身体が砕かれればそれまでである。
黒鎧にとって、この戦いは相打ちでいいのだ。
ランベールは黒鎧に突き刺した大剣を、横に振り払いながら引き抜いた。
それに合わせて、黒鎧の巨体も地面へと薙ぎ倒される。
黒鎧は、ランベールの斧を弾いた際に右手の指を失っている。
そして今、左肩を大きく抉られた。
「貴様が不死身であろうと、この場では死んだも同然……」
「まだだ、この我を甘く見てくれるな元四魔将」
黒鎧はすぐさま身体を起こし、右腕で大剣を構えて見せる。
見れば、鎧が溶けて肉体と混ざり、欠損した筋肉を強引に支えている。
元より黒鎧を構成する黒魔鋼は、破損しても装備者のマナを吸い上げて自動で修復する力を有している。
黒鎧の金属と肉体を混ぜて支えとする手法は、いわばその応用である。
もっとも、通常の人間がそんなことをすれば、その場凌ぎにはなっても確実に剣士としての生命線を断つことになるが。
ランベールは黒鎧が体勢を整えるより先に追撃しようとしたが、その間にアンデッドの巨腕が割って入ってきたため、大きく飛び退いた。
ドマが上に乗っている、首のない生身を纏う人造巨人である。
特別製らしく、ランベールが先ほど打ち倒した三体よりも動きが速い。
「金属を用いて無理に繋げるなど、まるで自分の身体を物として見ているようだな」
ランベールは生身を纏う人造巨人越しに黒鎧を睨む。
「貴様も知っての通り、我は常人よりも多少頑丈なのでな。このような無理も効くというわけだ」
黒鎧が軽口を返す。
しかし、彼の左手は金属で繋いだとはいえ、不完全な状態であることは間違いなかった。
いずれは腕を再生させるのだろうが、準備が必要なのか、単純に時間が掛かるのか、黒鎧は戦地での肉体の再生は行えない様子であった。
仮にこの場で黒鎧がこれ以上守りに転じたとしても、ランベールと剣の技量で渡り合うことは不可能なはずであった。
「少し、分が悪い。補佐に徹させてもらうぞ」
黒鎧はそう言いながら、更に距離を取った。
間に分け入った首のない生身を纏う人造巨人が、そのままランベールへと向き直った。
「折って砕いてぐちゃぐちゃにして、新しいアンデッドの一部にしてさしあげましょうか!」
ランベールは右へ、左へと回避を取る。
彼の動きに遅れて、生身を纏う人造巨人の巨大な腕が床を叩き割っていく。
ランベールは生身を纏う人造巨人が腕を振り下ろして動きが硬直したところを突き、大剣の刃で二度分厚い体表を斬った。
絶技『天地返し』は、多勢を相手取るには動作が大きすぎる。
地道に削りながら、本体であるドマの隙を窺うしかなかった。
だが、黒鎧に比べれば、首のない生身を纏う人造巨人も大したことはない。
そのことは黒鎧も理解しているはずであった。
黒鎧が左腕に大怪我を負った時点で、この戦いは半ば決着が着いたようなものであるはずなのだ。
これ以上無策であるなら、ランベールであれば時間を掛ければどうとでもなる状況である。
だというのに、その割には黒鎧の負傷に対して、黒鎧自身も、ドマも、さして動揺を見せる様子がない。
(何を狙っている?)
ランベールは、黒鎧とドマへと視線を走らせた。
黒鎧は、ランベールに対しての対抗策を、闘技場が始まるより先にドマへ伝えていたような言い方をしていたときがあった。
ドマはそれよりも見世物の強行を選んだ様であったが、事前に何かしらの取り決めがあったのは間違いない。




